郷田の嫉み&お姉様の嫉妬
「何も出来なくていい。民間人に何もさせないのが、軍の仕事です」
富山局長がお姉様に視線を合わせ、「それに、妹さん……僕は、枯賀さんって呼んでるんですけど、枯賀さんはお姉さんが戦うことを、望んでないと思います。たぶん、お姉様もそれは分かってるのかもしれませんけどね」と笑みを浮かべた。
「僕には娘がいます。十六歳なので、枯賀さんとお姉さんの間くらいの齢です。実は、あんまり霊力もなくて、異能の力も弱くて、でも、良かったなぁって思ったんです。どうしてだと思いますか?」
富山局長の口調は──調査局の伊能局長の話し方にすごく似ていた。
でも、富山局長が真似るように思えない。というか、伊能局長の様子からして……伊能局長が富山局長を真似て……?
「分かりません」
お姉様が応える。富山局長は「戦うのが嫌だったから」と短く答えた。
「毎年、局長になりたいって新人も出てきますけど、まぁ……難しい。そもそも局長自体、なりたくてなれるものじゃないんです。僕は、戦闘局の局長だったこともありますけど、なりたくなかった。それでもなれた。理由は──皆、死んじゃったから。消去法です。死んだ人間が弱かったからなんてことはない。強い人間は頼りにされて、きつい場所に送り出されて、死ぬ。女性軍人なんてほとんどいないし、居てもほぼ、戦闘に関係ない事務とか救護に行きますけど……子供が、軍人になるなんて言い出したらどうしようって思ってて、元気に生まれてくれればいいって毎日、近くの神社に手を合わせてても、怖くて、霊力もなくて、異能も……無理だなって分かって、嬉しかったんですよ、僕。この世界は、異能や霊力によっては得が出来るって分かってても、安心しました。親として、まだ物心もついてない子供に対して、軍人になりたいって夢見るかもしれない子供に対して、最低ですけど、安心しました。そういう性格の悪さなので、まぁ、他の男がいいとは、なりますよ。ハハ」
富山局長は笑う。
「でも、今、お金の力で、異能や霊力をもっと強くできるようになっても、娘に言われない限り、親としては何も動かない。戦ってほしくないから。まぁ、娘は……全然別の、夢を追いかけてるけど、別の道を追いかけてくれたって、正直思います。戦ってほしくないから」
富山局長は、娘さんに死んでほしくないのだろう。
親だから当然と言われるかもしれないけど、枯賀の父親という悪例があるので言えない。
「僕は枯賀さんに、注意をしたことが二回あります」
「え」
お姉様が表情を強張らせた。お姉様が謝ろうとしているのを察した富山局長は「一人で傷つこうとしたから」と素早く続ける。
「……一人で、傷つこうとした……?」
「僕らを戦いに出さない、自分だけで解決しようとするんです……正直、彼女が何を考えているのか、はっきりとした意向は分からない。喋っていても誤解は生まれるし、対話があるからこそ揉めることもある。そうした中で、彼女が文字という手段で伝えてきたのは、自分の気持ちではなく、第三者の……輝宮寺啓介が、あやかしから成りすまし被害を受けていた可能性でした」
富山局長は、私が輝宮寺に関してメモを書いたのを覚えていたらしい。
確かにあの時、私は局長たちに初めて、筆談を行った。
「人の為に、行動できる人です。人の為にしか行動できないのも、問題ですし、枯賀さんはその傾向が強い。だからこそ言えるんですけど……お姉様が戦うことは望んでないでしょうし、お姉様に霊力や異能がないことを、悪く思うことはない」
「……そう思っていいのでしょうか」
お姉様が、泣きそうな声で言う。
「あの子は、私を大切に想ってくれている。そう思うのはまるで、自分が好かれてるって、傲慢になるような気がして……私はそんな……あの子に好かれるような人間じゃないのに……」
そんなことない。
皆、お姉様が好き。
お姉様のことをまだ好きじゃない人間は、まだ目覚めてないだけ。
枯賀の父親は、あほ。
人間は皆お姉様が好き。
真原さんは女が駄目だから、好きにならないかもしれないけど。
でも真原さんは好きじゃない人間も大切にする人。
「でもあの子、私に、筆談してくれたことがあったんです。買い物の、お手伝いでした。でも、危ない場所から私を遠ざけようとしてのことで……絶対に無いもので……」
お姉様は俯く。
「駄目ですね……私……嫉妬していたのかもしれません」
え。
嫉妬?
私に?




