蝦蟇貪の布石
「危ないですねぇ。皇都では軍人ではない貴族の御嬢様が前線に出るんですかぁ」
蝦蟇貪が口をはさんだ。猫屋敷様が「御嬢様だなんて、わたくしは猫屋敷家の当主です」と反論する。千年桜は恋と咲くで、蝦蟇貪と猫屋敷様はかち合わない。というか──登場人物全員、蝦蟇貪みたいな60歳近い、仕事で交渉したり時折裏金工作しますみたいな邪悪めいた大人と関わらないのだ。
「猫屋敷家にとってはでしょう? お茶会したり家々の話し合いをするならまだしも、討伐にお嬢さん出すのは軍としてねぇ、皇都ではよくあるんですかぁ?」
蝦蟇貪は霧島先生相手に挑発するような口調で問いかけた。
「まぁ、猫屋敷様は、一般的な軍人より強くいらっしゃいますから」
「強いなら誰でも任せようじゃ、軍で給料もらってる軍人が調子乗って仕方ないですからねえ。ああ任せちゃえばいいやって。現に皇龍様もそういうのを嫌って自分が出る分を選んでる。まぁ、軍に所属して頂いておりますけどねえ、皇龍様は、天将位として」
「……ああ。怠慢に繋げられても、困るからな」
皇龍清明様は不機嫌そうに同意する。
「それにほら、水社家がいい例ですけど、軍に所属してない夫人が結構皇都で活躍されて、そういう特例があるから、いろいろ、今、柔軟になっているんでしょうけど、軍にも入ってない人間が強いんだから戦えって駆り出されるような前例が出来てもねえ。問題あると思うんですけど、どうお考えで?」
蝦蟇貪は詰めに入る。
猫屋敷様は「……それでも私は、猫屋敷家の当主として猫又を討伐します」と意思を変えない。
「じゃあ自分が出たからって他人に出ることを強いたりはしないと、そういうお考えで問題はないですか」
「当然ですわ。私は、私ですもの」
「それはそれは、気高いお考えで」
蝦蟇貪はへらりと笑い、「そこまで言われたら、私からは何も言えませんけどねえ」と引いた。
なんだ、この蝦蟇貪の動き。
何か……強い人間が戦わないよう、なにかの、布石をうった?
真意を掴めずにいると、皇龍清明様も蝦蟇貪を注意深く観察していることに気付いた。
「そこでなのですが、私は猫又がかねてより殺していた対象を、模倣しようと思いますの。そうして、夜の猫又を狙いますわ。そして──軍の皆様の誰かには、水社様を慕うお嬢さんのふりをして頂きたいと思っておりますの。女装、というやつですわね。真昼の人格の美浜の娘は、水社様に近づくお嬢さんを狙うのでしょう?」
「女装⁉」
熾窪が驚く。
「ええ。女装ですわ。そちらの帝都のお方なんか丁度いいんじゃないかしら。かつらでも被って」
そうして猫屋敷様は私を指名した。猫屋敷様、完全に私を男だと誤解している。まぁ「女は髪が長い」が皇都の常識ならば、無理もないだろう。原作の枯賀末理は髪が長いし、顔だちも、化粧をしなければ中性的、素の顔立ちはボーイッシュな雰囲気があるとキャラデザ表に書いてあった。お姉様のお顔立ちが儚げ美人系なので、対比なのだろう。
「なら、麗華様と末理さんは別行動で?」
加寿が首をかしげる。
「そうね……夜の猫又そのものはとても危険でしょうから、皇龍様に……そこの向上心がある野蛮人」
「野蛮人って俺か?」
「そうだよ、一番強いってことだ」
酒呑童子が目を丸くすると蝦蟇貪がフォローに入った。
「そして──富山様と、富山様と同じ所属で、その下の階級の方はどなた?」
「ああ、僕ですわ」
「じゃあそこのなんか胡散臭い貴方ね」
胡散臭い呼ばわりの真原さんが指名を受ける。
「なら私は蝦蟇貪様方と中立な指揮系統を担いましょうか」
霧島先生が挙手した。「俺を戦力に入れられても困りますよ。皇都の軍にご挨拶させていただかないと」と軽くかわした。
つまり……猫屋敷様チームが、皇龍清明様と酒呑童子、富山局長と真原さん。
こちらが……私と水社一心と福野さん、加寿と熾窪だろうか。
皇龍清明様がコミュ力の高い人々に固められている気がする。でも……皇龍清明様が冷酷ハリネズミフォームで猫屋敷様とバチバチになっても、全員でなんとかできそう。
「じゃあ僕らは、水社少尉と末理さんがいい感じに見えるようにして、美浜の娘を刺激していけばいいって感じですね」
加寿が笑みを浮かべた。
「ええ。美浜の娘は一心様と末理さん? を狙うでしょうから、貴方たちがお切りなさい。わたくしは、たとえあやかしに半身を喰われようと、帝都のお嬢さんを切り刻みたいとは思いませんもの。そういうのは軍にお任せしますわ」
さっきの蝦蟇貪の話を受けてか、猫屋敷様はちらりと蝦蟇貪を見て、「これでご満足いただけるかしら?」と問う。
「いやぁ全然、こちらのことは気にしないでくださいよ、ハハ」
蝦蟇貪は下卑た笑みでのらりくらりと躱す。
しぐさが悪徳成金。
「じゃあお互い、見せかけの皇都観光するってことで。恋人同士が賑わう場所なんか回ったら一発でしょう、ねぇ末理さん」
加寿がこちらに甘い視線を送る。熾窪が「お前がこの人に近づいてもどうにもならないだろ」と注意した。熾窪の育ちが出ている。「この女」とか「こいつ」とか言わない。
「じゃあ、早速ですけれど、猫又および美浜の娘の討伐、何卒宜しくお願い致しますわ」
猫屋敷様は気を引き締めた表情で前を見据えた。
猫又の討伐をして、帰る。私は決意を改め、拳を握りしめた。




