狐の追憶
濃い土のにおいがする。
雨が降っている。
筋が見えるくらいの細さで、土をえぐるには頼りない。雨を降らす雲を眺められる程度の雨。
不思議と身体は濡れない。この感覚は、初めてじゃない。ミヤシロ様にすべての霊力を捧げたときと同じ浮遊感だ。視界は鮮明なのに、私がここにいるという感覚が薄い。
遠くには山々が並び、遠くには村が見える。
そして村と山を繋げる農道を、女が歩いていた。
人間に扮した野狐禅だ。
狐耳を隠した彼女は傘をさすこともなく山を目指して歩いている。
霊力により雨の影響を受けない彼女の着物は、濡れることもない。草履が泥まみれになることもない。そんな彼女を、ばしゃばしゃと音を立てながら、男が追いかけた。
輝宮寺啓介だ。
黒い傘を差す輝宮寺啓介は「おおーい」と、見合いで聞いたときと同じ声で野狐禅を呼ぶ。野狐禅はゆっくりと立ち止まり、振り返った。
「傘どうしたんですか、濡れますよ」
輝宮寺啓介はすぐに女に傘を差しだす。しかし、「あれ、濡れてない?」と驚いた。
「霊力ではじいているから、傘はいらないの」
「すーごいっすねぇ、いいなぁ、便利」
「……」
「これから山に行くんですか? あぶなくないですか」
野狐禅は何か目的があるのか、すげなく返すが、輝宮寺啓介はラフならがらも食い下がる。
「一人歩きは慣れているから」
「なら二人で行きましょうよ、せっかくですし」
輝宮寺啓介は笑って野狐禅に傘を差す。野狐禅は怪訝な顔で輝宮寺を見た後、そのまま歩いていく。
「これは、一体……」
隣に相模局長が立った。
「あやかしの作りだした空間のようですが……」
さらに相模局長の隣に伊能局長も立つ。多分ここは野狐禅が生み出した空間だろう。ミヤシロ様の時と似たような──追憶の世界だ。ミヤシロ様は、多分自発的に見せようとしたのではないだろうが、野狐禅はこの映像を見せて──私たちに判断させようとしているのかもしれない。
「野狐禅は輝宮寺とのやりとりを見せて、輝宮寺の感情を探らせようとしているみたいです。野狐禅は輝宮寺が自分に協力した理由を分かっていないと語っていました」
私の隣に水社一心が立つ。どうやら四人全員、野狐禅の追憶空間にいるようだ。
輝宮寺と野狐禅が山に入っていくのを眺めていると、さぁっと雨音が強くなり、景色が農道から山中に移り変わった。
輝宮寺は野狐禅を同じ傘に入れながら、ゆっくりと歩いている。
「君はなんで山に行くの?」
「山の向こうに行こうかなと思って」
「それは……言葉通りの意味?」
「言葉通りの意味って?」
「なんていうか、お空の向こう、みたいな意味かなって……ほら、今雨降ってるし、山登りには向かない状況だし」
「私は雨なんて関係ないから。それに、貴方霊力を全く感じないけれど……どうして山に入るの?」
「俺は、蛍が見たいんだ。蜜を集める蛍がいるって聞いて」
「雨じゃ蛍は出ないんじゃないの?」
「うん。でも諦めきれなくてさ、晴れを待っていたら、見れなくなるかもしれないし」
輝宮寺は少しだけ寂しそうに告げる。
彼は、余命宣告を受けていた。蛍は雨の日、雨粒に圧倒されてしまい飛ぶ確率は下がる
晴れを待っていたら……命が尽きるかもしれない。その覚悟を持っているのだ。
「実は、蛍で事業をしようと思って、この村に来たんだよね」
「へぇ」
「でも駄目だった」
「どうして」
「数がすごく少ないんだって。それに環境の変化にも弱いらしい。村の人も大切にしているみたいだったから、やめた」
「そんな簡単にお仕事をやめてしまっていいの?」
野狐禅は問う。さっきまで何もかもどうでも良さそうな返答だったが、輝宮寺の業務撤退に関しては、目に見えて興味を示していた。
