皇都行き前夜
皇都行き前日の夜、私は風呂場に向かっていた。すると──、
「あれ、末理さんじゃないですか」
加寿が後ろからやってきた。すーげえキモい。女子寮のほうからやってきた。えーキモ。びっくりするくらいキモい。こいつは執着心はあまりなく暗天妖王みたいなストーカーめいた思想はもたないので、どう考えても女子職員を口説いて寮の部屋でよからぬことをした帰りだ。キモ。
前世の頃、恋愛関係でもない人間と性的関係に至れる男を勝ち組と認識し、そうでない自分を劣っていると考える男──非モテ男性がいると聞いたけど、自信持てばいいのにと思う。
好きでもない女と性的関係に至れる男はちゃんとキモい。「え、あの男の人、あの子とそういう関係なの⁉ かっこいい! 好き!」とその男を好きになる、良く見える女なんてほぼいない。そんな女、「あの子」に執着してる激ヤバ女だ。怖すぎる。
私は脳内で「どうも」程度の会釈をした。加寿に対してはこれでいい。傍目に見れば局長や真原さん、福野さんに対する会釈と変わらないだろうが、一応そっちは心を込めているのだ。
「待ってくださいよ末理さん。どこ行くんですか。俺は風呂に行こうと思って」
風呂しかねえだろうがよ。目の前浴場なんだからよ。
「もしかしてお風呂ですか? だとしたら一緒ですね」
本当ですね。さようなら。
私は下手に突き放して「俺になびかないなんておもしれ―女」枠にならないよう、笑みを浮かべ会釈を繰り返す。気分は首振り人形だ。
「でも、みんなで皇都に行くなんてびっくりです。俺は末理さんだけ指名したつもりなんですけどね、まさか皇龍様やあやかしが同伴なんて」
やっぱり皇都行きはこいつの仕業だったらしい。まぁ、水社一心を狙う美浜と猫又が合体キメラ状態っぽいので、それを直接始末できる機会が得られたのはありがたいが……。
「熾窪も末理さんを必要としてるっぽいんですけどねえ、戦力や、その力が。でも俺は末理さんが欲しいんですよ。なんか……面白そうじゃないですか」
一言もしゃべらねえのに?
頭おかしいのか?
顔面至上主義なのだろうか。ルッキズムの塊じゃん。私の前世の頃ならまだしも、千年桜は恋と咲くの設定上時代は大正明治昭和などなどだ。その頃ってそんなルッキズムに支配されてたのか? 設定上でこいつだけおかしいの? それとも時代的にそういう面もあり、私が無知過ぎて分かってないだけか? 勉強なんて二の次だったし、生きていくのがやっとすぎて分からない。学校にいる間だけが、生活が脅かされない時間だったし。「はーい二人組になってー」ではモリモリあぶれていたけど。修学旅行は資金的な都合上、出れなかったし。そこまでのまとまったお金は出せないけど、千年桜は恋と咲くといったラノベや漫画の出費は月一なら出せる。そういう家庭だったから。
「俺結構直感あたるんですよね。外れる時は外れるんですけど」
博打の話してない?
加寿は酒に煙草に女のほか、趣味として博打も行うタイプだ。生活資金を稼ぐためではなく、雰囲気や付き合い、遊びの一種として嗜む……なんて設定補足があった。相撲、将棋、囲碁も好むが、女とは見ない、戦わない。女とするのは女遊びか酒を飲む、美味しいものを食べるだけとこだわりもあるようだが……。
「末理さんは俺みたいな男はどう? っていうか、軍に入る前に許嫁はいなかったんですか? 置いてきちゃったり」
加寿は口角を上げる。
私は首を横に振った。
「俺みたいな男はどうって質問のほう? それとも許嫁のほう? 教えてくださいよ」
加寿は一歩こちらに近づいてくる。似たような手段で女を口説いているのだろう。
暴力を振るえば、処分される。
今ここで突然ブリッジして蛇行しながら追い回してやったら、皇都への不敬で問題になるのだろうか。どうなんだろう。ポージング的には頭を下にしているし、前例もないだろう。そんなことを考えてれば──、
「こんばんは」
水社一心が私たちの背後から声をかけてきた。丁度男子寮に繋がる道を通り過ぎたところだったので、ワンチャンないかと思ったらあったけど、こいつもこいつで難しいところがある。こいつの場合は私と入浴時間を合わせてるし。加寿はキモいしこいつはやべー奴。やっぱ、浴場の時間合わせるってやべー奴だよ。
「ああ、水社少尉、こんばんは」
「お風呂ですか」
水社一心が問いかけると、「そんな、お聞きいただかずとも、分かるでしょう」と加寿は気さくに笑った。
「勝手に読むわけには」
「いやあ、読んでくださいよ。水社家の方に読むななんて思えませんから。水社家は心を精査することで、国を守ってるんですから」
「いや……現当主もその前の代も、国や軍との関わりは薄いですし」
「そんなこと言って、そこにあってくださるだけで十分じゃないですか」
加寿の言葉に、水社一心はどう返事していいか分からない様子だ。お坊ちゃんのくせにお坊ちゃん扱いには慣れてないどころか居心地が悪くなる男、水社一心。
「っていうか、水社少尉って末理さんの心は読めてるんですか?」
加寿は何気なく聞く。水社一心は「まぁ」と答えた。
「えーどんな喋り方なんだろ。どんななんです?」
「普通ですよ。他の人と変わりません。性格の把握は、行動を共にするほうが分かりやすい気もしますが……」
「ああ確かに、昼飯行きたいって言ったら、こじゃれた店じゃなくて、炒めた飯が出てくる、中々選ばないような店出てきたんですよね。熾窪さんが好みそうっていうか、常連になりたがりそうな店」
ひえー。
考えてなかった。
なんとなくで選んだ店だが熾窪の好みに当たっていたらしい。この加寿の感じからして、変な興味引いた可能性が高い。熾窪好みの店を選ぶと加寿の関心を引く。システムとしてだるすぎる。
「はは」
水社一心は大人びた笑い方をした。「そういう読めないところはあるかもしれません」と、謎のポジションで話をしてくる。
「あ、じゃあここでお別れですねー残念ですけど」
加寿は名残惜しそうにこちらに振り向く。女湯と男湯の暖簾の前だ。これ以上一緒に居ればどちらかが捕まる。私は加寿を水社一心に任せ、サッと女湯の中に入った。




