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悪役義妹がお姉様の溺愛結婚を壊すまで  作者: 稲井田そう
第五章 お姉様を狙っていた見合い相手
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少女の願い

 屯所を脱した野狐禅は、一人河原を歩いていた。


 輝宮寺啓介を看取った河原だ。


 輝宮寺啓介が死んだとき、なにも思わなかった。野狐禅は永遠に生きるか尋ねた。しかしそれを否定したのは輝宮寺啓介だ。ならば自ら死を選んだのと同じこと。


 そして輝宮寺啓介は、野狐禅に自分に化けてもいいと言った。だから野狐禅は、自らの目的のために──枯賀末理を知るために、輝宮寺に成りすまし、水社家の異能をかいくぐる術を身に着け、見合いを設け枯賀末理に近づこうとした。


 水社家の読心異能を搔い潜るのは、仕組みさえ分かれば簡単だった。


 人の心の読み方は分からないが、異能そのものは霊力の出力と似ている。心を読んでくる対象から身を守るのではなく、対象を見えない膜に閉じ込めればいいだけだ。その霊力の膜に、自分や心を読んでほしくない人間の情報が入らないようにしながら、それらしい幻術を見せるだけ。元々野狐禅は人に化けることに長けている。それは自分の組織を作り変えるのではなく、そう誤認させる高度な感覚誘導だ。相手の感覚を奪い、別の存在だと書き換える。


 しかし、相手の言葉を真似たり、相手の動きを完璧に模倣することはできない。


 ゆえに輝宮寺に成りすましながら生きることが出来なかった。


 野狐禅は輝宮寺の語った経営に興味がない。


 人間のことが分からず調べている。


 血を舐めて知識を得たところで、人間の心に触れるような、人間の欲望をもとに物を売ることはできない。


 死んだ猫又、戦に狂う酒呑童子含め、あやかしは皆、人間を見下している。人は霊力も低く、あやかしが可能とする悉くが不可能だからだ。人間の実現できることは限りがあり、生命として人間は劣っている。


 しかし野狐禅は知っている。


 人間にしか出来ないことがあると。


 それは人間を理解することだ。あやかしと人間は種として異なる以上、理解できない。


 理解できないからこそ理解してみたいと心惹かれる。


 そんな自分はあやかしの中でも異端だ。自分より弱く霊力も無い被食物を愛でる。それは分かっていたし分かっていたからこそ、輝宮寺の経営が出来ないと早々に手を引いた。


 輝宮寺のふりをして見合いは出来たとしても、輝宮寺として経営は出来ない。


 分かっていた。


 分かっていたから、あえて捕まり、監獄に死体を置いたのだ。野道に置けばあやかしが喰らい、森の中だと熊に食われる。監獄ならばあやかしにも熊にも食われない。


 問題はその後だった。


 あとは酒呑童子を適当にかわし、自分の筋書きに沿った枯賀末理の最期を見送るだけで良かった。


 なのに、輝宮寺啓介の模倣をして監獄を出た後から、胸の奥に違和感を覚えた。


 輝宮寺啓介の願いは叶えたはずだった。


 暮日村で恋をしてみたいと語っていた。だから輝宮寺に化けたとき、枯賀花宵の手に触れた。


 あとは自分の願いをかなえるだけ。枯賀末理の最期を見る。野狐禅が殺した枯賀末理の父親──枯賀快炎は、あやかしに食われながらもあやかしを取り込み、三妖士に近い個体に進化した。


 自分も化けながらも、それと酒呑童子を遊ばせ、酒呑童子に枯賀快炎を育てさせた。


 酒呑童子がどうせ勝つだろうが、その後、その娘の枯賀末理のほうが強いと伝え、酒呑童子と枯賀末理の戦いを特等席で見物する気だった。


 三妖士の中で最も強いのは酒呑童子だ。霊力も並外れており、何より日々戦いを欲し、勝負に貪欲だ。野狐禅と違い、勝つことへの執着も強い。


 枯賀末理が酒呑童子を倒すのも一興、酒呑童子が枯賀末理に興味を抱きあやかしにしてしまっても一興。どちらにせよ、枯賀末理を深く知ることが出来る。


 なのに。


『大丈夫。俺はちゃんと死ぬよ』


『どうして? 死ぬのが怖くないの』


『怖いよ』


『なら……』


『でも、人は死ぬ生き物だ。いつか人は死ぬ。だからこそ、誰かと協力し合える……と僕は思ってる。誰かが死なないように、限りある時間を笑って過ごせるようにって。死は恐ろしいけれど、誰かが何かをすることの原動力にはなってる。それにほら、よく病気に打ち勝つっていう言い方あるでしょ、アレ俺大嫌いなんだ。病で死んだ人間は病気に負けたの? ってなるし。だから俺は病気に負けてないけど死んだっていう、人間になる』