「人を傷つけて儲けても仕方ないよ。数字や結果は大事だけど、数字や結果だけ求めていたら続かなくなる。経営は、いかに遠くを見渡せるかが大事なんだ。今が大事、数を、流行を……って人は言うけれど、俺は、夢を見ていたいから」
「夢?」
「こうなりたいって願うこと」
「願い……?」
「うん。僕は誰かを助けながらの経営がしたい。慈善事業じゃなくて、自分は目立つの苦手だな、売り込むの緊張するな、自分のことは好きじゃないけど、誰かと働いてみたいな、繋がりたいなって思う人間の、橋になりたい。誰かと誰かが手を繋ぐきっかけになりたいんだ。俺は……誰とも手を繋げなくていいから」
輝宮寺は雨に向かって手を伸ばす。
「手を、繋ぐ」
「うん。悲しい道に進んでいる誰かの手を、引き止めるために繋ぐのでもいいし、誰かを楽しい道に連れていくのも、どちらでも」
「それをしたいの」
「うん」
「なぜ」
「そうしたいって思うから。まぁ、取引先に聞かれたら、どんな相手にも可能性があるからって打算的な理由を言うだろうけど、色々、おどけた調子でさ。本当はしたいからしたいってだけなんだ。まぁ、理解できる人は、少ないかもしれないけど」
輝宮寺は寂しそうに笑う。
野狐禅は何の返事もしなかった。そのまま二人で山奥へと入っていく。
「あれが……おそらく生前の輝宮寺……」
伊能局長が興味深そうに輝宮寺の背中を見つめる。
「見合いで見た輝宮寺と、全く印象が異なります」
水社一心が補足した。
さっき輝宮寺は、おどけた調子で、と自分で言っていた。お姉様に対して接していた輝宮寺は、野狐禅が模倣した輝宮寺──こうして話を聞いて創作をした輝宮寺ではないだろうか。
そもそも千年桜は恋と咲くで、野狐禅は誰かに化けるのではなく、近所のお姉さん、イケメン軍人の新入りとして、既存の創作に新たにオリジナルキャラクターを投入するような化け方をしていた。最終的に戦闘中、「皇龍清明様はお姉様に化けた野狐禅に騙されるのか」というゲームを考案した野狐禅がお姉様に化けたが、皇龍清明様は野狐禅を一瞬で見破り、即座に真っ二つにした。
好きな人の擬態に対する躊躇いが0どころか、憤りによる殺意100、擬態は完璧なはずだが皇龍清明様の心象としては、特定のバンドファンが「パクリのくせに始祖や本家大元気取る雑な二番煎じバンド」を目にしたときの殺意のそれに似ていた。
最終的に、野狐禅は「そこまで強い感情を持てるなんて、いいなぁ」と呟いて消滅した。
普段の口調よりやや砕けており、野狐禅は本気だったのか、それとも作家の誤字か考察が盛んにおこなわれ、正直私もどうか分からない。
「村の人から聞いた話だと……この大池なんだけどなぁ」
追憶の中の輝宮寺が、湖のような広さを持つ池を前に呟く。地面にも木々のまわりにも苔が生え、輝宮寺はここにたどり着くまで何度もふらついていた。
ただ──それが本当に苔や地面の湿り気で滑っているのか、体調が悪いのか分からない。医師の診断結果を見る分に、この時期の輝宮寺の体調は相当悪化しており、そもそも暮日村にくることも医者に強く止められていた。
「そんなに蛍が見たいの?」
「願いが叶うんだって」
「何を願うの?」
「元気になりますように、かな」
「霊力は無くていいの?」
「昔は欲しかったけど、霊力が無くても無いなりに、誰かと誰かの架け橋になれるのが、助けられるのが、経営だから、霊力はいいんだ」
「ふぅん」
「ほら、霊力がある人はさ、その霊力で、こう、物理的に人を守るでしょう? 上から岩石が降ってきたら砕いたりさ、それで誰かの命を救って、誰かの悲しみを防ぐ……って守り方をしていく。霊力が無いとそれは出来ないけど……霊力がある人も、そうじゃない人の、心を守ることは、」
「心?」
