ストップ自己犠牲
老婆の小屋にやってきた青年たちを追うように走っていくと、村の中心に賊が集まり、武器を突きつけ村民から金品を巻き上げていた。
相手は人間。管理局の面々はきっと躊躇うだろう。あやかしと違って消滅させてはいけないから。
こういう時は私の出番だ。
私は賊に向かって駆けだすと武器を持った賊に襲い掛かり、賊が腰に携えていた短刀を奪いその首に突き付ける。
人質だ。
一番頭領っぽいのを選んだ。
「枯賀‼」
真原さんが怒鳴る。手段が卑怯だからか、人間に手を出すななのか分からないけど、管理局の面々が気を遣っても賊はこちらに気を遣わない。それこそ水社一心みたいに話し合えると思い接して郷田に怪我を負わされるなど、優しさを踏みにじられる可能性があるし、何より賊は村人に武器を向けている。変なことされる前に賊を人質にしたほうが早い。
「危ないやろ、飛び出すなや‼」
そっち?
卑怯な手段じゃなく?
戸惑っていれば福野さんがこちらにタッタっタッタッと学校の先生が急いでいる時みたいな駆け方をしたかと思えば、無表情で賊を殴り倒した。
「福野お前何してんねんッ」
真原さんの怒号が飛ぶ。
私も同じ意見だった。
福野さん、何を、した?
全然、「ちょっとすいませんね」みたいなラフな感じでこっち走って来たかと思えば、何?
なんで?
なんで殴ったの今。
「いや、押さえてくれていたので、あんまり待たせたら、無駄になっちゃうかなって、普通に」
そんなつもりない。
人質にして手っ取り早く制圧するつもりだった。
っていうか福野さんたまに「普通に」って言うけど普通って何?
福野さんの普通って、何?
「でも、危ないことしたら駄目ですよ」
混乱する私をよそに、福野さんは私の目を片手で塞いだ。
「照射」
パチン、と指を鳴らした。
多分、福野さんだ。カッと指の隙間越しに閃光を感じ目を閉じた。
「もう目開けて大丈夫です」
福野さんの手が離れ目を開くと、賊はみんな目を押さえていた。富山局長が「平和に行こうよ……もっとこう、安全にさ、相手が逆上したら大変なんだから」と、心配そうな顔で御札を宙に投げた。札が発光し、そこからか細い雷撃が賊に向かって放たれる。賊たちはとうとうみんな倒れて、戦闘不能状態に陥った。
「ほんまに、枯賀、三度目やからなこれで。一回目の刀ん時、助けてもろたけど、それとこれとは別やで、飛び出しで」
真原さんは私に注意しながら、賊を縄で縛り始めた。富山局長が「怪我した人はいませんかー?」と周囲に声をかけていれば、福野さんが「今回の分とあと一個は」と首を傾げる。
「枯賀前科三つなんねん。お前が窃盗で出勤停止なったとき、猫又いうの追っかけてたときあったやろ、そいで、猫又出たら僕のこと置いてバーン向かってったんよ。一人で。僕そん時も怒ってん。で、今や」
真原さんが福野さんに説明すると、福野さんは私をジーっと見た。
「だめですよ、一人で飛びだしたら駄目です」
私は会釈で返す。
「一人でなんとかしなきゃいけない局面が多かったのか、分かんないですけど。放火なんか駄目ですからね。助け呼ぶか、待つかです。一人で解決できたとしても、続かない。少なくとも今のこの場では、俺らがいた。頼りないかもしれませんが、頼りなくても頼る、一人でしないことが、協力というものです」
福野さんは私の顔をのぞきこんだ。
別に頼りないわけじゃない。
私がしたほうが早いと思っただけ。それに管理局の面々に何かあってからでは遅いし。
「放火はだめです。人を巻き込む。山火事にもなる。もしかしたらそういうところも、計算してたのかもしれないですけど、なんでも万が一があります。何にも関係ない人を巻き込む可能性は確かにあった。一人で抱え込んでそんなことするくらいなら、共犯をつくったほうがいい」
