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悪役義妹がお姉様の溺愛結婚を壊すまで  作者: 稲井田そう
第五章 お姉様を狙っていた見合い相手
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煽りの郷田

「郷田……」


 水社一心は郷田の登場に驚いている。どうやらこっちに気を取られていたらしい。手のひらの血は、今も流れているし……。


「怪我は、ちょっと訓練が盛り上がった結果ですよ」


 郷田はあくまで私の仕業ではなく、身内の騒乱による怪我だと主張したいらしい。


 私を助ける、というより女の新人に闇討ちされたのが気に入らないのだろう。私が除隊処分になると、私の除隊処分の経緯が軍の中で発表になるし、屯所のいたるところに貼られる。処分された人間の制裁、そして今後の再発防止のためだ。


 一方で被害者への配慮が0なので、郷田は女新人にやられ、なおかつ自分が馬鹿にしていた上官こと水社一心が仲介に入ったと知られる。


「しかし……!」


「大出世の上で入隊された少尉様からすれば、同じ年の連中も同期も下にいて、仲間内の訓練の温度感も把握しづらいでしょうが、ただの訓練の延長です」


「郷田」


「まぁ水社少尉はお育ち的にも? 現場の作法よりお貴族様として、下々のものを処分するお勉強のほうが得意でしょうから? 今の役職に釣り合うお仕事をされたいと邁進される熱意も伝わってまいりますが……」


 郷田は嘲笑気味に水社一心にものを言い、私の肩に手を置いた。


「だから少尉様と懇ろの、こちらの新人御嬢様と何の関係もありませんよ。ねえ?」


 郷田は私を見下ろす。


 水社一心は、角材襲撃の件で私をやめさせたい。


 郷田は女にボコボコにされたのは恥なので、角材襲撃そのものを無かったことにしたい。


 私は軍をやめたくない。


 郷田の登場で変なトライアングルが発生した。


 私は返事をしなかった。角材で殴っておいてあれだが、やられたほうが黙ってろを私にしてくるのはなんか違う気がする。郷田が水社一心を怪我させた。私はその過程を利用して郷田をボコボコにして、郷田は日ごろの振る舞いのせいで人に言えずぐぬぬ、これがベスト。


 だから郷田が私の窮地にこうして同調してくるのはなんか嫌だった。


 私に都合がよすぎて居心地が悪い。角材で殴ったやつに庇われたくない。


 そして私の思考を読んだらしい水社一心は呆れ顔で私を見た。


「この女の仕業なら、こうして女が後生大事にぶら下げてるいわくつきの刀で俺たちを襲撃するはずでしょう? 角材なんか使う必要ない」


 郷田は私を弁護し始めた。


「それは、その刀が危険だから……」


 水社一心が事情を説明する。


 その通りだった。角材でぶん殴っても死ぬけど、刀はどこ刺しても死ぬ。鞘から抜かずぶん殴ったとしても、郷田はそれを「舐めてる」として私の刀の鞘を抜いたり、私から刀を奪ってそれを使おうとする可能性があった。


 そうなれば郷田は確実に死ぬので、最悪奪われても問題ない角材にしたのだ。管理局にも道具はあるけど、あれは……管理局の人たちが、あやかしから人を守るために作ったものだし。


「ほお、少尉様の見えてる世界では、男四人を女一人が襲撃するのに武器なんか選ぶ余裕あるんですか。ずいぶん平和なことだ、きっと葬儀屋も火葬場も墓守も飯に困ってることでしょう」


 郷田は水社一心を煽りに煽っている。


 水社一心の見えてる世界。


 さっきの私との会話もそうだったけど、苦悩しながらも、全員が助かる道を模索しているのだろう。


 誰も傷つかなくて、みんなが──守られる世界を。


「郷田……」


 実際、郷田に対して警戒しながらも敵意を向けるそぶりはない。


 郷田のせいで、怪我をすることになったのに。


「しつこいんですよ。少尉様」


 しかし郷田は、感謝なんて微塵も感じさせない調子で言い放つ。


「仮に俺がこの女に寝首かかれたとしたなら、俺が望むのはこの女の処分じゃない。自分の落とし前は自分でつける。俺とこの女の落とし前を上からがちゃがちゃ言われないこと、それだけだ」


 水社一心の望む世界は美しい。


 そうあればと願う。


 しかし結局、私みたいに目的のためなら手段を選ばない存在がいる。


 郷田みたいにプライドに固執して人に感謝できない存在がいる。


 猫又みたいに人を傷つけ楽しむ存在がいる。


 そしてそういう存在がいなくならない限り、水社一心やお姉様のような、優しい人間が犠牲になる。


 だから──私は、こちら側の人間として、向こう側にいるお姉様、そして水社一心たちを守る。


「そうしたことを防ぐための処分でもある。それを許せば被害者が自分で仕返しをしなきゃいけない、もっと動かなきゃいけないと追い詰めることになる」


 水社一心は郷田の言葉に反論した。しかしその目は、私の姿も捉えている。


「なら俺が特例だってことで」


 そんな水社一心の言葉を、郷田は軽く流した。


「郷田……」


「寝首かかれたら自分で解決せずに周りにきちんと相談して、自分で頑張らないように。守られるべき──少尉様の理想の世界は、少尉様が叶えればいい──俺は、違う」


 しかし郷田は、僅かに声に熱を込めた。


「俺、郷田我望は、やられたらやり返す。やり返さない奴の分まで、徹底的に俺の手で全部やってやる。二度と手を出せないよう、見せしめにぶっ潰せば、少尉様の憂う被害者だって消える」


 郷田は私を見下ろした。


「郷田……それはお前が加害者になるってことだ」


 水社一心は反論する。


 郷田は最初から加害者だろ。私は心の中で反論するが、水社一心はあくまで郷田と対峙している。


「別に俺は加害者で構いませんよ、少尉様。正しく在ろうとも思ってない。そういう世界で生きてない」


 郷田は平然と告げた。


 薄暗い目だった。水社一心を馬鹿にしているのではなく、そもそもこの平坦さがこの男の本質だと、身にしみてわかるような暗さだった。


「俺の怪我の件、心を読んだと上に申告するのは勝手ですけど、少尉様、輝宮寺の件であやかしに異能を無効化されてるんですから、今度は人間相手に異能が効かないって、周りに思わせるだけですよ──部下として、ご報告しておきます」


 郷田はわざとらしく敬礼をした。そして私をひと睨みして去っていった。


 水社一心に助けられておいて何なんだあの態度は。


「態度が悪いのはお前も同じだ」


 水社一心は私を睨む。睨むなら郷田だろうが、あんだけ煽られて馬鹿にされて。


「別に俺は誰に馬鹿にされようがどうでもいい……そんなことは、どうでもいいんだよ」


 どうでもよくないだろ。


「お前がしてきたことに比べれば、なにも苦しくない……さっさと風呂入れ」


 水社一心は浴場の暖簾を指す。


 女湯の暖簾を指さすなよ。


 私は懐から手拭いを取り出し、水社一心の手に巻いた。


 このまま男子寮に戻って消毒して手当てして寝ろ。


 私はいつもの調子で返して、明日の暮日村の調査について考えながら浴場に入った。



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― 新着の感想 ―
郷田氏がめっちゃ煽るからちょっと面白い空気になったかと思ったらシリアスだった… そうよね、いろんな考えの人がいるから本当に難しい。郷田氏のことちょっと好きになっちゃったな普通に加害者だけど。なんかやり…
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