二人掛けの人生選択
いつもお世話になっております。別の作品でコミカライズの新刊発売があり、告知等の準備で、本作の確認済みストックが千切れており、鋭意執筆中です。感想はご自由に書いていただければと思いますし、「お返事ないけど大丈夫かな」とお考えの方は、全然大丈夫ですのでご安心ください。全然迷惑じゃないですし、沢山あっても嬉しいですし、自分は感想書かない派だよ、という方も、のびのびして頂けたらと思います。
同時今話は、末理の前世や過去に関して大事な場面となりますが、そのうえで自死に関する表現が含まれます。念のため、事前にお知らせします。
調査が立て込んだことで、勤務終了時刻を大幅に超過していた。世が世なら労基署が爆竹を放ちながら軍に突っ込んできてもおかしくないはずだが、「軍人だからね」「国を守る仕事だからね」という奉仕精神の圧力により、「人間って休まないと死んじゃうんだよ」という道徳の初歩がガン無視されている。私はやれやれと思いながら、ひとまず汗を流そうと浴場を目指し廊下を歩いていた。
「おい」
聞こえてきた声に辟易する。振り返れば水社一心が立っていた。3メートルくらいの距離があるが、それでも嫌だった。だって女湯に向かう前だから。女湯の前までついてくるってこれ後にざまぁされないと世間は許さないだろ。勘弁してくれ。許されないポイントを貯めるな。頼むから情状酌量ポイントを貯めてくれ。本当におかしいんだよなどう考えても。風呂の時間合わせて女湯付近で声かけてくる少女漫画産の男なんて前代未聞だよ。しかも「無言で喋らないから風呂の中で頭砕けても死んでるか分かんない」なんて理由で。
しかも水社一心の場合、「どこまでもついて行きたい」じゃなく本気なのでより弁護の余地が出てきて悪質だ。こいつは千年桜は恋と咲くで、お姉様には必要最低限しか近づかないし、その割に出てくる言葉がクソモラハラ。奥手を超えた偏屈の向こう側におり、触って甘い言葉で求愛するみたいなことが一切できない。ゆえにこの女湯付きまといの動機も純然たる心配になり、裁判になったら弁護人がそこそこ出てきそうで嫌。こっちは最高裁まで争ってやるからな。ったく、風呂できれいさっぱり汗を流そうとしてギトギト水社一心にねっちょり追随されなきゃいけないんだ。なんなんだよこいつ。
しかし水社一心は、私の思考に一切突っ込むことをしなかった。普段は中盤辺りでなんか言ってくるはずなのに。
「さっきのあれはなんだ」
さっきなんだよ。あれこれそれどれで会話してくんじゃねえ。お前と違って心なんか読めないんだから。楽するな。主語述語使え。語彙力を鍛えろ。そしてお姉様にいい感じに恋文でも書いてろ。
「お前が死んだとき、なんでお前のお姉様のそばに富山局長がいるんだよ」
うわ~人の話聞いてたんだ~仕事中に~しかも調査局で~どうせなら局長クラスの心読んでろよ。そして出世に役立てろ。少尉様が下っ端二等兵の心なんか読んで絡んでくんなよ。ミスター低レビュー。
「答えろ」
水社一心は私から目を逸らすことも、馬鹿みたいに怒鳴り散らかしてツッコミをいれることもない。
なにかの物語の主人公みたいな顔をしている。ただ静かだった。刑事ドラマの熱血警官とか正義のヒーローとは違う真っすぐさでこちらと対峙している。
引く気がないようだ。仕方ない。
普通に考えて、軍に入った以上、いつ死ぬか分からない。お姉様はいくら私が、無から湧き出て、その後3年ぐっすりおねんねして、一年ちょいしか関わってない妹。
ずっと無言の妹であろうと、死んだら悲しみ傷つく。
そうなった時、水社一家がいるし水社一心もいるが、周りに人が沢山いたほうがいい。
「お前が傍にいればいいだけの話だろ」
私が死んだときの話してるんじゃん。
死んだら傍にいれないし。
千年桜は恋と咲くでは、あやかしという存在はいる一方で、幽霊の概念がない。生きてる間、もしくは死ぬ間際の怨念であやかしになるだけで、怨霊もない。
死んだら終わり。
だから私が死んだらお姉様にぴっとりくっついて守護霊になることもできない。お姉様の危機にかけつけることもできない。
消える。終わり。
だから私が死んだときのために、お姉様のまわりを優しい人で囲みたい。優しい人でマイムマイムをする。お姉様を中心に。希望は千人。かごめかごめでも良い。
「お前はいつもふざけたことを言うが、本音を隠そうとするとそれがより酷くなるな。さっきだっておかしかった。最初は俺の情状酌量の余地を探していたのに、俺がついていくことに弁護の余地があって嫌なんて言い出す。一貫性のない思考だ。そもそもそういう人間のほうが多いが、お前は逆だ」
逆?
