枯賀末理の宿命
賊を地域部に引き渡した後、部員の一人が駆けてきた。
「富山局長、伊能局長から速達です」
富山局長は受け取ると、「え」と声を漏らす。
「どないしはったんですか」
真原さんが確認しようとして、局長は「これ」と速達を管理局の面々が見やすいよう広げる。
そこには輝宮寺啓介の遺体を調べた結果、病で亡くなったこと自体はそのままに、死亡時刻が変わっていたことが記されていた。
それも、大幅に。
「これ、輝宮寺啓介、見合いの前に死んでるって……ことになりませんか」
「見合いの時、野狐禅ってあやかしが成りすましていたのは、完全に確定したと思う。ただ……死体が腐らないよう、加工してたって」
「その、野狐禅と呼んでいるあやかしが……輝宮寺様が連れ立っていた女性の……?」
「おそらく……」
真原さんがチラリと私を見た。私は強く頷く。
「あの、病死って、ど、どういうことですか」
村の若者が戸惑う。どうやら輝宮寺の病気について知らなかったらしい。
「重い病気で、すでに四月に余命宣告を受けていました。それで自分の事業を、他人に譲ったりしてて、帝都に輝宮寺と取引をしている工場もあって……そこで聞いた情報なので、確かなんですけど」
「ああ……」
村人たちは顔を歪めた。皆輝宮寺の死を悼んでいるのが表情から見て取れる。
「あやかしが……生かしたんでしょうね、輝宮寺様の夢をかなえるために」
「夢?」
「今年のうちにしたいことを、いくつか言っていました。余命を告げられていたならば、死ぬ前にしたいことなのでしょう」
「それって……」
「恋をしてみたい。女性の手を握ったことがないとも仰っていました。連れ立っている女性はどうかと聞きましたが……女性が手を伸ばしても、触れはしなかった。誠実なお方です。男らしくないと言われてしまうかもしれませんが……」
老婆は視線を落とす。
お姉様と出会った輝宮寺は……お姉様の手にいともたやすく触れていた。
野狐禅は血を舐める。お姉様の血を舐めるのであれば傷つけていたが、逆に香油をぬっていた。
あれは、輝宮寺の願いを叶えようとしていた……?
「恋をしたいって、何で……枯賀さんのお姉さんを狙ったんだろう。見合い相手なら、枯賀さんのお姉さんじゃなくても良かったはずだよね」
そうして、管理局の面々は私を見る。
水社一心を含む、心を読む人間を無効化する策を求めた野狐禅。
見合いは水社一心とさりげなく関わるためのものだと思っていた。でも、ターゲットが水社一心だけなら、それこそそこら辺の店の人間に化ければいい。知り合わずとも、すれ違うだけでも、無効化できるかは分かるはずだ。
でもそうしなかった。
そして見合い当日の、輝宮寺の言動。
お姉様を褒めつつ、軍人に関して色々とモノ申していた。
そしてお姉様にキレられた。
お姉様のことはおそらく眼中にない。だって千年桜は恋と咲くのシナリオなんて知らないのだから。
ただ、枯賀の父親の血によって水社一心の情報を得ているのなら、私の異能についても知っているはずだ。しかも枯賀の父親は私が霊力を失っていることを知らない。
私の異能と霊力についての情報だけが野狐禅に流れているとしたら……野狐禅の目的は水社一心の能力の克服もそうだが……私も狙いに含まれているのでは。
私の能力をはかろうとして、戦いを申し込んだ。
だってお姉様が狙いなら、私の帰省前にサッサと攫ってしまっただろう。
でも、待ってた。
野狐禅に血を飲まれたらまずい。
「枯賀さんの異能に目を付けてる……?」
しかし、富山局長は別の……千年桜は恋と咲くを知らなければ、誰しも辿り着く結論に至った。
千年桜は恋と咲くを知らない野狐禅の狙い。
野狐禅が狙うほどの威力を持つ──私の異能。
水社一心が死ぬシナリオを書き換える、切り札。
「末理様の異能は、当主様の異能を凌駕するものでございますからね」
「枯賀の異能って……」
「言霊にございまする」
老婆は今まで私が口にしなかった事実を当然のように明かす。
「言霊の異能は、命じてしまえばその通りになる。快炎様の場合は、言葉一つで人を癒す。あやかしになってしまった今、討てど討てど、雄叫びを上げ、何度でも再生してしまう化け物になってしまわれた。だからこそ恐ろしい」
そう。枯賀のあの父親の異能は、言葉一つで人を癒せる。
だというのに、お姉様を侮辱していた。優しい言葉をかけることもなかった。
何たる皮肉。何たる不愉快。
そんな枯賀の父親があやかしになれば無限再生おばけになるのも必然だろう。酒呑童子が喜びそうだ。倒しても倒しても復活する敵。戦い大好きバトルジャン鬼的に最高の敵だ。
ただ、倒すのがルーティーン化し、強くなるまで待っているのだろう。周囲からすれば、はた迷惑な話だ。
「しかし末理様がいらっしゃったのは……まさしく、天命というものでしょう」