「うん。辛いことがあっても、めげない理由とか、すごく嫌なことがあってさ、自分には何もない、だから、みんなのこと八つ当たりして傷つけちゃえ、みたいに思う、そういうのを、一瞬だけでもいいからやめる理由になりたい」
「なんで」
「そういう自分でありたいから。そうしたら少しは、生まれてきて良かったって、思ってもらえるかな」
「へぇ、人間は、あやかしと一緒でただ出てくるだけなのに、良かったって思われたいの?」
「うん。自分でも、生まれてきて良かったって思うことはあるけどさ、誰かにも思っていてもらいたいんだよ。良くしてくれる人はいるけど、俺だからじゃないだろうし。いや、俺だからなのかもしれないなぁ……お金が混ざると、中々難しいけど」
「ふぅん」
野狐禅は興味なさそうに相槌をうった後、目の前の池に向かって、指できつねを作った。そしてその狐を花に見立て咲かせるように手を広げる。
ふっと、雨が止む。
「雨を止めることも出来るの?」
「うん」
「なら、土砂降りとか豪雨を止めたりも出来る?」
「出来るんじゃない?」
「したことはない?」
「したいと思ったことがない」
「そうなんだ」
輝宮寺は黙った。彼は誰かを助けたいと思うけれど、誰かを助けないのかと人に強いることはないみたいだ。距離を分かっている。お姉様と同じだ。お姉様は物語の中で誰かを助けようとするけど、誰かに「助けなくていいのですか?」と聞いたりすることは一度も無かった。誰かに支援してもらう時も相当な覚悟で挑んでいた。
助けてもらって当たり前だと、誰も助けやしないのに自分本位で振る舞う人間もいる世界で、お姉様や輝宮寺の様な存在は稀有だ。
「相当な霊力だな、雨を止めるなんて」
二人を眺めていた相模局長が呟く。
「新人ならともかく局長二人を異空間に閉じ込めてる時点で相当ですよ。僕の異能も今なお無効化されてますし」
伊能局長は脱出を試みているらしい。おそらく、僕たちは野狐禅の異空間に閉じ込められてなかったかもしれない、みたいなものだろう。しかしその異能を野狐禅は打ち消している。
打ち消す力があるのに、私たち四人全員殺してない。
「っていうか相模先輩の後輩たち、駆け付けてくれそうですか?」
「一番可能性が高かったのがそこにいる」
相模局長が水社一心を見た。
千年桜は恋と咲くにおいて、相模局長はお姉様のみうっすらデレる、他人には高圧的で冷酷参謀系キャラだったので、普通に他人と距離がある。中には相模局長を尊敬している人間もいるだろうが、そういう人間は「相模局長に尊敬してますなんて言えば嫌われそう」というイメージがあるので話しかけない。
「水社少尉まだ入って半年ですよ。もうちょっとうまくやればいいのに。極端なんですよね、付き纏われるか嫌われるか」
「お前だって付き纏い多いだろ」
「僕に対しての付き纏いって相模局長の付きまといと違って嫌いだからっていうか敵意あるじゃないですか全員」
伊能局長は……確かにアンチレビューが多かった。「本当に同じキャラ見てる?」という誤解混じりのものから、「他の読者の方は気付いていないでしょうが」という前置詞から始まる決めつけっぽいものまで。この世界でもそうなのだろうか。
「富山さんの式神が降ってきたらどうしよう。巨大なの。あれ明らかに富山さんの危機に応じて大きさ変わるじゃないですか、今回絶対巨大ですよ」
「そんな大きいのくるか?」
「だって一昨年の武術大会ではぺろんぺろんのよく分かんない兎が出て踊ってたじゃないですか。あれ皆、運だと思ってるけど、完全に富山さんの危機度合いに応じてるでしょ」
一昨年、富山局長が武術大会に出ていたらしい。
大会は相手が軍人で死の危機には陥らない。
ゆめかわユニコーンドリルが出たときも、相手は輝宮寺夫妻だった。
あれはやっぱり、ランダムガチャじゃなくて……局長を死なせないようにしている……?