「ずっと一貫性がある。迷いがない。でも、さっきみたいに滅茶苦茶になるときがある」
水社一心は確信を滲ませ呟く。
瞳はずっと凪いでいた。
「なんでお前はいつも自分が死んだ、まるでこの先いつか死ぬみたいな話をするんだ」
人はいつか死ぬからだ。そして死後の世界はない。根拠はある。私がそうだった。死んで、枯賀末理として生まれて、ある日ふと、自分が死んだときのころを思い出した。
「死ぬかどうかなんてわからないだろ。お前の前の人生だってそうだっただろ」
またこの話かよ、花火大会でもしただろ。
「輝宮寺みたいに、余命宣告を受けてたということか?」
輝宮寺の治療まわりの調査をしていたのは戦闘局なのかもしれない。
私は別に病気じゃなかった。しかしさっきの水社一心の言葉は、なにかを知っているような口ぶりだった。まるで、私が病気で死んだと誤解しているような。
「でもお前病人についてよく考えてただろ」
病人について。
水社一心はモノローグを読む能力を持っている。
だから意図的に考えないようにすれば、読まれないと思っていた。
だって今まで私の思考で、そんなこと考えてる時なんてなかったから。考えないようにしていたから。
「お前の、意識してない時間だ」
つまり、輝宮寺まわりの調査にでていた水社一心は、同時に私の今までの──無意識のうちに考えていた断片を読み、なにか想像してこうして飛んで来たらしい。
私が無意識に何を考えて、こいつが何を読み取り、どういう過程でどういう結論に至ったかは分からない。
ただ話を聞いている限りや、絡んでくるパターン予測からして、私の生存を気にしているのだろう。前世の死を無念なものであると考えて。
私の前世。
病死じゃない。身内が病気で死んだとかもない。
人がいなかった。
もういいやと思い、死ぬことを選んだ。
「自分で……」
水社一心が動揺を見せた。
私は心の中で水社一心の仮説を認めた。
生きてるだけで責められる状況だった。その相手を助けて生かす必要があった。大人は子供を守るものという常識が無効化される六畳一間で。
同世代の理解者はいなかった。
大体の人間が、人生の後半にすることを、私は物心ついたときからしていた。
そのぶん、私は大体の人間が普通に得られるものを持ってなかった。
そして全部終わったころに、さて自分の人生どうしますかと考えて、死を選んだ。
苦労は裏切らないとか、辛いぶんだけ幸せになれると常識みたいに目にしていたけど、架空の国の滅茶苦茶な翻訳文を聞かされている気分だった。
私と似たような状況の人間は、ネットを見る限り、いないわけじゃなかった。
もしかしたら、自分は苦しくない、だからそんな風に言わないでと訴える人間もいるかもしれない。
そこから幸せになった人間もいるのだろうけど、私はあのままでは、どうしようもなかった。頑張れなかった。
自分から死ぬと地獄に堕ちるというが、お姉様に出会えた。死んで良かった。もっと早く死んでればよかったかもしれない。生きてていい人生なんかじゃなかったし。
「生きたまま助かる道もあった。死ぬべきじゃなかった。死んで良かったなんて絶対にない……!」
水社一心は言う。
予想できた。私の言葉を認めるとか肯定するとか共感することを、一切しない男だから。
ただ、仕方ないよね、とも言われたくなかった。
だって仕方ないとは思えないから。
他人が私と同じような状況だったら、私はそれを仕方ないとは言いたくない。
ただ、水社一心に対しても思う。
じゃあ生き地獄の中にいろというのか、とも。
「ああ」
水社一心は私の予想に反して即答した。
絶対に躊躇ったり、言葉に迷うと思ったのに。
死んでなお責められるのかよ。
「お前が、自分を大事にしないなんてのは、もうずっと前から知ってる。でも俺はお前と違う。お前がどんなに自分のこと死んでいい、死んで良かったと思ってようが俺は絶対にお前の選んだことを許さない。死んだ人間を責める卑劣漢だと言われようが心無いと言われようが、誰に言われたって関係ない。前世のお前の状況なんて何も知らないが、どんな状況だったとしても、お前は生きてるべきだった。どんなに苦しくても辛くても、生きてる人間の助けを待つべきだった」
なんでそんなことお前に言われなきゃいけないんだよ。あれこれしろって。こっちだって限界だった。色々やって、万策尽くした後のことだ。それを何も知らないお前に、なんで言われなきゃいけないのか。
それに助けなんて来ない──そう言い返したくなったけど、記憶が邪魔をした。
水社一心が、助けてくれた。
その後も。管理局の人間が、私を助けてくれた。
そして──お姉様がいる。前世で心の支えだった、お姉様が。
辛いのにお姉様は、誰かを傷つけることなく存在していた。たとえ紙面の上だったとしてもそれがすべて。
だから、助けなんて来ないという反論が、出来ない。
「俺はお前のこと何も知らない。知らないうえで言ってる。これが、この気持ちが、俺の気持ちだからだよ……!」
水社一心は私を睨む。目にうつるのは枯賀末理だろうが、その奥にある私を見ているようだった。
