ここにいない人
暮日村は軍の屯所がある帝都より遥か西にある。
基本的に千年桜は恋と咲くの立地はおおむね日本に似ているが、「実在の場所にご迷惑をおかけしてはならない」という作者陣営の意向から、日本でいう関東と関西の歴史や文化は踏襲しつつも、立地やその都道府県の文化はぐちゃぐちゃになっており、「あの場所のモデルはここね!」が一切できない。別の県の代表タワーが位置的に別の県に位置しているとか、海なし県のモチーフが海あり件に引っ越してきたりと、海外の寿司を思わせる魔改造ぶり。日本に住んだことのない人間がクラフト系ゲームで日本を再現したような立地感である。ただ、その甲斐あってか、「多分物語的に枯賀の家ってこの辺りの住所だよね」という特定が一切できず、結果的に枯賀のカスみたいな家や、ミスター低レビューのご実家がもしも現実にあったらという場所は分からずじまい。悪戯のほか公式がスタンプラリー等で介入しないタイプの聖地巡礼により近隣に迷惑をかけることが手段ごと潰されており、地理のトンチキ魔改造により現実の人間こと近隣住民を万が一の脅威から守るという、リスクヘッジドリフト走行が行われていた。
なので帝都と呼ぶが、帝都のモチーフは東京じゃない。
地図でいえば、日本っぽい形状でありつつも、真ん中の右寄りの下のほうを帝都と呼び国の中心扱いしている。とりあえずそこを含めた国の右側を東と呼び、左側を西と呼ぶ。中心に近いほうの左側の土地はほぼ全域京都と奈良のごった煮であるが、建物の雰囲気は平安めいている。
その中に他県モチーフがぐちゃぐちゃ入っているのだ。魔改造である。
暮日村は左斜め上のほうに位置しており自然豊かな土地だが、枯賀の領地という最悪の汚名が着せられているし、枯賀のカス父親が管理しなくなったのであやかしが出やすい土地だ。なんで管理しないかと言えば、お姉様をそこへ奉公に出していたからだ。
お姉様が現段階では霊力もなく異能も無いので、枯賀のカス父親のドブみたいな価値観だと外に出したくない娘になる。ただお姉様をそのまま別の領地にやってしまうと、お姉様の存在を普通に人に知られやすくなるので、自分の領地のいいとこの家に奉公に出した。そしてお姉様に関わりたくないので、暮日村を放置、あやかしが出やすくなり……お姉様は襲われた。奇跡的に生き残って、枯賀のカス父親は一応という形で本宅に引き取る。これが……私が記憶を思い出す前に発生していた、シナリオである。
そこから虐げられていくわけだが……水社一族の手で枯賀の父親と正妻気取りは暮日村に出戻りすることになった。簡単に要約すれば制裁、帝都出禁である。
その後、水社家との関わりもあるので安直に殺せなくなったし、私のほうでも復讐する前に強くなるというか水社一心によりお姉様は救われたが計画が狂ったというか、お姉様を幸せにするというオンリー目標の定義の中に水社一心が関わったことで、色々追加事項が発生しているため、後は司法に任せ、枯賀が別途なにかをしてきた場合、正当防衛で無罪を狙うつもりだった。なので正直、暮日村の現在を知らない。なんかあったら事件扱いになるのですぐ連絡届く予定だったし。
「つまり、輝宮寺が見合いで伴っていた両親は、実の両親ではなく輝宮寺の取引先の夫妻だった、ということですね」
屯所に戻り、調査局で結果を報告すると、伊能局長は腕組みをしながら頬を動かした。ぎゅう、と眉間と鼻を中心に集めるような動作をしたあと、「あー」と顔を上げる。
「まさか、知らない人間が夫婦の代理してるなんて思いませんしねぇ、屋敷にいる人間が両親だと思うし……両親が行ってないなんて証言しようとしらばっくれているようにしか思えない。枯賀二等兵が現場にいなかったら、その部分はずっと、分からずじまいでした」
「それでなんだけど、利き手が違うみたいな話があってさ、お見合いの時は右手を使ってたらしいんだけど、輝宮寺啓介の聞き手は左手らしいんだ。輝宮寺の病気ってさ、手の麻痺とかが起きるものなの?」
富山局長が訊ねると、伊能局長は「いいえ」と否定した。
「彼の病気は、麻痺が出るようなものではない。霊力由来なら異能の力でまだなんとかなったでしょうが、そうしたものとは無縁の、いつかの未来に手だてを見つけることを祈り、研究に打ち込むことのみ、というものです。
つまり輝宮寺の病は、現在治療法がない、病だったということだ。そして麻痺の可能性が否定されたということは、おそらく見合い中はすでに、入れ替わっていた可能性がある。
「死亡時期の特定って出来ない?」
「善処してみますが……すぐにできませんよ。そもそも死亡推定の類は、そんな研究するよりさっさと戦力拡充や異能強化にあてろと上にうるさくされて、遅れてますからね」