 聞き流していた輝宮寺啓介の言葉が、今になって重く沈む。


 どうでもいい存在だった。なのに枯賀末理の観察のため、調査に向かう彼女を追い輝宮寺啓介を知るたびに、疑問は深まる。


 あの男は枯賀末理と同じ目をしていてもおかしくない人間だった。


 人の世から稀に出てくる、あやかしと似た存在。


 世界に誰もいない目をした人間になりうる境遇だった。


 しかし輝宮寺の目はきちんと、誰かがいた。


 それは特定の人物ではなく、もっと広い──輝宮寺の経営に関わる人間や、輝宮寺が生きていれば関わっていたであろう未来の人間との繋がりを確信していた目をしていた。


 世界に誰もいない目の人間に惹かれていたのは、あやかしが楽しむ何もかもを楽しめない、あやかしが肯定するものを肯定できない、興味も持てない自分みたいだと感じていたから。


 あやかしにも異端があるように人間にも異端があると考えるだけで、なんとなくいいような気持ちになれたから。


 輝宮寺啓介の目には、世界には誰かがいたのに、何故自分を食らってもいいと言ったのか。


 自棄を起こした人間がもう殺せと宣う、死を願う光景には覚えがある。


 しかし、輝宮寺のそれは違った。


 違った?


 違ったはずだが、あやかしだから分からない。人間があやかしの鳴き声を理解できないように、あやかしが人間の鳴き声を理解できるはずもない。


 だから訊いたのだ。屯所に向かってまで。


 あやかしは帝都退妖軍を認識している。襲わないのはひとえに面倒だからだ。自分に向かってくる人間と、一方的に食える人間であれば後者を狙う。酒呑童子は帝都退妖軍の人間と度々遭遇しているが、皆弱いと嘆いていた。


 そのため、帝都退妖軍の本部に向かうより、各地の強者の噂を信じて飛び回るほうが効率的だと考え、本部は眼中にない。


 死んだ猫又は人間を殺すときに何かのこだわりを持ち、その邪魔をされたくないと考え、軍人を避けてすらいた。


 自分は猫又と同じだった。軍と相まみえれば戦闘になる。自分が戦うことは好きではない。好きではないから輝宮寺啓介の実家に贈り物をした。輝宮寺啓介を育てた人間の反応を調べて、なおかつ枯賀末理のいる管理局の戦力を知るために。


 自分は出る必要などなかったが、帝都退妖軍は枯賀快炎に注目し始めた。このままだと輝宮寺の件が薄れてしまうと野狐禅は本筋に戻した。


 戻しながらも自分ですら理解できなかった。


 自分が何がしたいのか。


 何を目的としているのか。


 当初は枯賀末理を知りたかった。世界に誰もいない目をした子供──同族からはぐれたような存在を理解したかった。輝宮寺啓介はそのために協力してくれた存在だ。死んでも何とも思わなかった。だって輝宮寺は死ぬことを恐れながらも、あやかしとして永遠に生きることを自ら手放したのだから。


 輝宮寺啓介が選んだこと。


 自分以外の誰かの選択に、誰が何を想おうというのか。


 なのに。


 輝宮寺啓介はあやかしとの結託が罪だと知りながら、野狐禅に協力した。


 人間を憎んでいるわけでもないのに。周りに人間がいたのに。


 輝宮寺啓介は死んだ。生き返らないのに。あやかしとして生きることを拒んだ。あやかしを憎んでいるならまだしも野狐禅に協力してくれた。


「どうして、貴方は、私を」


 野狐禅は輝宮寺を看取った場所に立ち尽くす。


 答えは返ってこない。


「ねがい、ごと」


 河川敷に夕日が沈む。


 赤い陽光は、輝宮寺と共に見た蛍のようだった。


 願いの叶う蛍。


 枯賀末理を知ること。手を伸ばして、ふと気づく。自分の手のひらについた血の存在を。


 枯賀末理が野狐禅を抱き、落ちてくる式神から庇った時に付着したのだろう。枯賀末理は刀に自分の血を吸わせていた。あれで自分の金縛りから逃れたのかもしれない。


 野狐禅は自分の手のひらを見つめ、そのまま舐めた。


「前世……この世界」


 絶望の果てに自ら死を選び、枯賀末理として生きることになった少女の記憶を読み取った野狐禅は呟く、


「父親……」


 暮日村で、村民が枯賀末理に枯賀快炎の討伐依頼を行っていたことを思い出した野狐禅は、ふっとその場から姿を消した。



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― 新着の感想 ―
すみません野狐禅さんの戸惑いが美味しいです…ありがとうございます…。 末理ちゃんの血!?ど、どうなっちゃうんだ…!?
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