少尉の責任
部屋で過ごした後、仕事もあるし日暮れになってしまえば危ないので、冬物を届けに来てくださったお姉様を早々に帰すことにした。門の前でお姉様がこちらに手を振るが、攫われるんじゃないか心配になる。
「じゃあもう軍辞めて一緒に帰れ。辞表ならすぐ出しといてやる」
お姉様を乗せた車が発進するのを見送っていれば、水社一心が平然と隣に立った。千年桜は恋と咲くは大正明治昭和が混ざっているため自動車もある。水社家は金持ちなので送迎の自動車を出してくれたようだ。ありがたい。
しかも今日に限って門番は郷田だ。郷田はお姉様がいたときはスンとしておりお姉様がお礼を言うと「別に何も」とそっけない紳士ぶっていたが、車が発車すればこちらに殺意を隠さなくなった。
私は郷田を見返し──郷田に頭を下げた。
「何のつもりだ、俺はお前に負けてない」
郷田は言う。角材の件を詫びるつもりはない。私はあれを反省しない。
「階段の件で感謝してる」
水社一心が補足した。助かる。
郷田はどうあれ、お姉様を助けたのは事実だ。階段も転ばないように気を付けてくれたし、お姉様を傷つけようとはしなかった。
「管理局の新人は化けるあやかしと遭遇したそうじゃないですか。それも水社少尉の異能が効かなかった。化けてるのかもしれない」
郷田は吐き捨てるように言う。
じゃあもういいよ。
私は土下座に切り替えた。あやかしは土下座なんてしない。野狐禅なら猶更。
「……は?」
郷田が戸惑う。
「待て待て待て待て」
水社一心が私の肩を掴み顔を上げさせようとした。
私にプライドはない。
お姉様を助けてくれたからお前に感謝する。
「俺はお前にやられたつもりはない。何仕組んでる、少尉様への点数稼ぎか?」
郷田は煽る。
お姉様に関しては感謝している。
水社一心をないがしろにした分だけお前を殺す。
「待て郷田、こいつはまともじゃない、そういう発想じゃない、自分の手でって女だ、知ってるだろ」
水社一心が、説得めいた口調で話すが、郷田は「じゃあなんでそんなことしてるんですか」と、水社一心を煽りはじめる。
「こいつは、姉、一筋……過剰なんだよ……だから、気をつけろ、俺もちゃんとお前を守るつもりだが」
水社一心は私から郷田を守ると郷田に宣言した。
「守る?」
郷田があざ笑う。やっぱこいつ殺したほうがいいって。水社一心が守る必要ないって。そもそも怪我したのこいつの命令違反じゃん。
「俺は、退妖対実地戦闘局の少尉だ。お前が年上で、軍歴が長くて、強かろうが、俺は上官にあたる。試験も何も受けないで得た階級でも」
水社一心は真正面から郷田を視線で射貫いた。
階級。
郷田は曹長だし、年齢的にも二等兵からのスタートだ。その後、試験を受けて今の階級にいる。
水社一心は、そのいくつも上からのスタートだった。
異能と霊力による評価で、一瞬にしてそれが決まった。
「その階級を得た限り、責任は果たす。だから、俺を肯定する必要も共感する必要もないが、だからといって俺がお前を部下として扱わないことはない。お前が俺を上官として認めないと勝手にするなら、俺がお前を部下として認識することも、自由なはずだろう」
水社一心は落ち着いていた。教師が生徒にするような説教じみた声音ではなく、本当に自然に自分の思うことを話しているようだった。
「……」
郷田は「気は済みました?」と見返す。
「ああ、また明日」
水社一心は郷田のあおりを軽く躱し、去っていく。
郷田は完全に負けた。
郷田が持ち掛けた「俺は自由にする」という論理で、水社一心に負けた。
階級──上官としての器も、多分水社一心のほうが今は完全に上回っている。
郷田と二人きりは嫌なので、私は水社一心の後を追うように戻る。
距離をあけてから郷田に振り返ると、郷田は不本意そうな顔をしていた。