「前世のお前がどんなお前でも、生きててほしかった。お前がどんなに苦しくても、お前が今の人生で幸せなら、猶更、お前が前世で選んだことは認められない。自分で死を選ばなければ楽になれない世界なんて間違ってる。俺はどんなお前でも死んでほしくなかった。お前のこと何にも知らない。お前にお前を殺させるように、もし周りがしてたなら、その周りも憎い。周りは、止めようとしてたのかもしれない。もしそうだったら、次は報われるといいねって思ってるかもしれない……それでも、死んでから報われるなんてあっちゃならない。お前は生きててほしかった、お前が死んで良かったことが起きるなんて、あっちゃいけない」
なら、生きてるうちに報われない人間は死んでも報われないってことになるだろ。
「死んでから報われるなんてことが許されたら、生きてる人間が、いま幸せじゃないのは自分が生きてるせい、辛いのは生きてるせいだってなるだろ! それにお前が自分を殺すのを喜んでるのとどう違うのか、分からない……」
水社一心は拳を握りしめた。普段深爪気味の癖に拳を握りしめすぎているのか、指の隙間から血が流れている。普段なら手当を優先させるが、その原因が私の過去にあることで、うかつに何も出来ない。
私は、今、死にたいと思っている人間が私に追随するようなことは、あってはならないと思っている。死のうとしている人間がいたら、止める。
「……お前、死んで幸せになれたなら私も死にたいって言われたらなんて答えるんだよ」
水社一心の言葉に返事が出来なかった。水社一心は反省を促しているというより、本当に、分からない答えを探るようだった。
「どんな人間も、誰かを勝手に殺しちゃいけない。自分自身も含めて」
理想主義だ。そんな人間が多数派だったら私みたいな人間は存在しなかっただろうし、前世の世界平和が目標や祈りのじゃなくて現在を示す言葉になっていただろう。
水社家は論理派で感情で動くことを良しとしない家のはずだが、感情百でぶつかってくる。
「お前が死ぬことで完成する幸せなんて、俺は絶対に認めない。お前と会うきっかけが、お前が苦しんだり自分を殺すことがきっかけだったなんて、そうしないと会えなかったなんて認められない。ほかの誰かが仕方ないって言おうが、しょうがなかったって言おうが、もう死んでる相手を責めるなと言おうが、俺のこの言葉でお前の心がどれほど痛もうが、俺は、前世のお前が死んで良かったとは思えない。死ぬべきじゃなかった。生きてるべきだった」
じゃあ何? 今世の私をしんどい目に合わせる?
「お前が、自殺なんかすべきじゃなかったって、どんなに苦しくても辛くても生きてるべきだったって、お前が思う……そしてお前みたいな奴みて死ねば楽になれる、死んで生まれ変わって来世に期待するんじゃなくて今この世界で生きていたいって、死にたい奴が思える人生にする。お前の人生をな」
水社一心は私に真っすぐ告げた。一切目を逸らすこともなく、怒鳴ることもせず。
どうやって?
「分からない」
はぁ?
「分からない。何するかは保留だが、分かってからお前にどうこうするんじゃ遅い。お前が自分のこと手遅れって言ってるなら猶更だ。これ以上手遅れになるな」
水社一心は基本的に声がでかいだけの慎重型。自分の中で答えを出さないと行動も発言もしないタイプのはずだが。
「俺は、お前の選択を許さない」
お前の許す許さないの問題じゃない。
「それでも俺は、上から目線であろうとどの立場で言ってるとお前に思われようと、お前が前世で。自分を殺したことを否定する──そのうえで、お前の隣にいる。もう二度と、同じことをしないように」
というか何で私の人生計画に介入する気なんだよ。私の人生を歩かせろよ。私のこと物かなんかだと思ってるんじゃないのか?
「お前は俺じゃなくお前のものだ。俺もお前のものじゃない。そもそも、俺やお前に限らず……みんな一人だよ。家族がいようが」
なら。
「そのうえで、俺は、お前の隣にいる地獄を選ぶ。お前と一緒にいて、お前と会えたことがお前が自分で死を選んだことだったかもしれない可能性に苦しみながらな。お前の歩く道の隣で、それが……俺の意志で、俺が選んで決めたことだ。自主性だろうが自立だろうが関係ない。俺がそうしたいと思ったから……俺は、俺の生き地獄を選ぶ」
どうかしてる。
「だからお前は、軍をやめろ」
は?
「前の死因が自殺なら、もう俺は見過ごせない。郷田の件を言う。お前は水社家でお姉様の世話をしていろ。前世で自分を殺した分、誰かの命を救うにせよ軍人じゃなくても人は助けられる」
水社がかくまってる人間に逮捕者が出るぞ。
「姉を保護している水社への恩義を歪ませ、水社の嫡男の部下の命令違反に腹を立て角材で襲撃したと説明すれば、世間体の問題にならない。そもそも黙っていたのは水社の世間体のためじゃないしな」
水社一心は本気だった。
「荷支度しておけ」
水社一心はそう言って、さっさと風呂入れと言わんばかりに私を見据える。
しかし──、
「それは困りますねぇ。少尉様」
嘲るような、ふざけた声が響いた。この声には聞き覚えがある。水社一心は眉間にしわを寄せた。
「郷田……」
私が角材で滅多打ちにした水社一心の部下こと郷田が男湯から出てきた。




