かもしれない進行
「お前が野狐禅……」
水社一心も野狐禅による霊力で動けないのか、私に向け中途半端に手を伸ばした状態で止められている。
「初めまして、枯賀末理さんと、水社一心くん。私の名前はもう知ってるみたいだから、名乗るほどでもないかしら」
野狐禅は自分の頬に手を滑らせながら、私たちに近づいてくる。
「一体何が目的なんだ」
水社一心が威嚇するように叫ぶ。
「人間って必ず私にそう言うわね。人間同士で争う時もそう。でも、あやかし相手に聞いて意味ある?」
野狐禅は無感情とも言えない、こちらを物として扱う目つきでボンヤリと口にした。
「はぁ?」
「戦いや人を食らうことを目的としてるあやかしなら、今の質問をしている間に首の一つや二つ飛ばしているわ。私が挨拶をするのは、その余裕があるから。人間は弱くて死ぬのにどうして対話から始めようとするの?」
子供が「どうしてお空は青いの」と質問するみたいな無邪気さだった。ただ質が最悪すぎる。要約すると「雑魚の癖に先手必勝戦法もせず丸腰で来るの何?」だ。しかしこちらを先手で動けなくしてるのは野狐禅のほうだし私は抜刀してた。
「水社くん質問に答えて? 末理さんはお喋りする気がないみたいだから」
野狐禅の問いかけに水社一心は奥歯を噛み締めるような顔をしたあと、「敵だろうが考えは知るべきだ」と返す。
「確かにねぇ今のあなたは私に異能を阻害されている。なおさら分からないでしょうね」
「ああ」
「でも私も分からないの。人間の気持ちが。言葉を聞いてもなおよ」
「は……?」
「輝宮寺啓介。あやかしに結託するのは罪なのでしょう? それは常識なの?」
野狐禅は本当に分からないようだった。暮日村で青年も同じように不思議そうな顔をしていたが、あれは野狐禅が化けていたらしい。
「お前、暮日村の青年に化けていたのか」
私の心を読んでいた水社一心が問う。「そうよ」と野狐禅は認めた。
「化けた青年はどうした」
「寝てたわ。寝てたからその子にしたの」
「殺したんじゃないのか?」
「別に、殺さなくても問題がないなら殺さないわ。あなた達は殺すの?」
野狐禅は聞きかえす。本当に純粋な疑問だ。野狐禅はこういう性格だ。無自覚の煽り。人間とあやかしの感覚があまりに違うのは当然だが、バトルジャン鬼こと酒呑童子は「戦いだ‼」「祭りダァ‼」と暴れまわるので、基本的に深い話をしない。猫又はイカレシリアルキラーもどきサイコパス憧れクソガキなので、深い話ぶったムーブをするが浅い。両者、何故あやかしは人を殺すのか、人を殺すのかという議論が出来ないが、野狐禅はそういう議論を求めるタイプ。しかしやっぱり価値観が人外なので、野狐禅的には「ただ質問してるだけ」質問されたほうは煽られているという誤解コミュニケーションが発生する。
「ややこしいな……」
水社一心がツッコミを入れた。先ほどまで頭に血が上っていた様子だが理由が分かって納得したらしい。普段は水社一心が私の翻訳してるのに逆じゃん。
「ねぇ、殺すの?」
「人間は殺さない。人を裁くのは法だ」
「どうして?」
「あやかしみたいに衝動的に殺してばかりいたら誰もいなくなる。俺もこいつも、法律を守ることで法律に守られてる」
「でもその法律を守らない人間もいるでしょう? 輝宮寺啓介みたいに。あやかしとの結託は罪だって」
「お前が結託させたんじゃないのか⁉」
水社一心が怒鳴る。野狐禅は「協力はしてもらったわ」と続けた。
「でもどうしてなのか、分からないの。分からないから、教えてほしくて来たの。それに、末理さんのこと見たくて、暮日村に来てくれたことは嬉しいのに……すごく嫌な気持ちがするから」
「は?」
「枯賀のあんな、たいして面白みもない男の話ばかりしてる……いや、それが目的だったのだけれど……なにかこう、違うのよね。だからそれも含めて知りたいの」
──だから、教えて?
