富山局長の異能
「なんだか大変だったね」
調査局を後にして、私は二人で話をしたいと富山局長に言われ、屯所の中庭のベンチにいた。
富山局長は「最近は遠出ばっかりで疲れちゃうねぇ」と柔らかく微笑んだ。
気を遣っているんだろう。自分の父親があやかしになり、しかも親子関係も微妙な感じだったことを知ったのだ。誰しも気を遣う。特に局長には娘さんがいる。話を聞くぶんには局長は娘さんを大切にしているし、千年桜は恋と咲くで、局長の娘さんは局長の死に悲しみあやかしになった。
自分の親子関係から逆算して、私に同情しているのかもしれない。
優しい視界でものを見ている人だろうから、私が、父親があやかしになったことで傷ついているんじゃないか、とか。
気にしなくていいのに。
全然、父親のことはどうでもいいから。
正直、縁談だけなんとかできれば、枯賀家はどうなってもいいというか、お姉様が守護の力に目覚めると、本当にろくなことをしないので、私が枯賀家を火の海にしてよかった。
それをしなかったのは枯賀家に思い入れがあるとか、そういうことは全くない。
私とお姉様、私と水社家の癒着が濃かったから。それに尽きる。
私が枯賀家にいるだけだったらまだしも、今は色んなかかわりが出来てしまった。
私が枯賀の父親を殺したら、周りの人間を、人殺しを止めなかった人たちにしてしまう。
だから迷っていた。水社一心の死のシナリオの件もあるし。
結果こうして、あやかしになり果てたならば、殺しておけばよかったなと思う。どっちが良かったんだろう。どうすれば周りは、楽だったんだろう。
「お父さんの異能って、癒しの異能なんだね。珍しい。枯賀さんのもだけど」
富山局長は独り言みたいに話す。私が何の返事もしないのを確かめるみたいだった。
私は喋らないことで異能の力を温存している。局長が怪我をして私が治れと言っても局長の怪我は治らないのに、攻撃力は下がるという因果な仕組みがあるからだ。
そして千年桜は恋と咲くでは、枯賀末理はお姉様に「死ねばいい」「生まれてこなければよかった」と暴言を吐き続け、そのたびに小規模線香花火みたいな発火を起こしお姉様を火傷させ傷つけていた。
ゴミ。
そして肝心な時に、異能の使用制限を迎えあやかしに食われた。
「僕の異能も、変わってるんだ」
富山局長の異能。
異能の影響で式神が紙の札じゃなく変な動物になることと、一度召喚した後、再召喚に時間がかかるなど、中々トリッキーだ。
「異能って、遺伝以外にどういう風に決まるか知ってる?」
知っている。千年桜は恋と咲くを全部読んでいるから。
異能は遺伝で決まるタイプと、遺伝で決まっているのに精神的なあれこれを起点に突然変わるタイプがある。異能が発現する前に起きた出来事で精神的に揺れ、なにかを強く願い、その願いが異能に変わることがあるのだ。炎の異能を持つ家系の子供が火事に見舞われ、水を操る異能に目覚める、とか。
そして枯賀家は代々、言葉で人を癒す異能だが私だけ破壊特化。枯賀末理が天才ともてはやされるための設定だろうが、枯賀末理の攻撃性に沿った異能とも思う。
「僕の異能は、死者をよみがえらせる異能なんだ。式神を媒介して、まぁその……かわいい感じになってるけど、元は、霊力を一時的に高めるっていう、戦闘局でよくいる感じのだった」
お姉様は異能がないことで虐げられていた。
しかし、異能を持つ人間の中でも勝手な価値観で上下が生まれている。
珍しいとか、珍しくないとか。
珍しい中でも地味とか、実戦に使えないとか、色々と難癖をつけられる。
戦闘局ではない場所ならば霊力の一時増強の異能は便利で優れていると見られるが、戦闘局の中ではありきたりだと言うものもいれば、持っていて当然、最低限の資格と考える者もいる。
「僕が式神で呼んでるのは……多分みんな、戦死した同期とか、先輩とか部下なんだ」
富山局長はこちらに視線を向けずに言う。そのあと「福野くんとか真原くんには内緒ね。気にしちゃうから」と、少しおどけて人差し指を自分の口元にあてた。
「戦いの中でさぁ……僕より強い人がどんどん、僕より先に死んでいったんだ。みんな……強かったんだ。だから慢心してたとか、そういうことじゃなくて……多分枯賀さんみたいに、自分がやらなきゃ、自分が皆を守らなきゃって、戦って……どうにもならなかった」
