お姉様の杞憂
「実は、水社の家で、お話を聞いて、軍にお勤めされている方は、早く食べられるもののほうがいいのではと……」
「そうだったんですねえ。考えてくださって……ありがとうございます。妹さんと一緒に食べます」
真原さんが笑みを浮かべる。するとそれまで黙っていた福野さんが「枯賀、どうですか」とお姉様に聞いた。お姉様は一瞬考え間をあけ、「福野、どっちも枯賀や」と、すぐに真原さんが訂正する。
「ああ、すいません。妹さんのことです、なんか、言ってませんか。管理局のこと」
福野さんが補足しつつ聞く。真原さんが「なんでお前そんなこと聞くん……」とたしなめた。
「だって、お姉さんに、実はって話をしてるかもしれないし、誰かの嫌なとことか、聞けば直せるじゃないですか」
福野さんは平然と言った。
管理局の嫌なところ。
特にない。
みんな大好き‼ みんな素敵‼ 最高の仲間‼ みたいなそういうパッション系の感慨は抱かないが、大切だとは思う。お姉様と比べると……あれだけど。
「比べる必要がないだろ」
すかさず水社一心が口をはさんでくる。
「あの……私のほうこそ、お話、ございませんか? なんか……嫌なところとか」
「え」
お姉様の質問に管理局の皆が戸惑う。お姉様は「お仕事のとき、家族の、ちょっと大変なところとかを、お話しするって聞いて……」と続けた。
「枯賀はそういうん、一切ないですよ」
真原さんは慎重に言葉を返す。
「そ、そうなんですか……?」
「身内の愚痴は、この二人のが酷いんで」
真原さんは自分と福野さんだけを交互に指さした。
「多分思うことあったら、僕らの話にある程度は、なんか、顔出たりすると思うんですけど、なんもなくて、局長の話も普通に話聞いとって、ねぇ、色々、水社の件で、こっちもおうちのことなんかあったんやなぁって、調査資料としては、把握あって、その前提で言うと、軍で、普通って言い方もあれやけど、何も抱えとらん家のが、珍しいし、ハハ」
真原さんの声音には、僅かな諦めや、投げやりさが滲んでいた。
「家族揃ってても別に幸せじゃないですけどね──いたらいいなと思う家族がいれば別ですけどねー」
死んだような目の福野さんが続き、場が静まり返る。伸びた語尾に底知れない怨恨を感じた。
「枯賀は、いたらいいと思う家族なんじゃないですか。枯賀……どっちも枯賀なんでしたっけ、えっと、えっと……管理局の枯賀にとっての、お姉さんの枯賀さんは」
福野さんは私を枯賀さんと呼んでいた。
最近は枯賀だ。慣れてきたのか、特に意味はないのかと思ってたけど、呼び方で少し分かった。
管理局として……多分はっきり認識してくれていたんだ。
するとお姉様はしばし考え込んだ後、「こんなこと、突然する話ではないかもしれませんが……」と前置きした。
「あの子と、顔を合わせたのは、四年前なんです。私はそれでもあの子のことを大切だと思っています。でも、私が妹ならまだしも、私が姉なんです。調査資料とおっしゃっていたので、もうご存知かもしれませんが……私には異能も、霊力もありません。なのに姉として、いいのかなって」
いいんだよお姉様気にしないで。
この世界ではお姉様が神様だよ。
お姉様だけがお姉様だよ。
お姉様のこと否定して傷つける人間なんか、全員殺すから。
だから、誰かに何か言われたらどうしよう、こうしたら駄目かなんて、悩まないで。
好きに生きて。
そのためならなんだってするよ。
私は心の底から嘘偽りなくそう思うけど……言えないし、言ったところでお姉様は、それを嫌がるだろう。
お姉様は異能も霊力もないことで虐げられ続け十年以上経過している。
お姉様が暮日村に……暮日家に奉公をしていた頃、異能や霊力がないことを謗られたと千年桜は恋と咲くで描かれていたが、暮日家と枯賀家の因縁のほうが強いだろう。
異能や霊力がなくたって、どうとでもなる。
それこそ……水社一心を追い求めていた美浜の娘の家のような、戦いと距離を置き、経営をしている家々は、異能や霊力に関して危険を感じている。
それを、多分お姉様も心のどこかでは、分かっているはずなのだ。
水社家の人々は、異能や霊力について、お姉様を責めることはしない。
だけど受けた傷はそう簡単に癒えない。
夏に駄目な姉でもいいか聞いてきて私はだめじゃないし駄目なお姉様ってちょっとセンシティブと邪推妄想をしかけたけれど、お姉様は……以降も悩んでいるのだろう。
自分を強く否定することは簡単にできるけど、肯定は早々出来るものじゃないし。
たぶんそれはずっとで、劇的な何かで解決できるものでもない。
私の、前世から続く漠然とした絶望が、まっさらに消えることがないのと同じで。
「まぁ……うちの局は、身内がいる人間のほうが珍しいですよ、あやかしと戦う仕事ですけど」
郷田がぼそっと呟いた。
「え……」
お姉様が悲しげな声を漏らす。
お姉様は共感能力が高い。前世の頃、共感しすぎて疲れることを責めるようなネット怪文書が散見され気にしないことを推奨する文言で溢れていたが、気になるものは気になるのだ。真冬半袖で過ごせる奴が「寒くないじゃん? 気にしすぎ」と言ってるのと一緒。寒いものは寒い。
「だから、軍にお勤めの方なんて、言われるような、あれじゃない」
郷田は言葉を濁した。軍にお勤めの方──というのはさっきお姉様が言った言葉だ。
すごく尊敬しているような言い方だった。郷田はそれを差しているようだが、あれって何なんだ。そんなすごいものじゃないって謙遜してるのか。常人が言えば謙遜とすぐ分かるけど、郷田の性格を考えると分からない。郷田はそのまま、視線を落とし一方的に話す。
「異能があるかを重要視するなんて、食うに困ったこともないような、金持ちの道楽の趣味でしかない。田舎に奉公に行ってたって、資料にありましたけど、そんな金持ちの価値観に、わざわざ合わせる必要はないんじゃないですか」
郷田は歯を食いしばり、皮肉めいたような、どう表情を作っていいか迷うような顔で無理やり笑った。




