輝宮寺の名誉
野狐禅が屯所にやってきた事件は、れっきとした襲撃事件として新聞沙汰になった。帝都退妖軍としては、あやかしに襲撃され逃げられているので、醜聞もいいところだ。
「帝都退妖軍の威信が失墜しましたねぇ」
救護局で伊能局長が新聞片手に肩を落とす。水社一心に引きずられ富山局長の様子見に来たが、既に来客──伊能局長と相模局長がいた。ちなみに今日は、真原さんも福野さんも外で勤務だ。輝宮寺の調査で普段の勤務がめちゃくちゃになっていたので、その片付けだ。
現状軍では、こういう整理になっている。
水社一心らの異能が野狐禅に無効化されていること。
野狐禅は水社家の心に関する異能や、枯賀家の言霊の異能を調べるために輝宮寺を利用したこと。
その動機に野狐禅が至ったのは、おそらく枯賀快炎──枯賀の父親と接触したからであること。
実際、枯賀の父親と野狐禅が接触し、その後あやかし化した枯賀の父親が酒呑童子により強化されたのか分からないが、第三勢力の強力なあやかしが出ていたら酒呑童子がそっちを狙うはずだ。それをせず酒呑童子が枯賀の父親を強化したならば、野狐禅があやかしにしたのだろう。軍では、酒呑童子の性格を把握していないが、「人型あやかしが出現したならそいつがやった」という認識でいるので、ひとまず野狐禅と酒呑童子をお尋ね者とした。
そして輝宮寺啓介の、あやかしを用いての誘拐を企てた、あやかしと共謀していた容疑は晴れた。
あやかしの手伝いをした、死体を使ってもいいみたいな言動を野狐禅にしたようだが、野狐禅に進んで協力した、怯えてそう言ったか、証人が野狐禅以外いないのでどうにもできない。なおかつ病気の関係で精神的に不安定であった可能性もあり、実際罪に問うことになったとしても情状酌量の余地が出る。
つまり、答えは出ないままだった。
「野狐禅は、どうして自分を助けたのか、気にしてたんです。でも、輝宮寺啓介が野狐禅を助けたいと思ったのか、病気で自暴自棄になって言ったのか、あやかしの力に目がくらんだのか、分かりません。輝宮寺が協力すると言った言葉を聞いたのは野狐禅で、幻術でその場を見せてもらいましたけど、野狐禅が見せた幻術である以上、証拠にならない。輝宮寺が本当に野狐禅を助けようとしていたなら、輝宮寺の罪が確定する。でも、怯えて口走った言葉だったら、、輝宮寺に罪はない。誰だって命乞いはする。輝宮寺が死んでいる以上、もう分からない」
輝宮寺は……野狐禅がお姉様を襲うなんて思わなかった気がする。
幻術を見ていた限り、野狐禅は……見ず知らずの自分のことを助けてくれた人だったわけだし。蛍を見せようともしてくれた。そんな相手が、自分に化けて女を攫うなんて思わなかったはずだ。
とはいえ、お姉様の身を危険にさらした原因にもなった。許せはしないが、そこまで想像しろというのも無理な話で難しい。
野狐禅はお姉様を襲撃した。その事実は消えない。
ただ輝宮寺にとっては、優しい人だったのは事実だ。
輝宮寺に汚名を着せたので、まったくもって優しくはないけれど。故意の犯行であったかどうかも関係ないくらいのことをしているし。
「一体だれが……新聞社に情報を流したんだ……ハァ」
相模局長がため息を吐く。
相模局長は富山局長の為にリンゴを剥いていたが、絶望的な仕上がりだった。相手が局長なので代われない。兎でリンゴを作ろうとはしている。ただ、胴が短い。福野さんが好きそうな足の短い動物に近い仕上がりになっている。
そして伊能局長は、相模局長の兎リンゴに一切ツッコまない。富山局長は「手切らないでね」「食べたいなら僕剥こうか?」と提案したが、相模局長に「見舞いなんですから」と冷静に返され黙っている。
しかし、ふと富山局長が伊能局長を見た。
「伊能くんさぁ」
「なんでしょう」
「野狐禅に関してのこと……新聞記者に流してない?」
富山局長の指摘に、伊能局長は「僕そんなお金ないように見えます?」と眉間にしわを寄せた。
