郷田のエスコート・アカデミック一心
「管理局は、こちらになります」
郷田が先だって、お姉様に振り返りながら管理局──地下に向かう階段を降りていく。
私はそんな郷田とお姉様を、私は水社一心と共に後ろから監視していた。
管理局への階段はびっくりするくらい急斜面。全然修繕されない廃墟同然のビルの階段くらい一つ一つの段差の面積が狭いし、照明も暗い。軍の中で組織内対立や派閥内争いが発生し、計略殺人が開始されたらここは確実に殺人現場になる。「管理局一緒に行きませんか」もしくは「管理局行ってきてくれませんか」で人殺せる階段だ。千年桜は恋と咲くにおいて、管理局はそもそも廃された部署なので、コミカライズやアニメにこの階段は出ないけど、漫画家さんやアニメーターさんがこの階段を忠実に描いたら、「パースが狂ってる」「作画崩壊」と批判されるだろう。そのくらい人殺しおしまいクソ階段なんだからこれ。福野さんがいる時は、福野さんの異能で階段を全部アイドルの階段ステージみたいに階段そのものを光らせて対処しているが、今は郷田しかいない。
「急ぐ必要はありません。転ぶほうが危ないので、なるべくゆっくりでお願いします」
郷田はお姉様を気遣う。
なんでこいつ慣れてんの?
しかも、「輝宮寺を模倣した野狐禅」に感じたような女慣れというより……介護や介助に慣れた人間の動きだった。
脳裏がなんとなくひりつき、胃の圧迫感を覚えていればお姉様は「あっ」と声を上げた。
お姉様の身体ががくんと傾く。躓いたようだ。思わず手を出そうとするけれど、水社一心が私を押える。
そして郷田がお姉様を庇い、抱きかかえるようにして階段から落ち──なかった。
お姉様と郷田は、突然現れた丸いエアマットのようなものの上に着地している。
「も、申し訳ございません」
「いえ、気にしないでください……」
郷田は素っ気なく返し、ふっと腕を動かした。何もない空間から、ぽん、と丸い風船が発生し、郷田はその風船を掴むと、お姉様の背もたれになるように動かす。
「これで立ち上がりやすいはずです」
「あ、ありがとうございます……」
お姉様は丸いエアマットの上で立ち上がり、郷田の補助で階段の踊り場に足をつけると、感動したように風船を見る。
「こ、これは、い、異能というものでしょうか……?」
お姉様はおそるおそる訊ねた。郷田は「異能です」と短く告げる。
「ふわふわの異能なんですね……」
お姉様は声を弾ませた。ふわふわの異能。響きが可愛い。ただ郷田相手だと煽りになるのでは。疑いつつも郷田の様子を伺えば、「紙風船ってご存知ですか」とお姉様に冷静に問いかけていた。
「はい……拝見したことはあります」
「あれ、紙でできてるじゃないですか。言葉通り。これは……こちらが任意で割ることもできる素材で、出来るっていう……なので、ふわふわはちょっと違うかもしれない……」
郷田は少し軌道修正した。ふわふわは不本意らしい。
つまり郷田は無限風船量産異能……ということか。
戦闘局で何に使うの?
人間が落ちたときのクッション用?
郷田の攻撃性とは対照的な異能だ。
異能が攻撃的じゃないから本人が攻撃的なパターンだろうか。
まさに枯賀の父親がそれだし。癒しの異能にコンプレックスを持ち、お姉様を虐げたカス。
逆に真原さんが「自分の異能は対妖ではなく対人特化」と本人も言っていた、自分の感じる重さを変える異能は、人に対して使えばとんでもなく攻撃的な異能になるだろう。
でも真原さんは……コミュニケーションを大事にしている。
「お前、自分の今の状況分かってるか」
水社一心の声が真後ろで聞こえた。
思えば私は落ちそうになったお姉様に手を伸ばそうとして、普通に階段からお姉様のもとに飛ぶつもりだった。クッションになるためだ。
でも今こうして上からお姉様を眺めていられるのは……と状況を確認し、水社一心が私を後ろから支えていたことに気付いた。
こういう場面で気づきが遅いキャラに対して「そんなことないだろ」と思っていたけど、そんなことあった。
すみませんお手数おかけして。
水社一心に会釈すれば、「お手数どころじゃない、お前が危ないんだよ」と厳重注意が飛んできた。
「お前は無鉄砲のパターンと捨て身のパターンでややこしい」
水社一心はため息を吐く。フキハラだ。っていうかパターンってなんだ。横文字喋り出して。
「お前と喋ってたらお前の言葉だって覚える」
そんなこと言ったって軍に入ってから局も別でそんな喋ってないだろ。風呂の付きまといとたまにこうして会うくらいで。
「質と量が違うだろ。毎日会おうが、何も伴わなければ、普通に何も入ってこない」
水社一心は突然哲学じみたことを言う。
アカデミック一心と心の中で呟けば、あきれ顔を向けられた。




