富山局長の自己犠牲
野狐禅の撤退後、私は水社一心たちと共に救護局に向かった。
すると──、
「富山さん」
相模局長が寝台で眠る富山局長を見て愕然とする。そばには真原さんと福野さんがいた。
「な、なんで、富山さん、さっき式神……なんで」
相模局長が狼狽える。真原さんが「五枚一気に召喚したんです。霊力切れです。警報響いた瞬間、無茶苦茶して」と答えた。
「な、なんで」
訳を聞いても相模局長は取り乱したまま「なんで」と繰り返す。
「警報で枯賀と水社少尉と、局長二名が人型あやかしと遭遇みたいなんはすぐ入りましたからね。知ってるでしょうけどこの人、カッチーン来たら誰より手つけられへんでしょ」
富山局長は私たちの危機に対して、対応しようとした。結果──あんな巨大な式神を召喚したわけで。霊力切れに関して、千年桜は恋と咲くでは、モブ局員たちが戦闘中に霊力切れを起こしダウン……そこをお姉様が回復といった感じで、治るものとして描写されていたけど、実際は酷い気分だ。ミヤシロ様に霊力を全部捧げて使い切った後、死ぬ思いをした。
水社一心が傍にいるにもかかわらず、そこまで思考してしまったことに気付き、私はすぐに止めた。
奴の顔を伺えば、既に心の内を読んでいたようでこちらを見ていた。
「しばらく休めば、霊力は回復するみたいですけど……なんか、霊力切れ起こすのは何年もしてないようなこと、救護局の局長が言ってたので、時間かかるかもみたいな話はしてました」
福野さんは付け足す。
「局長、慎重やからなぁ。いざって時の温存、ずぅっとしてはるから」
真原さんは眠る局長を見下ろす。すると局長の瞼がわずかに動いた。
「富山さん‼ 富山さん‼」
相模局長が富山局長に呼びかける。富山局長は「あぁ……」と声を漏らした。福野さんが「救護局長呼んできますね」と、サッと部屋を出ていく。
「ここは、死後の世界かなぁ?」
「ちゃいます、式神召喚で霊力切れ起こしてばたーん倒れたんです。ほら、枯賀も水社少尉も、相模局長も伊能局長も、ちゃんと戻ってきましたよ」
「あー……良かったぁ、間に合ったかぁ……」
富山局長は満足げに目を閉じようとする。しかしすぐに伊能局長が「間に合ったも何もないですよ‼」と怒鳴りつけた。
「なんでそんな自己犠牲するんですか、富山さんの異能で札五枚召喚なんて無茶です‼ 死んでたらどうするんですか⁉」
「伊能」
さっきまで取り乱していた相模局長が、怒りを露わにする伊能局長を止めに入る。しかし伊能局長は「あの場には僕も、相模さんもいた。新人二人がいたとしても、それぞれが担って撤退も可能でした‼ にもかかわらず、なんで……助けてくれることは計算にいれてましたけど、自己犠牲まではしてほしくなかった。何回言えばいいんですか⁉ 自己犠牲は戦略じゃないって。貴方には部下がいる、部下を守ってこその上司です。その上司が部下より先に死んだら誰が部下を守るんですか‼」
「……伊能くんとか」
「自己犠牲で大切な誰かを守るのは、その大切な誰かの未来を見守る、関わる、応援する選択肢を全部捨てるのと同じだ。自分の命をかけてまで相手に関わったのに未来はいらないなんて責任放棄と変わらない」
伊能局長がきっぱり言い切った。
「伊能くん怒んないで……僕、びょ、病人です」
「知りません。自己犠牲してくれたおかげで助かりましたなんて学習されても困ります。霊力切れなんて知りません。自己犠牲病です」
「伊能、お前……助けてもらっておいて」
相模局長が伊能局長を止める。伊能局長は「うるせえ黙れ自己犠牲異能第二段」と相模局長を罵倒した。
「自分の為に傷ついてくれてありがとうなんて言いませんよ僕は。自己犠牲うんこペテン師にこれでいいんだなんて成功体験を与えることになってしまう。そして今後、富山さんが自己犠牲しなかったことで誰か死んだとしたら、あの時、自分がもっとなんとかしていればなんて考えることになるんですよ。富山さんみたいな人は。クソです。クソ。普通の手段に、自己犠牲してなんとかしようなんて選択肢はそもそも戦略にない。捨て身、命がけで頑張ろうという努力目標の一種です。手段や選択肢じゃねえんですよ。バカタレクソ異能」
「バカタレクソ異能……って、お前……お前なぁ……人の能力に対して……お前、自分の異能に悩んでる人間だっているんだぞ」
相模局長は狼狽えた。しかし伊能局長は「はい。で?」と、止まらない。
「だってほら、求めてない異能を持って苦しんでる人間は、いるわけだろう」
相模局長は水社一心に一瞬だけ目をやった。ここで水社一心を意識するのは、水社一心に悪いとも思っているらしく、ぎこちない。
確かに望んでない異能に苦悩する代表格だもんな、と水社一心を見ると「配慮」と、小声で警告が飛んでくる。そして伊能局長は私たちのやり取りに気付くことなく、さらに相模局長の配慮に構うことなく「水社少尉みたいな人の話と貴方は違いますけどね」と実名を出してズバ斬りした。
