革命の日
野狐禅は暮日村に向かった。
あやかしと化した枯賀末理の父親──枯賀快炎を封じるためだ。酒呑童子が強化を狙い、なおかつそう仕向けたのは野狐禅だ。しかしそれでも、野狐禅には枯賀快炎を封印しなければならない理由が出来た。
しかし山のふもと、枯賀末理の関係者を視界にとらえたことで野狐禅の足は止まった。
「局長のあやかし召喚、すごかったなぁ……」
「……」
「福野、お前、返事しろや」
枯賀末理のいる管理局の先輩局員二人だ。二人は両方とも銃を抱え、山に向かって歩いている。
「大きいし、局長倒れるし、ろくでもない以外にない、鶏……」
福野と呼ばれた局員はため息を吐いた。
「ならそれ言えや」
「言ったら怒るでしょ」
「当たり前やろ、大事な大将の式神ろくでもない言う奴がどこにおんねん」
「理不尽じゃないですか?」
福野と呼ばれる不愛想で覇気のない青年が応戦するが、訛りの局員はすぐに「世の中なんてぜえんぶ理不尽やろ」と返す。
「希望なんかない、現実見い。そう上手くいかへん。理想高いて散々言うてたくせに、いざ弁えますぅてお行儀ようしたら、やる気ないだの責められるしで、ろくでもないわ」
「まぁ、そういうものじゃないですか」
「でも局長は、違うやんか。ああいう、誰かのこと傷つけないように、慎重に、それでも理想捨てられへんような人が、夢見られる、なるべく傷つかへん世にせなあかんやんか」
「真原さん政治家にでもなるんですか」
「僕、政治家なったら、女に対して、どんな酷い恨み向けてまうか分からん。出来ひん」
「枯賀にやってないでしょ」
「分からへんよ。悪いことされてるされてないは、枯賀が決めることやからな。僕は、女は女であるだけで嫌いやねん。枯賀には、他の関係ない女にも、それを向けない……そう思うとるけど、僕の根には、それがずっとある。一生消えへんし、枯賀経由して女克服しようも思わん。僕の問題やから。枯賀を巻き込まない。せやから、分からへん」
「でも、今日二人で抜けて枯賀の父親殺すの、局長の為でもあるけど枯賀の為でしょ? 枯賀は……別に救護局送りになってない。怪我も、親指切った程度、戦闘には関係ない」
「二人で抜けたやのうてお前が勝手についてきたんやろ」
真原と呼ばれた局員は、枯賀末理の為という福野の言葉に答えなかった。
「一人の予定だったんですか? 普通に一緒に行く流れだと思ってましたけど」
「お前あんま言いたないけど、絶妙な怖さあるで、それ、討伐やから若干許されそうな雰囲気あるだけで、雰囲気やからな。お前、一緒に行く流れや思うて無言でついて行くん、よっぽどの異例のぞいて許されへんで」
「そうなんですか? どこが駄目なんですか?」
「終わったら説明するわ。ただでさえ怖いバケモン退治せなあかんのに、横にも怖いのおるて」
はぁ、と訛りを持って喋るほうがため息を吐いた。
このままでは、二人は死ぬ。
野狐禅は直感した。戦力が違い過ぎる。片方は猫又を討伐したようだが、枯賀快炎は元の霊力がありなおかつ酒呑童子が力を注いだ。
その力を受け入れられる器を枯賀快炎は持っていたのだ。猫又なんて比ではないくらいの強さを持つ。なにより、何かしらの策で枯賀快炎を上回れたとしても、枯賀の癒しの言霊が作用しており、今の枯賀快炎はどんなに打ちのめされても、僅かに組織や霊力が残っていれば、そこからたちまち再生してしまうようになっていた。
酒呑童子ならば、枯賀快炎を殺せるだろうが、酒呑童子は戦いを望んでいる。現在、枯賀快炎の強さに納得していない。倒し、再生を繰り返させ、強くなるまで待っていた。
野狐禅は倒すことはできても殺すことはできない。ゆえにそのまま、亜空の彼方に封じてしまおうと考えた。人間たちには適当に幻術をかけ、消滅したと思わせ、二度と出れない闇に閉じ込める。酒呑童子には適当に説明する。馬鹿だからどうとでもなる。
しかし人間を巻き込みたくない。
二人に幻術を見せながら枯賀快炎を相手にするのは少々手間だ。なおかつ村の人間にまで気を配らなければいけない。暮日村の人間たちはあやかしと化した枯賀快炎を恐れながらも、山への信仰もあるので、参拝にやってくる。思案していると、地鳴りが響いた。
「早速やなぁ。鳴き声で相当大きいん分かるわ。人間があやかしなったんなら人型のままでおれや、手間かかる」
「でもなんか、良かったですね。枯賀、聞かないほうがよさそう」
「そらそうやろ。父親んこと好きやったらあやかしになった声なんか聞かせられへんし、親のこと嫌いやったら声なんぞ聞きたないやろうし。どのみちしまいや」
二人は武器を構える。地鳴りの後、大きな足音がどんどん二人の元へ近づいてくる。
「グオオオオオオオオオオオオオ」
枯賀快炎の成れの果て──木々と同じ身の丈をした鎧武者が現れた。
闇に染まり瘴気を纏い、二本の刀を握りしめている。
あやかしに食われた枯賀快炎の劣等感や承認への渇望があやかしを飲み込み生まれた存在だ。
武士でもなければ軍人でもないのに刀を持つのは、攻撃手段を持ちえなかった苦しみが表れているのだろう。闇の瘴気は炎の揺らめきにも似ている。娘の異能への執着が体現されていた。