あやかしとの戦いは、当然、命に関わる。低級のあやかし相手なら退治は日常茶飯事だが、巨大なあやかしが現れたり、周りに人間がいたりと、毎回自分の思い通りに戦えるわけではない。
だから霊力がなくても異能があれば軍に入れる。それくらい、殉職も多いから。
「多分……執着心が強いんだろうね、僕は。普通に式神を召喚してるのに、降霊しちゃう。だから強く命令はしたくなくて……結果的に、管理局のみんなに迷惑かけてるんだけど」
私は「みんなに迷惑」の部分だけ首を横に振った。
「みんな、子供が好きでさ……僕もだけど。そのうち枯賀さんもそういう仕事するだろうけど、二年目三年目になってくると、孤児向けに慰問とかするんだよ。その時、同期みんな顔が怖いって泣かれてて、可愛いぬいぐるみになれば嫌われないんじゃないの? なんてからかってたのが、多分、原因」
福野さんが常軌を逸した態度をとる、富山局長の式神たち。
ただ全員ぬいぐるみでもない。一番最初の時は巨大な羊があやかしを轢き殺していた。
あれはランダムだと言っていたけど……もしかして局長の危機に合わせているのではないだろうか。
局長の同期ならば……。
「そういうこともあってさ……管理局に移動になったっていうか、上層部が管理局を新設するっていう話になって、戦闘局の局長の話も出てたんだけど、断って……僕は今の位置を選んだ」
富山局長は元戦闘局だと言っていた。
相模局長は富山局長が憧れだったようなことを伊能局長も言っていたし、伊能局長も富山局長を信頼していた。それは人柄も勿論あるだろうけど、実力も確かだったのだろう。
実際、何人も殉職者が出る場で、生き残っていたわけだし。
「だから、正直、今、どうやって君に話をしていいか、分からない。何かを伝えて傷つけたり、一生理解されないなって思わせることが怖い。放っておくのが嫌なんだ。僕の立場を悪くしたくないとか、そういうつもりは全然なくて……一人にはしたくないし……結構、事故みたいな形で異能を聞いたことも、申し訳なく思っていて……」
私は首を横に振る。
局長は……上司としては勿論あるだろうけど、私について考えている。そんなふうに考えてもらう価値なんて私にないのに。
「僕ね、自分の異能について最初すごく、思う所があったんだ。途中で変わったし。僕の願いでそうなったみたいな。だからこれは僕の勝手な想像なんだけど、もし、君だけ一族で破壊的な異能を持っていることに悩んでいたら、なんだけど……それは誰かを守るための力なんじゃないかなぁって思うんだ。もう普通にそう思っていて、余計なお世話って考えてるかもしれないし、むしろ、そのほうがいいんだけどさ、はは」
富山局長は視線をさまよわせ、「ううん」とうなりながらも言葉を紡ぐ。
局長は、励まそうとしているのかもしれない。
「それとさ、お父さんについては色々、関係があるだろうし、部外者の僕が何を言っても、君にとっては毒になる気がしてさ。親子なら、って前置きで話をして苦しめてしまうかもしれないし、そういう前置きを本当は欲していて、色々あった後にああすればって後悔を君がしたらと思うのも、怖い。君にどこまで踏み込んでいいか、正直分からない。水社くんみたいに、君の心が……誰かの心を読み解けるわけじゃないから」
水社一心は他人の心が読める。
私はそれに、甘えている。
でもその関わり方を富山局長は見ていて……。
今だけじゃなく、ずっと前から私との関わり方に悩んでいたのが分かる声音だった。
「傷つけたくないし、局員全員の個人的なことの支えが出来るわけじゃないから、僕としても、正解が見つからない。今もこうして話すのが怖いけど、でも、君を一人にしたくないし、君の敵にはなりたくない、そして──君に全部を背負わせるような動きが少しでもあれば、君の上司として僕は必ず抗う。完全に無傷で守り切れるかは……分からないけど、でも、君が必要以上に傷つかない道を僕は選ぶ」
富山局長は真っすぐ私の目を見た。私は一度視線を逸らし、もう一度視線を合わせる。
「まぁ、真原くんも福野くんも、同じ気持ちだろうから。あんまり、気負わず、いつも通りやっていこう」
局長は「ごめんね、二人きりでなんてね、一応、密室じゃなくて外にしたんだけどさ、はは」と、苦笑気味に何度も手をゆらゆらさせ、去っていく。
局長の姿が遠くなるのを眺めていれば、入れ替わるように横に水社一心が立った。