「異能関係なく、自分について悩む人間沢山いますよ。求めてない状態で、それでも折り合いをつけて生きていく。そういう苦しみを持った人間に対して、追い打ちをかけるのはいけません。でも、てめえの異能は自己犠牲至上主義のバカタレクソ異能だろ。うんこボケ」
途中まで穏やかに、諭すようなテンションだったはずなのに唐突にすごい下品な罵倒がカットインしてきた。口が悪すぎる。本当に同じ脳から出力されているのだろうか。野狐禅が化けるにせよこんな汚い言葉は使わないし、輝宮寺に化けたときだってある程度の、アニメ版と漫画版と実写映画版と原作で全部違うみたいな解釈違いが発生していたので、伊能局長に化けるのは至難の業な気がする。
「前から思ってたんですけど、相模先輩って富山さんへの憧憬が滲みでてますよね。戦闘局時代の富山さんの戦法の根幹にあるのも自己犠牲だったじゃないですか。本当にどうしようもない時は、僕が出る、みたいな。覚悟決めた武士みたいな。一方の相模先輩の戦法、俺は捨て身で行くぜ‼ で最初から突っ込んでいくんだから。富山さんの劣化戦法。憧れの踏襲じゃないですよ。なんか、戦闘局の局長になって一人称を俺から私に変えて、印象を変えようとされてますけど、戦法とズレてません? そこ込みの自己演出です?」
伊能局長、相模局長のこと精神的に殺そうとしてない?
水社一心に同意を求めようにも、自己犠牲という単語が出るたびにゆっくり無言でこちらを見てくるのでどうにもならない。なんで相模局長が責められるパートで私がもらい事故受けてるんだ。
「そもそも水社少尉は自分の異能について苦しいって言ってるんですか?」
「いや……でも、弱音を吐かない、吐けない人間だっているだろう……」
「今、自己紹介されてます? 自分が可哀そうだと思ってるのだから相手も苦しんでいるはずだと決めつけるのも、相手の可哀そう、苦しみに対して相手は強いから大丈夫だと決めつけるのも同じくらい気持ち悪いですよ」
っは、と伊能局長は鼻で笑いそっぽを見た。
「相模先輩の異能なんかバカタレクソ異能としか言いようがないじゃないですか、色々、自分の戦闘能力犠牲にして弱ってれば弱ってるほど強くなるなんて、普段から強く在れよ。わざわざ弱って野狐禅に突っ込んでいって。自分の管轄局の新人もいるのに、死んだらどうするんですか」
伊能局長はため息を吐く。
その声音にハッとした。伊能局長ははさっきまで長々と罵倒していたが、要約した本音は「死んだらどうするんですか」なのだろう。水社一心と同種だ。モラハラは絶対許されないしクソでしかないが、原作の水社一心は9割のモラハラで喋った後、どんな心理カウンセラーでも気付かない1割の本音がある希少種だった。従来のモラハラには1割の本音なんて存在しなかったが、水社一心には確かにあったので、よりレビューが荒れた。
というか荒れていたのはレビューだけではない。「絵柄は最高ですけど不愉快すぎてギブです」「うーん、設定はいいと思うんですけど、モラハラがひどすぎて最後まで読めませんでした」と作家本人のSNS投稿に直接コメントするという荒れようだった。
そして現在、罵倒を正面から受けていた相模局長は、「それはお前もいるからだろ」と不貞腐れた。
「うーわ、無責任。なんで僕が自分の後輩でもない水社くんを君に預けられなきゃいけない。しかも相模先輩のですよ。富山局長の枯賀さんなら全然もう、おんぶもしますけど、なーんで相模先輩の後輩あずからなきゃいけないんですか」
「お前、おぶれないだろ。枯賀足つくぞ」
相模局長は呟く。伊能局長はかなり小柄なので、多分、小さい子供じゃないと背負えない気がする。
「人の変えられない部分についてご指摘ですかぁ、すごいなぁ、品行方正で厳格で怜悧で実力主義と評判の相模局長がぁ?」
「お前さっき、俺のことバカタレクソ異能って」
「事実じゃないですか」
「お前が小さいのだって事実だろう」
「それは侮辱ですよ。僕は、事実の適示。相模先輩がしているのは、侮辱」
伊能局長は相模局長を睨んだ。富山局長の様子を伺えば、二人がヒートアップしているのを横目に、これ幸いとホッとしていた。だいぶちゃっかりしている。確かに……相模局長がいなかったら自己犠牲に関しての罵倒の矛先は全部富山局長に向かっていたわけで……。
「枯賀と水社くんは、休んどき。富山局長は、僕が見とるし、この二人な、もう、ずっとやねん。僕見たことあるけど、終わらへんから。その後けろっとしてるし、気にするだけ無駄や」
真原さんはこの二人の対立に慣れているのか、退出を促す。私は真原さんの言葉に甘え、さっと手当を済ませ、救護局を後にした。