老婆は覚悟を滲ませ、私を見据える。
枯賀の父親がお姉様を虐げていた理由。
お姉様に異能や霊力がないから。
私に過剰に接待をしていた理由。
枯賀の父親が欲しかったものを、枯賀末理が持っているから。
あの父親は、自分の異能に満足していなかった。真原さんも他人の異能を羨ましがったりしているし、お姉様は異能があれば自分は必要とされるかもしれないと期待していたり、人によって異能への考え方は様々だ。
輝宮寺は異能がないことで虐げられていたし、逆に水社一心に執着した娘が育った美浜家は、異能なんて気にしていなかったが、娘はあんな感じだった。
でも枯賀の父親は、癒しの力に憤りをもっていた。こんなものではなく、もっと誰かに崇められ、恐れられ、威厳を保てるような異能がいいと常々考えていた。
癒しではなく、完全な──滅びの力であれば。
「末理様は、言葉一つですべてを焼き尽くせる──すべてを終わらせることのできる、終焉の炎を、どうかお父様に」
老婆が私を見据える。
私の持つ異能。
私がお姉様を前にしても何一つ優しい言葉も励ましの言葉もねぎらいの言葉もかけなかった理由。
筆ひとつとるのでさえ躊躇う理由。
それは、私の言葉そのものが武器であり──水社一心を救う切り札だからだ。
物語には起承転結がある。
千年桜は恋と咲くでは、こうだ。
実家で虐げられていたお姉様と皇龍清明様の縁談が持ち上がる。
政略結婚を行う。
夫婦生活の中で、二人は心を通わせる。皇龍清明様は三百年前からお姉様を愛しているが、過去のことは何一つ口にしない。お姉様を守り、お姉様が幸せになることだけを望み、自分は選ばれなくても、夫としてお姉様の生活を立て直し、いつかお姉様が誰かを好きになったら早々に離縁してお姉様を見送ることを覚悟し、それまでの間、見守ることを許してほしいと祈りながらお姉様を愛する。
そしてお姉様は、少しずつ皇龍清明様のもとで異能や霊力を芽吹かせていき、周りに認められ大切にされ自分の人生を見つめなおしていくが──枯賀末理はそれを許さない。
皇龍清明様が姉を選ぶなんてありえない。何か誤解している。自分を選ぶはず。
皇龍清明様のことなんて好きでも何でもないのに、姉のものを何でも欲しがる枯賀末理は皇龍清明様を求める。
しかし──普通に拒絶される。大衆の前でこっぴどくフラれる。当然だ。そこで夫である水社一心からも咎められ、枯賀末理はお姉様を呪い──お姉様をつけ狙うクソストーカーことあやかしの親玉、ドブ煮込み執着の概念を引き寄せ、あやかしの大群が帝都を襲うのだ。あやかしの襲撃を解決するのが皇龍清明様とお姉様だが──そんな事態を引き起こした枯賀末理は、あっけなく死ぬ。
強い言葉は、繰り返すほど軽くなる。枯賀末理の異能には制限があり、姉を罵倒し続け、自分の為だけに異能を無闇に使っていた枯賀末理は、いざ自分の身を守るとき、言葉の意味を失いあっけなくころされる。
そうした緊急事態の中、水社一心はお姉様を庇って死ぬ。
だから記憶を取り戻し、言葉を温存しているのはお姉様の為だった。
しかし水社一心が介入したあの一件から、何も言えない理由が一つ増えた。
私は携えている刀に触れる。
霊力が失われ、霊力が貯められるとミヤシロ様に聞いたとき──そこまで焦っていなかった。最終的な武器は私の異能にある。
霊力は貯めるつもりだったが、霊力を吸われる刀が使える刀と分かった後、手放さなかったのは異能が理由だ。
武器はいくつ持っていてもいいが、最終決戦で使える武器は──決定打は一つしかない。
私の異能だ。
「あやかしの討伐は行いますが──お時間を頂けたらと思います。増援を呼びます」
「しかし……」
老婆は私を見る。富山局長は老婆の視線から私を遮るように立った。
「暮日村としては枯賀家に色々思いがあるように思いますが、彼女は軍人でも、物語の英雄じゃない。一人の、現実に生きている。親の不始末に子が立ち向かう物語は、確かに、運命的に感じるかもしれませんが、彼女は生きている。普通の人間に、語り継がれるような伝説も宿命も、必要がない」
「枯賀、二等兵ですから」
福野さんが呟き、真原さんが私の肩に触れた。心なしか手が震えているけど、前に出さないよう力もこもっていた。女に触れるのが……怖い……?
「村の期待もあるかもしれんのですけど、軍としては、安全第一、枯賀に全部背負わせて、結果任務失敗して村全滅なんてさせたら、ねぇ、そんなとんでもないこと、許されへん」
「ご心労、おかけするとは思いますが、あやかしの討伐は行いますので、調査をさせてください」
管理局の三人が、私の前に立つ。
三人の背中に遮られ、村人が私をどんな目で見ているかも分からない。
分からないけど、三人が私だけに背負わせないようにしているのは、痛いほどに分かった。