しかし武器は持てても、炎に似た闇の瘴気は手の部分だけ、出ていない。
虚構の刀は持てても、欲しいものは手に入らない。
野狐禅はこれまで幾度となくあやかしとなった人間を見てきたが、ここまで生前の執着が現れた姿も珍しいと感心した。
その執着は、今、局員二人の命を奪う脅威でしかない。
野狐禅はひとまず術を繰り出し、枯賀快炎を制圧しようとした。
しかしその瞬間──しゃらん、と神楽鈴の音色が響く。
「下がれ」
低く、冷たい一声が続いた。
野狐禅はとっさに局員二人を自らの九つの尾で庇う。
周囲に閃光が走ったかと思えば、枯賀快炎を彼方から放たれた青い光の筋が飲み込んだ。
光は、青龍の姿を模している。
まばゆい光の中で、あやかしとかした枯賀快炎は、青龍を模した巨大な光線に飲み込まれ、一瞬にして消滅した。あやかしの立っていたところの大地はえぐれ、光線が放たれたところを象るように緑が失われている。
人間の仕業じゃない。
あやかしであろうと、不可能だ。
これは、一体──。
「人を救う異能の成れの果てがこれか」
ふっと、音もなく白い戦闘装束に身を包んだ男が立ち呟いた。
帝都退妖軍の軍服は黒い。白衣装は軍属でないことを示している。何の感情も読み取れない、静かで鋭い藍玉の瞳だ。圧をかけられているわけでもないのに、男と目が合った瞬間、その存在そのものに畏怖を覚えた。
「人を守るあやかし……」
野狐禅が人間を害する意志がないのを悟ってか、男はそのまま姿を消す。
「皇龍清明様やないかあれ」
九つの尾の隙間から一部始終を伺っていた訛りの局員が呟いた。
「それより、この女、枯賀さんの言ってたあやかしでは、化ける、狐の」
覇気のない局員の指摘に、野狐禅は気付く。
咄嗟に助けたが、ここで野狐禅の討伐に切り替えられても面倒だ。
そもそもどうして自分は二人を庇った。
それだけじゃない。なぜ、この二人の死を、案じた?
理解不能な自身の行動に自問自答を続けていれば、夕日を帯びた輝宮寺の笑顔が脳裏をよぎる。
「助けてくれた──?」
疑問の声。どちらが放った言葉なのかも、野狐禅は分からない。一度目を閉じ冷静さを己に求めながら、局員二人に向かい笑みを浮かべた。
「枯賀末理に伝えておいて? 輝宮寺啓介は大事なお姉様の手を触るような男じゃない。もう、知ってるだろうけど」
野狐禅は局員の前から姿を消す。
局員は消える野狐禅を呆然と眺めていた。
※あとがきです。情報とか設定公開はないです。
第五章ラストです。ここまで読んでくださってありがとうございます。
次は第六章です。一か月ぶりに花宵(お姉様)が登場します。お待たせしました。
登場人物が増えてきましたので、人物紹介を設置できたらと考えております。人物と異能と、局の説明を想定しています。
あとがきらしいあとがきとしては、本作は元々短編を基にしており、その基は、自分の納得できる人物を書こうというもので、執筆しています。ややこしくて、短所が多い、弱点が多いとかですね。
あと、心の対話ありつつ、刑事ドラマやヒーローものの要素を入れたりとか。個人の好みとして地の文は多いし、登場人物全員、みんなに憧れられる、応援したくなる人物とは多分異なりますし、好き嫌いがハッキリ出る物語だとは思うのですが、書くのはすごく楽しいです。
ただ、私だけ楽しいだけじゃ良くないので、これからも精進していくつもりではございますが、感想もいただけて充実しているなぁと感じています。勿論、感想を書かない方々も、応援してくださっていると思っていますし、多分その割合が自著の場合はとても多い気がします。
感想を書くことをノルマみたいに思っていただくことは、今感想を書いてくださる方の負担にもなってしまうので、難しいところですが、すごく嬉しいです。
読者の方々におかれましては、第五章が長かったことで「ちゃんと終わるのかな」とご心配をおかけしてしまったかもしれませんが、WEB未完長期連載をかけもつことはしないこと、(本作を連載しつつ、完結まで執筆状態で何かを投稿することはあると思いますが)途中頓挫の点はご安心頂ければと思います。
伸びた理由としては、ストックが切れて2000字ずつの投稿をしていた時期+今の章と武術大会辺をひとまとめにし、野狐禅は爆速で退場予定だったのが変わったからです。書いていて、輝宮寺啓介の人生も枯賀末理の人生も、ここで書いておくほうがいいと思って。
ということで五章がとんでもなく伸びて一か月に渡り、お姉様が出てこない一か月が発生してしまったのですが、本当にお疲れさまでした。
こうして本作を読んでくださり、本当にありがとうございます。誤字報告をしてくださる読者の皆様も、感想を下さる読者の皆様も、すべての皆様に、感謝します。結構区切りが良いところが見つからず、皇龍清明も出てない状態で感謝をお伝えしていいものかとこの段階になってしまいましたが、ありがとうございます。
六章でもよろしくお願いいたします。