そう言う福野さんに、真原さんが「お前頭おかしいんか⁉」と鋭く突っ込む。
「止めんねん‼ っていうか周りがそんなんさせへんようにせなあかんねん。だからこうしてあかんよて言わな……まぁお前含めて枯賀も局長も僕ん言葉なんか届かへんけどな」
真原さんが諦めた顔で俯いた。本当にそれは……申し訳ない。というか私はともかく局長が地図とか読めるようになってくれたら……私の先手必勝戦法は、そういうもの……だし……。
「それについては……何にも言えないけど……確かに、枯賀さんはもう少し、自分を大事にしてね。刀の時も、さっきも、村人のことや僕らのこと考えてくれたのかもしれないけど、僕らは、村人や僕らが助かっても枯賀さんが傷ついたらすごく苦しい。それは、任務達成じゃない。結果主義とか、結果さえ出せればなんてことは、絶対にない」
局長は私の隣に立った。
管理局の面々は多分、私が枯賀の父親ごと焼き殺そうとしたことを、肯定はしてない。というか否定はするのだろう。犯罪だから。
ただ、私そのものについては拒絶してないのかもしれない。
私に、そこまで考えてもらうような価値なんてないのに。
富山局長、真原さん、福野さん、村人。
この中で命の優先順位を決めるなら私が最下層に至る。というか、どこにいても私は最下層だ。よほどの、それこそ枯賀の父親とか正妻気取りとか女中とか猫又とか、本当にどうしようもない人間をのぞいて。そういう人間が、悪さしないように生きてるといってもいい。
だって私は、自分が、奪う側としか思えないから。
この世界には与える側の人間と奪う側の人間がいる。
お姉様みたいに生まれつき与える側、人を癒して、誰かの心に寄り添おうとする人。
枯賀の父親や猫又みたいに奪うことにためらいがない、自覚も罪悪感もなく人を傷つけ奪う人。
私は──どう考えても後者だ。前世だってそう。自分一人で死んだけれど、死刑になりたいと漠然と思っていた。そのためには誰かを傷つけなくてはならず、自分の終わりについて決行した瞬間は、そこまでする気力が無く一人で死んだ。
だけど、私はおそらく奪う側だ。だって前世、何も持ってなかった。
でも、どんなに苦労しててもお姉様みたいに、誰も傷つけないよう、抗う人間もいる。
だから、毎日毎日、僅かな隙間の時間に、お姉様の人生を垣間見ていた。
千年桜は恋と咲くを通して。
だからこそ、お姉様を幸せにしたかった。お姉様を辛い目に合わせたくなかった。絶対に守り抜くと誓った。辛い目に遭ってからでは遅いから。理不尽なことはあって当たり前だよね、そんな日もあるよね、仕方ないよねじゃなく理不尽なんてこの世界に存在してはならない、排除すべきものだから。心についた傷は消えないから。
こちら側になんて来ちゃだめだから。
誰も。
なのに記憶を取り戻したときの私は、途方もなく無力な子供だった。
だから、私諸共、焼き殺すつもりだった。
火を放つこと、人を傷つけることが間違っていることなんて、とっくのとうに知っている。
でもあの時はああするしかなかった。奇跡的に水社一心が現れたにすぎず、本来は、私がどうにかするしかなかった。
でも。
水社一心や、お姉様、そして、こうして皆を見ていると、根拠が揺らぐ。
同じような瞬間がまたやってきたら私は同じことをする。
そうした決定事項が、勝手に曖昧になっていく。
出発前の水社一心の言葉は、適切に心の中で処理をしていたはずだった。なのに奴が目の前にいない今、管理局の面々の言葉と共鳴するみたいに、重みが増してくる。
ただ私は、私に出来ることをしたいだけ。
私は、私に価値なんて感じてない。
だから大丈夫なはずなのに、自分に出来ることを淡々と果たせるはずなのに。
今になって、足場が揺らぐような錯覚を覚えていた。