「輝宮寺啓介が野狐禅に成りすましたってことはさ、中々新聞記事にはし辛いでしょう、でも、軍にあやかしがやって来たって先発情報があれば、みんな何で? って思うし……野狐禅は輝宮寺目当てで軍に来てるから、輝宮寺のこともある程度、新聞で書かなきゃいけない。名誉回復には丁度いい気がして」
「軍への裏切りになりません? そんなことしたら減給になっちゃうじゃないですか」
「でも伊能くん、軍への忠誠心はないよね? 野狐禅襲撃のときだって、水社くんが、枯賀さんたちを守ろうとしてくれたって僕に報告してくれたし」
「心を読む能力を僕に使ったんですか」
伊能局長が水社一心を一瞥する。すぐに富山局長が首を横に振った。
「伊能くんの考えることは分かるし、彼が心を読んで誰かにそれを勝手に伝えてしまうなら、僕は流してるかどうかなんて聞かない。二人の時に聞くよ」
「まぁ、そうですね……すいません。水社少尉」
伊能局長が水社一心にすぐに詫びた。水社一心は「いえ」と、かしこまって返す。
「それで、調査局は今後どうするの?」
「野狐禅と酒呑童子の調査を継続しますが……野狐禅はしばらく出てこないでしょうね」
「他人事だな」
相模局長が顔をしかめるが、伊能局長は「まぁまぁ」と伸びをした。
「野狐禅は水社少尉に近しい、読心系の異能は克服しているようでしたし、個人的に最悪の筋書きとしては輝宮寺が大規模にあやかしと結託して、広く読心系および異能そのものを無効化するような道具とか、そういうものを開発されていた場合が一番、面倒だったんですよ」
伊能局長は言う。確かに、人間があやかしと結託して異能そのものを無効化してしまう道具を作っていたら、犯罪に使われる。この世界の犯罪は、異能を用いた犯罪も勿論あるし、異能を使わない犯罪も無くなってない。あやかしだっているし、あやかしの被害を受けた人間が、あやかしになることもあれば、家や働く場所をあやかしに襲撃され貧しくなり、盗みに手を染める……なんてこともある。
ゆえに帝都退妖軍はあやかしよりも強くあることを目指すし、民間人より戦闘力は必要だが、異能を無効化するような道具が出てしまえば、そこが揺らぐ。
そうした事態と比べた場合、野狐禅や酒呑童子など人型あやかしクラスが、心が読める異能を克服するほうがまし、というのは正直確かにある。戦闘に入ってしまえば誤差だし。
「心読んだところでどうにもならない、それこそなんの思考もせずただ人を殺すだけの化け物だって今後出てくることもあるでしょうし。どんなあやかしが出てこようと、することは変わらない。死なないように、死なせないように戦うだけです」
伊能局長は微笑む。腹黒スマイルと呼ばれていたが、穏やかだった。
「まぁ、枯賀二等兵のお父様に関しては、管理局にお願いはしません。管理局の面々にはやってもらいたいことがある」
「やってもらいたいこと?」
「輝宮寺の状況説明ですよ。新聞で大々的に出てましたけど、輝宮寺は誘拐しようとなんてしてなかったと、やっぱり軍から言われるほうが納得できるでしょうし……本当は、調査に当たった調査局がすべきことではあるのですが……野狐禅や鬼のあやかしの調査があるので、代わりにやっておいてください……それにほら、野狐禅は枯賀二等兵に対して、関心を持っているフシもある。暮日村で戦闘中、野狐禅が来てもいけない。一方で野狐禅は輝宮寺啓介にも関心を持っていた。輝宮寺啓介と交流のあった場所なら、関係者の存在が抑止力になって、野狐禅は襲撃しづらいでしょう」
「……」
富山局長は伊能局長をじっと見る。
伊能局長の言っていることは……こうだ。
野狐禅は私と輝宮寺に思い入れを持っている。
だから私が枯賀の父親の討伐の為に暮日村に行くと、野狐禅が現れるかもしれないので良くない。
この時点で伊能局長の論理は破綻している。だって調査局の目的は野狐禅の発見と討伐のはずだから。私を囮にすればいいだけのこと。
野狐禅は輝宮寺啓介に関心があるので、彼の関係者を襲撃しないという論理も、一見もっともらしく感じるが私が向かう理由がない。
もしかして、枯賀の父親の討伐任務に、私含め管理局全員を参加させないようにしているのではないだろうか。
