輝宮寺啓介の旅路
あれから捕縛した賊を老婆の小屋に運ぶことになった。
「婆さんええんか、自分ちにいったん賊置くなんて、気分悪いやろ、地域部の増援くるまで、田んぼのそばとか転がすんでも別に……」
真原さんが物の重さを決められる異能を行使しながら老婆に訊ねる。
「畑の道は神様がお通りになられます。村の中は赤子もおります。子供に賊なんか見せられません。変に憧れられても困りますし、なにより脱走したら面倒です」
悪い奴に憧れる……のもあるだろうが、お金が無くなればああすればいいやと思うのも避けたいのかもしれない。存在ごと抹消する、いなかったことにするのは防犯意識的にあれだけど、万が一、脱走した時、村の中心でやられると困る。
「まぁ確かに……でも、気分悪ないですか? そのあとも暮らしがあるでしょう。せっかくのおうち……」
「いいえ? 犬も熊に食われてしまいましたからねぇ、狸や猪避けにでも、烏除けにでもして、飼おうと思うんです。余ったのは、雨乞いの贄にしたり、死んだら焼いて肥料にしても」
「え」
老婆の言葉に真原さんが愕然とした。因習村に出てきそうな老婆だと思っていたけど、本職なのだろうか。しかしすぐに、村の若者たちが「婆ちゃん‼」と呆れ顔をした。
「冗談です。この人、そういう不謹慎な冗談大好きで……本当にすみません……」
「小さい頃からの夢でしてね。絵本とかにあるでしょう、恐ろしいお婆、そのために大きい砥石と出刃包丁も買ったんですけどねえ、重くて何にも使えない」
老婆は薄く笑った。
この場に水社一心がいないことが悔やまれた。理由はどこまで本心か分からなくて怖いから。因習村に出てきそうな雰囲気を演出するお茶目老婆なのか、ごっこ遊びする本物の因習村老婆なのか本当に分からない。
「でもこいつら、本当に懲りない……」
若者が賊を睨む。
「これまでも何回かあったんですか?」
「これで三回目めです。一回目は……結構派手に物持ってかれましたけど、二回目に懲りたはずなのに」
「懲りたって言ったって、あの女はお前らの村の奴らじゃなくて輝宮寺家のお坊ちゃんの連れだろうが、えばりやがって、今日だってよそもんの力借りやがって」
「賊のくせに何言ってんだ」
それはそう。しかし、輝宮寺家のおぼっちゃん、とは……。
「その二回目の賊の襲撃の時に、輝宮寺啓介さん、来てたんですか?」
富山局長が急いで質問すると、「はい」と若者が頷いた。
「びっくりするくらい、この世のものとは思えないくらい綺麗な女の人が、輝宮寺さん背負って来てたんです。野山で倒れてて、どうにかできないかみたいな……一応医者に見せたんですけど、途中で輝宮寺さん起きて、大丈夫って言ってて……そしたら、賊が現れて、女の人が霊力でバンッて全員倒しちゃって」
「それが、七月に?」
「はい」
輝宮寺は今年の四月、余命宣告を受けた。その時期に彼は工場夫妻たちと距離を取り、自分が死んでも業務が進行するよう身の回りを整理していた形跡がある。そして七月、この村に入り、様子が変わったとのことだったが。
「輝宮寺さんって、結構この村と、交流あったんですか?」
「いいえ? 七月の頭に来て……最初の三日くらいは一人でいらしたんです、色々仕事について話をして、この辺り、蜜を集める蛍があるんですけど、それ目当てに来たのに、数も減ってるし、仕事の人間が山に出入りするのも困るって話をしたらすぐ諦めちゃって」
「諦める」
「自然や周りの人間を傷つけてまで、儲けなんかしたくないって。変わってますよね。都会の人ってもっとこう、澄ましてる感じだと思ってたんですけど」
若者は笑う。
輝宮寺啓介の人となりが、少しずつ分かってきた気がする。
家族からは異能や霊力がないことで疎まれ、誕生日祝いはされなかった。
ただ、彼の誕生日を覚え、彼の待遇に憤る料亭の人間がいた。
自分の余命を知って、彼は自分の取引先との縁を少しずつ薄くしていった。
それだけでなく、その取引先が困らないよう手配していた。
そして──収益の機会を自ら手放した。
お姉様の婚約者に相応しくないと考えていたが、そんなことなかった。
「それで、どないしはったんですか、輝宮寺さんは」
「仕事はやめて、観光するって……変わってんなと思って……こっちも色々案内してじゃあって別れたら……道中倒れたみたいで綺麗な女の人が、輝宮寺さんを背負って戻ってきたんです」
「その綺麗な人って、名前とか、特徴とかは」
「腰まで長い、海の砂あるじゃないですか、土と違ってこう、何とも言えない乳白色の、異国人みたいな髪色してる、それこそそこら辺にいる狐と違う、淡い、神聖な感じの色で、目なんかちょっと吊り目だけれど色香っていうんですか? もう美人で……」
完全に野狐禅だ。
野狐禅が誰かに化けるのではなく、人間のふりして登場する時の野狐禅の特徴と完全に一致している。やっぱり、野狐禅が関わっている。
