武術大会に向けて
野狐禅の襲撃から一週間後。
富山局長が復帰した。
「働けど働けど、修理せな装具も武具もなあんにも減らんし、倉庫の予算も相変わらず出えへんし。なんなん。これで上の連中は予算がっぽがっぽ使うて、でっかい結果出して優遇されて、高級料亭に新人連れて飯て。この、理不尽は一体なーんなんやろ、ねえ局長。予算ねえ」
復帰したばかりに局長を真原さんが詰めている。
「真原くん、あの、僕病み上がりだった気がするんだけど」
「せやから修理作業は僕と福野と枯賀でやってるわけやないですか。富山局長には、予算の申請という、お椅子座って出来る仕事お願いしてるんです」
「僕別に、戦闘出ても大丈夫とは言われてるけど……」
「あらぁ‼ なら予算、増やしてって言って来てくださいよ」
「いやぁ……どうなんだろうねぇ……ねえ、来週には、武術大会とかもあるからねぇ」
富山局長は視線を泳がす。霊力切れも回復して元気そうだ。福野さんは黙々と仕事をしている。
先日、輝宮寺の調査の過程で食べた駅弁の、マスコットキャラが描かれたイラスト部分だけ切り抜いてデスクに貼っていた。
「枯賀さん大丈夫そう? 武術大会」
富山局長が訊ねてくる。申し訳ないけど本当に心配してくれているのか、予算のことで真原さんの追求から逃げたいのか分からない。
「異能使わへんで、刀も使用できひんなら、ほんまに最悪、僕と福野出るで」
あれだけ参謀キャラに固執し、刑事ドラマの捜査官に協力する天才キャラがいいみたいなことを言っていた真原さんが、実戦に出ようとしている。
富山局長や私のことを、心配してくれている……のだろう。
「真原くんいいの?」
「部下守るんが先輩の役目ですからねえ。それに局長には、予算交渉いう大事な仕事あるんで」
「いやぁ……んん~?」
油断していた富山局長に真原さんの予算攻撃が直撃した。富山局長は目を丸くしながら、左右に揺れている。アグレッシブ合唱部みたいだった。
「そういえば戦闘局の武具の見積もりって届きました? 前に、枯賀と一緒に水社少尉にお願いしたんですけど。大会の前じゃないと、規模的に無理ですけど」
福野さんが平坦な調子で指摘した。ぼそぼそローテンションで喋ってるのもあるだろうけど、声が低い。小動物……足が短い生き物に対しての奇声と本当に同じ喉から出てるか分からない。
「じゃあ僕が枯賀と行くわ。福野、前絡まれとんねやろ」
「枯賀も絡まれてますよ」
福野さんの指摘に「そん時とっ捕まえて注意すんねん」と真原さんは軽く返した。「行くで~」と促され、私は真原さんと一緒に管理局を後にした。
「災難やったなぁ、野狐禅のこと、周りに相模局長や伊能局長おったとは聞いとるけど」
廊下に出て、真原さんの開口一番がそれだった。
さっき、戦闘局の人間に福野さんが絡まれたことで外され、私は同行……という形になったのは、この話をするためだったらしい。おかしいと思った。真原さんは、女の人が嫌いっていうのもあるけど、福野さんはずしの理由が本当に絡まれることが原因なら、私も外すはずだから。
「姉さんのこともなぁ、枯賀がどう思うとるか分からへんけど、晒されるような、流れやし。僕やったら、嫌やなぁっていうあれやから、こうして話しとるんやけど」
輝宮寺啓介に関する調査で、水社家の関係者が護衛対象として大公開された。
水社家の系譜なんて有名だし隠すことも無いので、水社一心の意識はどうあれ他人は気を遣わないが、貰い事故で私とお姉様の家庭事情も調査資料に添付されていたのだ。
今までは、水社家に保護された身の上とは知られていなかったので、周囲からすれば普通に私もお姉様も枯賀の人間で完結している。
真原さんたちが私に対して距離を置いていたのは、勿論男性局員ばかりの職場で女一人なこともあるけど、第三者からすれば枯賀末理は──霊力バリ高ハウスの御嬢様だからだ。
お高くまとまった女、貴族主義の女が来ると思いきや私が飛び出ていったわけだが、黙っていたことで、選民思想があると勘違いもさせただろう。
しかし今回の調査で、枯賀家が水社家に預かりになった事情も説明されたはずだし、何より暮日村の件もある。貴族が他人の家になんの事情も無く居候になるなんてこの世界ではありえないので、書類に説明も入る。
枯賀の父親がカスなこと。
母親はお姉様を産み、私を産んだ後に二人の娘を残して下男と蒸発したこと。
私はそのまま枯賀の家で育ち、お姉様は暮日村で奉公させられ、奉公先──暮日家が潰えたことで実家に戻ったら妹がやらかし水社家へ、枯賀の父親と正妻気取りは暮日村に発送。
この辺りは、完全に知られているはずだ。
その後、正妻気取りは……酒呑童子の霊力に耐え切れず死んだのだろうが、枯賀の父親はしぶとくあやかしになったところは、調査の佳境段階だったのでどこまで情報が流れているか分からない。
野狐禅の襲撃やその詳細に関して、屯所内で代々的に発布されたし、世間でも新聞で大々的に取り上げられていたので、父親の件が……なあなあになっている。
富山局長は、新聞社に情報が漏れたことに関して伊能局長の行いではと言っていたけど……私の父親の件は新聞の記事には無かった。
「こっちが、一方的に知ってんのは気持ち悪いってだけやから、今から話すんは、本当に僕が勝手に話すだけで、別に、覚えんでいいんやけどなぁ、僕んち、ややこしいんよ。みんな。父親はおらんで」
真原さんは、こちらの顔を見ずに告げた。