伊能局長が不愉快そうに白目をむいた。
本来の物語の伊能局長はもう少し暗く……万物見下し系高圧クール相模局長と異なり腹の内が読めない感じだったが、すごく子供っぽい。
伊能局長と富山局長は付き合いが長いような話をしていたし、伊能局長の変化は、富山局長の生存が影響しているのだろうか。
人が死んで、変わる。
輝宮寺が死んだことで、おそらく料亭の人間も印刷所の人間の心境にも変化があっただろう。
少なくともあの人たちが悲しむことは無かった。
「輝宮寺啓介ってさ、それは、分かってたと思う? 自分の身体についてみたいな」
「医師の治療に関する資料は、既に揃っています。彼は月に一度の検査をしていて、医師も輝宮寺の病状について……説明をしていた記録も、残っていました。余命宣告を受けたのが丁度四月のあたりですね。その時点で、八月を超えることは難しい、盆の休暇で、ご家族とゆっくり過ごすよう、話をしていたとのことでした……管理局からの報告を聞くぶんには、ご両親のことを医者に話したりはしてなさそうですね」
四月。
印刷屋夫妻との取引を変え始めたあたりだ。
そして八月は……ちょうど、お姉様の見合いの時期。
輝宮寺は、おそらく見合いの時点で野狐禅に入れ替わっていた。
様子がおかしくなったのは、西のほうへいってから。
それは六月のこと。
丁度……私が、水社一心の部下……郷田たちを打ちのめしたあと……猫又と美浜の娘の事件のあたりだ。あのあたりに……野狐禅が輝宮寺になにかしていた?
酒呑童子、野狐禅、猫又は三妖士として敵幹部キャラではあるが、三人協力して、みたいなことはほぼない。帝都退妖軍が猫又を追っている間に、自分は悠々と何かしていた可能性もある。
「暮日村に調査に向かってもらいます。ほかの局員から、進展報告が入ったら、式神で連絡するので」
「いいの? うちが勝手にやっちゃって、調査局の出番横取りにならない?」
富山局長は面倒くさがっているのではなく「本当に自分たちでやっていいのか?」といったニュアンスが滲んでいた。
「事件現場の調査と、死亡推定時刻の特定もありますからね。それに」
伊能局長は富山局長を見る。
「今分からないのは、輝宮寺啓介がなぜあやかしに協力したのか、なぜあやかしが輝宮寺啓介を利用したか、です。まぁ、心が読める能力を脅威に感じたあやかしが、水社家と手っ取り早く接触するのに都合がいい駒が輝宮寺啓介だったといわれればそれまでですが……そう判断するには、その証拠を掴むか、それ以外の可能性が全部潰れてからじゃないといけない。輝宮寺啓介という加害者……完全な被害者の場合もありますが、残された人間の感情もある。輝宮寺啓介が、よい人間であったならば猶更だ。人生の最後の最後に、あやかしに汚名を着せられたなら、あまりに浮かばれない」
伊能局長は感情を隠さず、怒りを滲ませた。
「伊能くん……」
「そういうのを、富山さんは気にするでしょう。僕は、そういう感覚がないから、分からないですけど。それを教えてくれたのは、富山さんですし、だから、管理局が行ったほうがいい。仕事押し付けるみたいですけど、調査局が見逃すかもしれない感情を、あなた達なら、取りこぼさずに済むかもしれない。まぁ、貴方たちが駄目なら、僕らはもっとだめです」
──そういう感覚がないから分からない。
小説で聞いたことのある言葉だ。お姉様にめちゃめちゃ惚れて腹黒から軽微な「あなたのことなんか全然心配してませんからね」系ツンデレになる伊能局長はお姉様に対して、「かつて僕を叱ってくれた人がいました。もう、いませんけど……軍人なのでね」と斜に構えつつ寂しそうにしていた。そして『貴女に似ているんです。全然見た目は違いますけど』とも続けていた。いい感じの景色で。そして皇龍清明様の嫉妬を煽った。
まぁ、皇龍清明様は最終的にはお姉様さえ幸せであればいいので、嫉妬して迫る、みたいなことはせず、一人でしょんぼりって感じだったが。傍目に見れば憂いを帯びた横顔だったけど、彼はお姉様大好き大臣でもあるのでしょんぼりである。
富山局長とお姉様は全然見た目が似てない。というかお姉様に似てる存在はいない。オンリーワンだから。一方で……共感しあえるんじゃないかという可能性はあるように思う。
私が死んだとき、お姉様の傍にいてもらいたい。
考えていると、ノックが響いた。伊能局長の促しにより室内に入ってきたのは水社一心と郷田だ。
聞かれたかもしれない。他人の心の中を水社一心は聞けるので、相手がどこにいるか把握できるが、私はそういう異能じゃないので把握できない。
「では、明日、暮日村にて調査をお願いしますね」
伊能局長が退出を促す。私はそれに倣い、局長たちとともに、水社一心と入れ違いで調査局を後にした。