だとすると……仮に野狐禅と輝宮寺が出会ったのが七月頃として……見合い中に野狐禅は輝宮寺と入れ替わった。そして余命宣告を受けていた輝宮寺は病死していた……。
その頃に酒呑童子がこの暮日村にやってきて、枯賀の父親をあやかし完全体にし山に放った。
酒呑童子は野狐禅を追ったのかもしれない。そして枯賀の父親──枯賀のあやかしと出会った。
だとすると、野狐禅が枯賀の父親をあやかしにしたのだろうか。
野狐禅の能力は血を舐めた相手の記憶を読み取ること。
もし枯賀の父親の血を野狐禅が舐めていたら、霊力や異能のないお姉様の存在が知られる。
ただ覚醒前かつ枯賀の父親はお姉様を無能だと誤解しているので、お姉様を狙うとは考え難い。
そして枯賀の父親は千年桜は恋と咲くの物語を知らない。だからまだシナリオについて知られてない。
しかし、水社家の能力は知られた。
野狐禅は自分の姿を変えられる。水社の能力があると困る。
馬鹿なあやかしや酒呑童子あたりなら水社家を襲撃するが野狐禅は違う。対抗策を練り、実験する。それで輝宮寺と出会い──見合いを組んだ。
私は手のひらを握りしめ、しばし悩んだ後に懐からメモを取り出した。
輝宮寺の名誉のためだ。
≪オンナ ヤコゼン 野狐禅 ニンゲンノオンナ ギタイ アヤカシ キツネ≫
≪ニンゲン マネ バケル≫
≪チ ナメル キオク ヌスミミル≫
≪タブン コガ トウシュ キオク ミタ≫
≪ミヤシロ イノウ タイサク ミアイ シクンダ カノウセイ≫
これでどこまで残弾が減ったんだろう。
気になるところだが、こうなったらやむを得ない。管理局の面々や村の為だ。
管理局の面々は私のメモを見た。
「その野狐禅ってやつが、枯賀の父親を……」
真原さんが複雑そうに顔を歪めた。しかしすぐにハッとする。
老婆と村人の視線が私に集まっていた。真原さんは今の自分の失言で私が枯賀の人間だとバレたと感じているのだろうが違う。さっきの賊のあれこれで管理局全員、私のことを枯賀って呼んでた。それはもうガッツリだ。全員呼んでたもん。別に隠そうと思ってないし、そもそも今回ここに来た理由は輝宮寺メインだし。枯賀の父親があやかしになったらしいので、ずっと軸がズレ続けているだけで。
「枯賀末理さんなのですね。聞いていた年齢よりお顔立ちは少し幼い気もしますが、表情は大人びていらっしゃる」
老婆が私を見据える。否定してこじれるのも面倒で私はすぐに頷き肯定した。
「こいつが枯賀快炎の娘……⁉」
村の若者たちは警戒する。明らかに領主の娘が来た態度ではないが、枯賀の父親を尊敬しろというほうが無理だろう。暮日村を仕切っていたのは暮日家なのに、武功とはいえ上司から気に入られ暮日村の自治権を得た枯賀家なわけで、そんな枯賀家を引き取っていた暮日家は奉公をしていたお姉様を虐げた果てにあやかしの襲撃で死に絶え、その後の対応もろくにせずお姉様だけ引き取り、水社家にお姉様への態度を咎められ出戻りの果てにあやかしになって山に陣取り。
石でも投げられるのかと覚悟するが、「じゃあ責任取って父親の討伐ってことか」と若者たちはなぜだか受け入れの姿勢を見せた。
え?
「軍は大変だな」
若者たちはこちらに同情の目を向けた。
「ああいやいや、枯賀にそんなんさせられへんですよ。今回輝宮寺さんの件で調べに来たんです」
真原さんが補足すると、若者は「輝宮寺なんかあったんですか?」と首をかしげる。
「病気で、亡くなられたんです。ただ……その前に輝宮寺さんのふりをしたあやかしが悪さしましてね、どういう経緯なんやろって」
「経緯?」
さっき野狐禅について説明していた青年の質問に、真原さんは「あやかしとの結託て中々の犯罪ですから」と付け足した。
「本来、死罪なんですよ。内乱企てられても困りますから」
「じゃあ、あやかしに協力を求められたら……普通は断る?」
青年は興味深そうに目を細めた。
「断るどころか逃げるか、怯えるでしょう。ただ輝宮寺は余命宣告を受けてましたし、死への恐怖は、人と違ってたかもしれない……周りの取引先に、自分がいなくなってもいいように準備してたみたいで……この野狐禅ってあやかしが……っていうか婆さん、あやかし会うの二回め言うてましたけど、一回目は何?」
真原さんが唐突に老婆へ目を向ける。
そういえば老婆は酒呑童子と出会った時、あやかしと会うのは二回目だから問題ないと話をしていた。
「輝宮寺様が連れていた女性は、あやかしだと思います。勘にすぎませんが……」
老婆は続ける。周囲の若者が「え」と驚いた。
「輝宮寺様が出発なされた時間と、女性が話をしていた輝宮寺様の倒れていた場所の時間が、あまりに合いませんでした。それに、医者を呼びに行った女性の足の速さも、人のものではなかった」
なら、野狐禅は輝宮寺を助けようとしていた……?
野狐禅の目的が読めない。原作を思い出していれば賊の輸送の為、地域部の増援がやってきた。