根拠のない予想は、水社一心の顔を見ずとも、富山局長の表情で正解だと分かった。
「伊能くん」
「では僕はこれで」
伊能局長は去っていった。私はしばらく考えた後、伊能局長の後を追う。局長は廊下をゆっくりと歩いていた。私は局長の目の前に出ると、頭を下げた。
私は別に、枯賀の父親を討伐することなんてどうでもいいけど、異能の温存がある。それに、私と枯賀の父親との関係を、たとえ水社一心の仲介があったとしても、富山局長たちは完全に理解できない。「殺したいくらいの父親なんだ、じゃあ討伐してくるね」なんて思わないし、きっと……苦しめる。
「自分への、気遣いの配慮ではなさそうだ。富山さんを、慮っている顔……ですね」
伊能局長は静かに呟いた。
顔を上げると、「調査局なので、異能の有無問わず、表情である程度読めます」と続く。
「それに貴女は、富山さんと似てる。慎重で……おそらく大事なものを取っておく、自分の本心を、隠す……水社少尉がいますけどね」
最悪だ。局長クラスまで水社少尉と私の謎の二人組印象が出来上がっている。お姉様が水社一心を選ばなかった場合、水社一心は宙ぶらりんだ。結婚にはするしないの自由があれど水社一心は異性愛者ということが原作で描写済みかつ水社家の跡継ぎ問題があるので結婚は避けられない。水社一心は原作と違い事故物件ではギリギリ無い……いやでも女湯まで付け回す……有罪……私の前世の死を病死だと思ってたっぽいところがあるが、水社一心のその素行を私が承認することで水社一心じゃない心も読めもしないガチ犯罪者が「俺はあの子を守ろうとしていたんです」と女湯についていく事案が発生したらいけない……と思考は巡る。
ともかく水社一心は、まともな人間と結婚してほしい。私は前世がまともではないし明らかにその影響が結婚生活で露呈しても嫌なので、結婚相手として不適当だ。ああでもこういうことを考えると水社一心はお前だけじゃなくほかの幸せになりたいと考えている人間も、お前の話を聞いてやっぱり駄目なんだって思うけどいいのかとか言いだしそうだしなぁ……あぁ……水社一心がこの場にいないのに想定で水社一心の反論が鮮明に出てきて嫌だ。深刻な水社一心の思考汚染。
「本当は、調査局に欲しかったんですよね、水社少尉」
ぼそっと伊能局長が呟いた。私としても死に関わるし上官無視の無法の郷田もいる戦闘局より調査局にいてもらいたい。
「毎日、調査局で調べなくてはいけないような人間の心を読むのは、しんどいでしょうから、水社少尉の招待はやめましたけど……君がいるなら普通に調査局に来てもらえばよかったって思いました」
どうやら伊能局長は水社一心の能力を買いながらも、その心を慮って調査局への入局申請を取りやめたらしい。水社一心は、やっぱり、原作と比べて独りではないのだろう。
あいつは一人の時間が無いと駄目そうなタイプだけど、完全な独りきり、誰とも接続しないことが続くのも、なんやかんやでキツくなりそうだし。
「実は富山さんと貴女が話をしているのを、ちょっと見たんです。貴女の自己犠牲について、富山さんが話をしている時。野狐禅が出てくる前です」
それは……多分富山局長と話をして、水社一心が出てきて、野狐禅と三連星みたいになったときだろう。
「僕は、行動より言葉だと思っています。行動で示すのはかっこいいですけど、言葉が伴わないと相手の解釈に依存する。相手に負担を強いると思っています。でも言葉だけでも信用ならない。ようは、比率の問題です。でも貴女は、全て行動で示す。異能の温存をしてるから。それは相手に負担を強いることだと思いますし、相手の悩みを増やしているとも思うので、肯定は出来ませんが……全部自分に責任を引き取る形で完結してしまおうとする富山さんには、いいのかもしれません。4月の頃、君との対話に悩んでましたから」
思い当たるフシが多すぎて、言葉は返さないけど喉が詰まった。
「では」
伊能局長は去っていく。私は、その背中に向かって頭を下げた。




