オキクボ神の穢れ
二手に分かれた私たちは、猫屋敷様ハウスから出て──荻窪家に向かうことになった。
経緯としては加寿の一声である。「大っぴらに水社少尉と末理さんが歩けば美浜のご令嬢をおびき出せるかもしれないんでしょ? せっかくですし熾窪大社に行きましょうよ。あそこ観光客も来るので」である。一声じゃないかも。三声ある。
「熾窪大社の神様ってかわいいんですか」
福野さんが訊ねる。目的地までは加寿の運転で向かうことになった。運転席に加寿、助手席に熾窪がいて、後部座席に福野さんと私と水社一心の並びだ。
「かわいくないですよね。全然もう、等身は高めというか」
加寿が返事をした。オキクボ神はといえば、千年桜は恋と咲くで熾窪の登場が匂わされた場面において、熾窪の背後にカットインしていた。
ミヤシロ様がタツノオトシゴデラックスエディションみたいなビジュアルだが、オキクボ様はイグアナデラックスエディションだ。千年桜は恋と咲くでは多様な神様が出るが、鳳凰とか龍とか想像しやすい神様を除き、千年桜は恋と咲くオリジナル神様は、異端のビジュアルをしている。原作者の意向で、コミカライズの漫画家にでもノベルのイラストレーターに対しても、「のちの設定や伏線に絡まない限り好きな人間を描いてください」「ただ、人外はこうしてください」と漫画家とイラストレーターの性癖に一切かかわらない部分──要するに人外にはかなりのこだわりを持ち、人外のデザインはほぼ原作者が絵に起こしたものがイラストレーターや漫画家に届いていると公式ファンブックに載っていた。だからか、「あやかし」およびモブあやかしは従来のあやかしものと異なり、「これダークな死にゲーから出張してない?」というヤバいデザインをしていたわけだが──出てない。
そこまで出てないのだ。オキクボ神。
千年桜は恋と咲くで、熾窪の登場設定はこんな感じだ。
火の神様の加護を受けています。
すんごい特殊な部署にいる。
あとはもう皇都の中心の人々──帝もそうだし霧島先生もそうだし、そういう面々が、皇龍清明様が溺愛するお姉様に興味を持ちつつ、霧島先生あたりはお姉様に『古の力』という新ワードこと三百年前のお姉様のパワーに該当する、特別なパワーを感じ研究対象にしていく過程で関わる、イケメン枠。
熾窪がどうであるかより、熾窪がお姉様と何をするか、どんな風な胸キュン場面があるかがメインかつ、熾窪は「実はトラウマを抱えていて、お姉様の言葉で助かって好きになる」というより、元々お淑やかで楚々とした、静かでギャンギャンしてないタイプの清純派大和なでしこがタイプで、お姉様がドンピシャだ。お姉様が何気なく笑う姿を好きになり、勝手に赤面したり、ハードボイルドでいたいのに調子が崩れる……というシナリオラインなので、熾窪自身の過去が本編に関わることは無い。
普通に、炎で戦ってたし。
むしろ内面掘り下げは霧島先生がメインだ。
霧島先生コミカライズで15ページくらい霧島先生がいかにカスのマッドサイエンティストの精神性なのかの回想が設けられていた。熾窪にはそういうのがない。裏表がない──げこげこげこげこげこげこげこ。
私は軽く水社ジャミングを行う。
「かわいくないんですね」
福野さんはしょんぼりしている。真原さんがいれば「失礼やろ」くらい突っ込みそうだが、今は真原さんがいない。誰も福野さんの凶行を止められない。
「それで、多分水社少尉は読んでいただいてると思うんですけど……オキクボ神、元気ないみたいなんですよねえ。熾窪さん、めちゃめちゃ悩んでて。結構今、大変で」
加寿がバックミラー越しにこちらを見てくる。
私と目が合う。水社一心に話しかけてるはずなのに、こちらを見ている。
「加寿」
「もう全部話したほうがいいですよ。断片的には読めるわけですし。それに、助けてって言えるうちが華です」
「……」
熾窪は話さない。
「今、オキクボ神、弱ってるんですよね。多分なんですけど、ガスの普及で。ご家庭の火力の認識が、結構神様の神聖なものじゃなくなってきたというか……ミヤシロ神の話を聞いてるかぎり、多分ですけど信仰心が薄れてるし、全国津々浦々の呪物のお炊き上げとかしてて、そういうのの穢れが集まってきちゃって、みたいな」
お炊き上げ。
呪いの人形とか、怖いものを焼いてもらうことをそう言う。呪われたりしないように。
「で、オキクボ神は、穢れが酷くて。神様って穢れが酷いと、弱る……弱りはしないし本当は邪神になってしまう例があり、それを内々に俺たち特務課が祓う……なんてこともあるんですけど、そういうのがあるからか、オキクボ神は自らの穢れごと、死のうとしてるんですよね──」
加寿は軽い調子で続けた。
死のうとしている。
自ら死を選ぶ。
私はゆっくりと水社一心を見た。奴はこちらを見ている。
自死。
水社一心はずっと私に、自死の否定について訴え続けていた。どういう気持ちで、熾窪や加寿の心を読んでいたのだろう。




