伊能局長の信念
私たちは状況報告のため、暮日村から一度戻ることになった。
調査局本部では、伊能局長のほか相模局長もいた。
「角を持つ人型のあやかし……度々軍に報告が上がっているあやかしだ。酒呑童子と名乗り、複数の配下を持っているようだが……そうか、枯賀の父親をあやかしにしたのか……」
相模局長が腕を組み思案する。
「でもなんかお婆さんは元々、枯賀家の当主様はあやかしになっていたような話をしていて、枯賀さんが狙われているみたいでさ、事件のこともあって」
富山局長の説明に伊能局長の視線がこちらに向いた。
「枯賀二等兵を狙っている仮説は、まぁ、否定できないものとして……枯賀二等兵のお姉さんも、中々怪しいですよね」
「お姉さんを疑ってるってこと?」
伊能局長の指摘にすぐさま富山局長が返す。「いや、言い方を間違えました。お姉さんが悪いという話ではなく……異能や霊力がないことが、確定しているのかというか……今まで聞いたことはありませんが、本当は使えるのに封印されているとか、後天的に発露する可能性を、野狐禅は感じ取り枯賀家の姉妹ごと狙っている、同時に水社家の異能の克服も……と一挙両得を狙った可能性もあるかなと」
「私もその可能性が高いように思う」
相模局長が伊能局長に賛同した。
「枯賀の異能は稀有だが、あやかしが攻撃手段を得ようとしてるとは思えない。むしろ枯賀快炎のような癒しの異能に興味を持つほうが自然だ。枯賀花宵はまだ目覚めてないだけで、稀有な異能を持ちそれをあやかしは嗅ぎ取っているのでは──今枯賀花宵の身辺はどうなっている?」
「あなたの局の水社くんの関係者なので護衛対象ですよ」
伊能局長がサッと返した。相模局長は「なぜ」と聞き返す。伊能局長は私を一瞥してから、「家庭内に問題があったんです。父親の教育に問題があって水社家が引き取ることになりました」と、感情も含めず淡々と告げた。
「ただ、そんな父親があやかしになった」
怜悧な瞳で伊能局長は私を見据える。
軍としてはどう思っているのだろう。軍人の父親があやかしになったこと。
様子をうかがっていれば、伊能局長は少し黙ってから一度俯き、またこちらを見上げた。
「お父さんの討伐からは外れて頂きます。貴方が父親をどう思っているか分かりません。死ねばいいと思っているか、大事に思ってるかどうか、関係なしに軍の世間体が悪い。家の始末は家でやれとか家族なんだからとか、そういう言葉を吐く人間もいるでしょうが、道徳は時代により変わります。後々問題になったら面倒です。来年になったら親の討伐をさせたなんて世間から叩かれるかもしれません。当日は村の退避を行ってもらいます。討伐は相模と戦闘局で実行する」
「え、管理局は……」
富山局長が戸惑う。どうやら富山局長は討伐に参加する気だったらしい。
「新人局員の親を討伐なんて富山さん無理でしょう。それに、富山さんの異能に支障が出たら困る」
伊能局長は冷静に棄却した。
「伊能、お前は参加せずとも……」
「相模さんの戦い方、自己再生型の敵と相性が悪いでしょう。貴方の戦い方は持久戦では通用しない」
「……いや」
伊能局長は「ほぼ僕と戦闘局での討伐です。面倒ですけど、戦闘局だけじゃ勝てない。枯賀快炎の全盛期は相当なものだった。加齢とともに霊力を一気に失ったようですが、そこをあやかしになったことで補強されている可能性がある」と続け、また私に視線を戻した。
「討伐完了後、お姉さんへの説明は、希望が無ければ病死と言うことで処理します。本来なら貴方に対してもそうすべきでしたが、僕の落ち度です」
伊能局長は私に会釈をした。
お姉様へ配慮してくれているらしい。枯賀の父親なんかどうなろうと知ったことではないが、お姉様はたぶん違う。相手は虐げてきた人間なのに、あやかしになってしまったことを悲しむ。自分に何かできることは無かったのかと自分を責めてしまうだろう。
「軍に入った以上、何歳であろうが関係ない。軍人です。戦ってもらう。国民を守るのが責務です。同時に、その心も守られるべきだ」
助けてくれようと、している。
以前水社一心は私に言っていた。
死ぬべきじゃなかったと。
私はあの時死を選んだのが正解だと思っている。だって苦しかったから。
誰もいなかったから。
でも生きていたら……水社一心や、管理局の面々や、伊能局長みたいに……こちらを見ようとする人間が、現れたのだろうか。
現れる前に私は私を、終えたのだろうか。
「まぁ、精神状況は異能に関わりますから。じゃあ、今日は解散ということで」
伊能局長に促されるまま、私は調査局を管理局の面々と共に退出した。




