美浜の娘と水社一心
「このまま猫又が皇都で悪さをすれば、人は猫を嫌う、警戒するようになるでしょう。そして猫を愛する者は、猫を守らなければとよりいっそう、猫を守る、愛するようになる。そうした心を猫又は利用するでしょう。三本爪痕を刻み、殺しを楽しむのですから」
猫屋敷様が視線を落とす。猫への偏見が高まるような話は加寿がしていた。
たとえば猫が怪我をしていて助けようとしたら猫又だったというやりかたを猫又はしかねない。
「それに、帝都の美浜とかいう娘が、関わっていらっしゃるとか。あやかしでもないのに、私利私欲で殺人を続けたご令嬢の魂があやかしと複合されたなんて」
猫屋敷様が続けると、「ええ‼」霧島先生が口角を上げた。
「あやかしと、人間の融合です‼ なんてことでしょう。本来あやかしは人間を食らうもの。まぁ、酒呑童子くんのような稀有な個体もいらっしゃいますが……」
そういって霧島先生が酒呑童子に振り向くと、真原さんはギョッとした顔をした。
酒呑童子があやかしかどうかについて、猫屋敷様が知っているかどうかを、真原さんたちは知らない……と思う。猫屋敷様といった動物が苗字に含まれている皇都の由緒正しい家の人たちは、あやかしを察知できる能力を持っている。
しかしそれがどの程度一般的な知識なのかを、私は知らない。
コミカライズやノベルで描写されてないから。お姉様は基本的にそうした神の事象や霊力に関して初見だし、ノベルはすべて一人称視点だった。「そんなことがあるなんて知らなかった」「初めて知る事実だった」が多く、お姉様にとっては全て未知の事実。
結果的に「当たり前のライン」は探り探りなのだ。
そして猫屋敷様は「そうね」と短く答え、酒呑童子を見た。
「なんだ?」
「貴女はなぜ人を食べないの? おいしそうには見えない?」
「どうしたってまずそうじゃねえかよ、お前、綿が詰まった布団見てうまそうって思うのか?」
そう言って酒呑童子は周囲の面々を見回した。見回すな。
「でも他のあやかしは食べてるではないですか」
「な、根性がねえ。だから弱いんだよ。石を喰わないからいけねえ。まぁ、お前らは石食うと死ぬらしいからな。可哀そうに。俺かしこいから知ってるぜ。理不尽ってやつだな」
酒呑童子は全員に憐れみの目を向ける。
酒呑童子の中では「石が食えない」と「理不尽な目に遭う」がイコールになっているらしい。
「俺が責任をもって、鍛えてやるからな」
すんごい同情の目。
「人を食べたことは」
霧島先生は冷静に問うが、カスのマッドサイエンティストとして心の中は大興奮だろう。だってもう、そういう目だもん。こっちはそういう目、酒呑童子は同情の目で。
「ねえよ。お前、周りが布団食ってるからってお前も布団食うのか?」
「真似してみようと思いませんか? そんなに周りが食べてるなら、自分も試してみたい、周りに合わせられるか実験してみたいと」
「真似るなら真似たいものにする」
酒呑童子が即答した。
霧島先生は「なるほど」と顎に指をのせる。
「人間と融合に興味は」
「そもそも人間と融合って出来るのか? どうやってすんだ?」
酒呑童子が首を傾げ、私に顔を向けじっと見た後、鞄みたいに小脇に抱えてきた。
「入らねえな」
入れないでください。
「おい、ほら、入ってみろ、いけるいける」
ロボットの機体じゃないんだわ。
しかも酒呑童子の中に入れようとしてくるし。
「入らねえ。俺、あやかしの中で一番強いのに。本当は融合してねえんじゃねえか?」
酒呑童子が霧島先生を疑い始めた。私はぬるっと酒呑童子の腕から抜け出す。
「別のやり方があるのではないでしょうか?」
すごい真っ当。霧島先生が真っ当なこと言ってる。
「別のやり方ぁ?」
酒呑童子は不思議そうに首をひねった。すごい無邪気。教育系テレビ番組の子供の仕草と同じ。
「ええ。それに、あくまで私が推察するに──お互いが望んで合体したとは限らないのでは、と」
「どういうことですの?」
霧島先生に猫屋敷様がすかさず追及する。
「猫又の目的はあくまで自分の選んだ人間の殺害。美浜に対しては敵意すら持っていたとお伺いします。真原くんは猫又に遭遇していますよね。フフ、頭部を破壊したとか」
霧島先生は楽しそうに真原さんに振り向く。バイオレンス仲間と考えているのかもしれないが、あの時の真原さんはただ単に猫又のやり方にキレていただけだ。まだ真原さんと関わったばかりですごく怖かったけど、今思い返せば──そこまで怖くない。
「まぁ、僕の異能で制圧するには、色々、あったので」
「そして水社くんは実際、猫又が美浜家の娘を襲撃する姿を見ていたと?」
「はい」
水社一心が異論なしか相槌か微妙に分かりづらい応答を行う。
あの時……美浜の娘は猫又に襲われた後、女子生徒を人質にとった。その間、何があったかを私は知らない。水社一心が美浜の娘を警護している間に、猫又がやってきた。
そして水社一心はずっと、美浜の娘が人を殺していることを知っていたうえで、私に黙っていた。