「絶対上から降ってきますよ。大きい何かが」
そして相模局長も伊能局長も富山局長が助けに来ることを決定事項のように取り扱っていた。
私は空を見上げる。するとぽつ、と目の前に光の粒が横切った。
蛍だ。
ふわ、ふわとあたりに蛍が舞い始める。
追憶の中にいる輝宮寺も気付いたようで、「わ」と声を上げた。
「綺麗だ……」
薄暗い池のそば、無数の蛍が浮かぶ光景を前に、輝宮寺は子供みたいに目を輝かせた。
「ありがとう」
輝宮寺は野狐禅に微笑みかけた。野狐禅は返事をせず輝宮寺を眺めている。
「そんなに、いいもの? 蛍って」
「うん──すごく……」
輝宮寺は言いかけてしゃがみ込んだ、苦しそうに胸を押さえ、そのままじっとうずくまるようにしている。その姿を野狐禅は静かに見下ろしている。
「……願いは、叶ってないみたいだけど」
「俺の場合は、違うみたいだ……」
「永遠に生きられるようにしてあげましょうか」
くるりと野狐禅は身体を回転させる。瞬く間に狐耳のついたいつもの野狐禅の姿に変わった。
「すごいな、蛍も見れたし、人型のあやかしとも会えた」
輝宮寺は驚きもせず、目の前の野狐禅を受け入れたように返す。胸を強く押さえ、苦しみを必死にこらえながらも、逃げようとはしなかった。
「怖くないの?」
「怖いさ、ただ……残り時間が少ないんだ。悲観しても楽観しても、死ぬことに変わりはない。最悪を考えて傷つかないようにしても、結局少しずつ傷つくか一気に傷つくかの差しかない。僕は怖がりなんだ。出来れば傷つきたくないから、楽観で生きるようにしている」
「それは人間の当たり前なの?」
「どうだろう、分からないや、俺は色んな所ではぐれてるから」
「……」
野狐禅は意味が通じていないようだった。いや、相槌をうっていた言葉も、どれほど野狐禅に届いているかは分からない。
「ねぇ君に願いはある?」
「どうして? そんなことを聞くの?」
「聞いてみたいと思ったからさ。それにほら、俺の願いが叶わない分、君の願いは叶うかもしれないし、願ったほうがいい」
輝宮寺はゆっくりと立ち上がる。野狐禅は蛍を眺めながら考えていた。
「もしかして願いはない?」
「人を知りたい……面白そうな人がいるの。ただその人間を知るのは、自分で叶えられるから、蛍に願う必要はない」
「すごいなぁ、じゃあ取っておくといいよ。そして本当の願いが生まれたときに、お願いすればいい。夢はすぐに決めなくていいから」
「……さっきの質問だけど、永遠に生きるようにしてあげましょうか。あやかしとして」
「大丈夫。俺はちゃんと死ぬよ」
「どうして? 死ぬのが怖くないの」
「怖いよ」
「なら……」
「でも、人は死ぬ生き物だ。いつか人は死ぬ。だからこそ、誰かと協力し合える……と僕は思ってる。誰かが死なないように、限りある時間を笑って過ごせるようにって。死は恐ろしいけれど、誰かが何かをすることの原動力にはなってる。それにほら、よく病気に打ち勝つっていう言い方あるでしょ、アレ俺大嫌いなんだ。病で死んだ人間は病気に負けたの? ってなるし。だから俺は病気に負けてないけど死んだっていう、人間になる」
「どうやって」
「分かんない。沢山言うとかかな」
輝宮寺は笑みを浮かべた。
野狐禅は何の言葉も返さなかった。
景色がふっと移り変わる。
場所は暮日村ではなく、帝都だ。
夕焼け空の下、印刷工場から輝宮寺が出てくるところだった。彼は「ありがとうございました」と気さくに夫妻に別れを告げた後、物陰にさっと隠れ、ずるずると壁に背を預けながらしゃがみ込む。
目の前に野狐禅が立った。