再度、野狐禅は自分の顔の前で狐を作る。その時だった。
「水社‼」
退妖対実地戦闘局の局長──相模局長の絶叫と共に、強風が吹き荒れる。そしてその風にのるように相模局長が野狐禅に向かって太刀を構えた。
「極限‼」
相模局長の叫びに応じ、相模局長が傷だらけになった。しかし局長が野狐禅に向かう勢いは増し、蒼く可視化された霊力を纏い、そのまま突っ込んでいく。
相模局長の異能だ。千年桜は恋と咲くにおいて、相模局長は異能を使わず戦う。それでも強いからだ。剣の道を極めており、対人戦のみでいえば負けなし。さらに刀や身体に霊力を込めて戦うので、誰も局長の力にも速さにもついて行けない。
なので──物語の中で局長の異能に触れたのは、異能の知識がないお姉様に異能の説明する時に分かりやすくするための一行だけ。
一時的に自分に負荷をかけることで、身体と霊力を増強させるもの。
要約すると、「縛りプレイ状態になると常時必殺技が出せます」もしくは「常時必殺技出せる代わりに体力1になります」という、当たらなければどうということはないが当たれば即死戦法だ。そんなことしなくても相模局長は強いし、体力1になってもその異能は自動発動するらしいが、そもそも相模局長が体力1になる場面なんかない、というのが千年桜は恋と咲くの常識だった。
しかし今、登場直後にそれを使うとは。
野狐禅は……それほど強力なあやかしであるという証明になる。
「珍しい異能ね。人間って感じがする」
「黙れ‼」
「あら、目的とか聞かないのね。やっぱりそうよね、戦いをするなら、なにか話す前に武器を構えたり、技を繰り出すほうが、目的は果たせるのよね」
相模局長は霊力を纏った連撃を繰り出すが、野狐禅は自分の尻尾で軽く躱しながら対話を楽しむ。
「じゃあ、さっき水社くんが私に聞いてくれたのは、対話の意志があったのね。末理さんは刀出してたけど……貴女は対話を求めてないっていうより、不安だから、かしら? 殺意も純粋な感じがないっていうか、倒そうとはしているけど、殺意はないわね、父親に対しては違っていたけど」
野狐禅は勝手に話しながらも、霊力を集めた球体をいくつも生み出し、相模局長に放つ。その威力に屯所では緊急警報と応援要請指令が鳴り響く。
「相模局長‼」
局長の身を案じた水社一心が叫ぶ。砂埃と煙で、局長の姿が見えない。
しかし──、
「相模先輩の太刀は、盾だったかもしれない」
煙の隙間から、伊能局長の姿が見えた。
ボロボロで膝をつく相模局長の──盾に触れて、笑っている。
伊能局長は認識や定義を変える異能を持つ。先ほどの攻撃を、相模局長の持っていた太刀が盾だったとして、防いだことにした……?
「伊能……お前、余計なことを……‼」
余計なこと?
明らかに伊能局長は相模局長を助けた形だが、相模局長は野狐禅と戦っていた時より顔を険しくした。まるで邪魔するなとでも言いたげに。
「余計なことってなんですか、僕は助けたんですよ貴方を。貴方が死んだら富山さんが悲しむ。それに新人隊員の心に傷をつけかねない。ただでさえ先輩の戦い方は気味が悪いんですから」
気味が悪い。
他人の異能にそんな言い方……え?
「気味が悪いも何もお前のせいで俺の刀が盾になったじゃないか」
「はい。貴方のすることは水社少尉と枯賀二等兵の退却誘導なので……相模先輩は水社少尉の横にいたかもしれない」
伊能局長が告げると同時に、相模局長が水社一心の隣に転移した。その光景を前に、野狐禅は目を見開き、口角を上げた。
「ねぇ、その能力って何でもできるの?」
「何でもではないですね。出来ないこともありますよ」
「なら輝宮寺啓介を生き返らせるのは無理なの……?」
「死んだ人間を異能で生き返らせることは不可能です。そんな異能も、存在しません。人はどうやったって、生き返りはしません」
伊能局長はきっぱりと告げた。千年桜は恋と咲くで、死んだ人間が生き返る異能や呪術は存在しない。登場人物が死んでも戻ってこない。死んだ人間を生き返らせようとしたり、死んだ人間への想いを利用されて登場する敵は……無限に出てくるけど。富山局長の娘さんみたいに。
「なら、輝宮寺啓介はもう、いないの?」
「はい」
伊能局長の返答に、野狐禅の身体がふらりと揺れた。まるで予想していなかった事実を告げられたみたいに、子供みたいな顔で首を揺らす。
「……輝宮寺啓介を、蘇らせたいんですか」
「ええ」
「なぜ」
「聞いてみたいの。どうして私に、化けていい、身体をあげてもいいって言ったのか。私をあやかしだと分かって、話をしてくれたのか」
野狐禅は俯いた。相模局長や伊能局長が攻撃に備えるが、野狐禅は声音に憂いを滲ませながら呟いた。
「ただ、あなたたちの話を聞いても、私はまた、理解できないかもしれないけど」