「最後に会いに来てくれたのか? 何から何まで悪いな」
「最後なの?」
「多分……」
そのまま輝宮寺は身体を引きずるようにして、工場から出ていく。
「なんで動くの」
「だって工場のそばで死んだら、契約も色々変えてるところだし、おじさんとおばさんが俺を殺したみたいになっちゃうし。そういう噂って事実無根でも中々消えないしさ、今後の未来に関わるから」
「そこに貴方はいないのにどうして心配するの?」
「欲張りだから」
輝宮寺は胸を押さえながらも、一歩ずつ工場から離れていく。
「死んだ後も迷惑かけたくないし、俺と一緒にいてよかったって思ってもらいたい」
やがて輝宮寺はそばの河川敷に辿り着き、ゆっくりと腰を下ろした。
「どうして私に声をかけたの」
「だって雨の中、山に向かって傘もささずに一人ぼっちで歩いていたら、死のうとしてるのかなって思うでしょ」
「そうなの?」
「人間なら誰だって思うよ。覚えておくといい」
「分かった」
「最初は、自分で死のうとするなんて、そんなことするなら残りの命くれよって思ったけど、やっぱり……普通に、説得しようかなと思ったんだ。まぁ、あやかしだったし、そんな必要も無かったけどさ」
あはは、と輝宮寺は力なく笑う。
「あやかしって、人を食べるんだよね、君も?」
「まぁ」
「病気の人間を食べたら駄目とかある?」
「ない」
「なら俺を食べていいよ」
「どうして?」
「だって食べなきゃいけないなら、どうぞって。俺は葬式しなくていいし、骨とかを残してもらいたいって思う人も、いないし……親と色々あってさ。だから」
「食べるより、貴方に化けたほうが便利そう」
「それもいいよ」
「いいの?」
「うん。君は僕が村の途中で倒れてるのも、助けてくれたしさ、むやみやたらに人を襲うあやかしと違う気がするし、事業計画は、ちゃんと終わりに向かって片づけたから、それ以外だったら俺のふりをして、人間を満喫して、頃合いを見てさ、死んだことにしておいて。霊力の色々でいい感じに死体とか作ってさ、沢山生きてみて、ああ、もし気が向いたら、恋をしてみてほしい。俺、誰かに好きになってもらったこと、なかったし」
野狐禅は返事をしない。
「輝宮寺の遺体は、野狐禅の作りだした人形……?」
「いや、食べてなかったんだ」
相模局長の問いに、二人を射貫くように見つめる伊能局長が呟く。
「あの遺体は、綺麗だった。時間を止められたみたいに。普通遺体は、時間の経過とともに腐っていく。花と同じだ。どんなに咲いていても枯れる。時間には抗えない。でも輝宮寺の遺体は綺麗だった。だからこそ監獄で死んだとき、いつ死んだかなんて誰も疑問を持たなかったんです。でも、こういう空間に遺体を運んでいた」
そう、輝宮寺の遺体は綺麗だった。調査の攪乱もあったのだろうが、野狐禅の強さがあればそもそもバレないようにする意味がない。水社の対策は面白半分、見合いは私を知るという元々の動機を遂行したのかもしれないが、並行して輝宮寺を想う感情もあったのではないだろうか。
そんな輝宮寺を監獄に入れているけど、輝宮寺の真意を知りたいと屯所の襲撃まで起こしている。
「貴方の考え方は、心は、どうやって出来たの? どうなると……」
野狐禅が輝宮寺啓介に問うが、今度は輝宮寺が返事をしなかった。
固く目を閉じ、動かない。安らかに眠っているような最期だ。
野狐禅は輝宮寺の遺体をじっと見つめた後、そっと唇を重ねた。すっと、輝宮寺の身体が粒子化し、野狐禅の胸に吸い込まれていく。すると野狐禅の姿が、輝宮寺啓介の姿に変わった。




