皇都の狙い
「言うこと聞けねえバカしか入ってこねえのか帝都退妖軍はよぉ、ハァ」
心の中と変わらぬ声に、水社一心は酒呑童子のやってきたほうを見る。
こちらに歩いてくるのは、帝都退妖軍の上層役員の一人、蝦蟇貪だ。護衛を伴う彼は水社一心の姿に気付きつつ、歩みを止めることはしない。
心には水社一心の異能への警戒があるが、皇龍清明ほどではない。自らの資金繰りや税まわりの処理の危うさを見られたら面倒。しかし水社家嫡男がわざわざ自分の弱みを誰かに密告する理由、その密告相手も思い当たらないこと。そんなことより水社家は軍に関わる気なのかどうか。心に関わる異能より場の状況や合理に思考を移す蝦蟇貪の思考回路に、水社一心は『彼女』との共通項を思い出し、手のひらを握りしめる。
蝦蟇貪の『彼女』に向かって放った言葉はどうしても許せない。傷つける気はなく、傷つけたとしてもきっと蝦蟇貪は「そんなはずじゃなかった」と言うのではなく受け止める。そういう覚悟を常に持っている人間だと異能で理解は出来るが、感情は置き去りになる。
「上層部がなんの用だ。この者に何かあってのことか」
皇龍清明が水社一心と蝦蟇貪を交互に伺う。
水社一心はすぐさま皇龍清明の心の内を読む。
皇龍清明からすれば、水社一心は心が読めるという大きな脅威だ。軍が目をつけるとその想像に直結し、水社家に枯賀花宵が密接に関わっていることで、結果的に水社一心は皇龍清明の庇護対象となる。最悪の場合を想定する気質も兼ね合い、結果的に軍が水社一心を狙うという仮説を、もはや高度な予想として立ててしまう。
しかし水社一心は、その想像が大きく異なっていることを、同時に把握していた。
同時に、今の皇龍清明では、分析も予想もその場の支配も蝦蟇貪に勝てないことも。
「皇龍様と違ってどこに誰がいるかなんてわかりませんよ」
蝦蟇貪は大げさにため息を吐いた。
「俺も分かるぜ!」
酒呑童子が横やりを入れる。蝦蟇貪は「分かるならもう少し気を遣っていただきたい。老いぼれ雑魚は速く歩けないし飛べやしない」と酒呑童子に合わせ、言葉を組み合わせる。
「悪かった!」
「他の役員は置いてくな。バカだからお前が逃げたと思う。お前が運んでも連れ去りって誤解するぞ。バカだから。ほかの役員は、待ってる。覚えたか? 役員の雑魚はどうしなきゃいけない」
「待ってる‼」
「かしこくて話が早い。さすが一番強いあやかし」
蝦蟇貪の言葉に、酒呑童子は「だろう‼ 見る目あるな‼」と誇らしげだった。
その心のうちには、酒呑童子を馬鹿にする意図はない。他人に何を言えば自分の望む状況になるかの計算だ。同時に、国政と軍の今後、自らの保身──そこに繋がる周囲の影響。過去への遺恨に、自らの立場を悪くしようとする部下への苛立ち。自分以外の役員全員に対する、見下し。
複雑に絡み合う思考回路が同時並行で進んでいるが、雑多感が無い。それが水社一心の蝦蟇貪への印象だった。
一方で酒呑童子の思考のほうが読みづらかった。目の前の事象を直感的にとらえ思考から決断までが早すぎるのだ。酒呑童子を知ろうとしてもその場のことしか分からず、なにより発信する言葉と内心で留めている言葉が同じなので、読む必要が無い。
枯賀末理の登場を発端とし、思考回路が独特な人間ばかりが現れた。
水社一心が軍に入ったのは、枯賀末理の為だ。ミヤシロ神に能力を捧げ、自らの霊力を手放し、強さを欲して軍に入った彼女を守るのが、自らの使命に感じての入軍だった。
しかし、枯賀末理により関わる人間が増えたことで、ものの見方が変えられていったように思う。心を読んでも、それを気にしない人間や、心を読もうとしても、ほぼ意味をなさないような鬼がいる。
人の心が読めるということを自分の中でどこか万能視していたことに気付いた。
「用があるのは皇龍様なんですよねえ、まぁ、水社少尉にも関係がありますけど」
蝦蟇貪は水社一心を一瞥する。
こんな風に、心を読むことを特別としない人間がいる。
読むことを前提として振る舞う人間は『彼女』だけではない。
それでも、心を読むことに対し反応しないことがありふれたことであっても。
『彼女』だけが、水社一心の中で、例外であり、代替えも上塗りも出来ない存在になった。
「皇都に行ってほしいんですよねえ。変なあやかしが皇都に行ったとかで」
「皇都……」
「枯賀花宵を襲ったあやかし、猫又と……ご令嬢がかけ合わさった、よく分かんない存在が出たんですけど……皇龍様今日、それと交戦したでしょう。そいつ皇都に逃げおおせたみたいなんですよねえ。今皇都から二人、使者が来てるんですけど、そいつら二人送り返すだけでいいと思いきや、どうもそうは行かなくなって」
「どういうことだ」
「皇都の二人が……貴方が気になってる枯賀花宵さん。その妹にちょっとばかし興味持っちゃったみたいで。それと調査したい、出張させろって圧かけてきてるんですよねえ」
蝦蟇貪はうっすら笑みを浮かべた。
「どういうことだ」
「戦力としては興味深いんじゃないですかねえ。女だし。女だから駄目って能力評価されない人間もいるなか、女だから、女を活躍させたい、させてるように見せたいって、手ごろな女担いで、我々は何の差別もしてませんって顔したい人間もいる。面倒な世の中ですから」
まるで枯賀末理の能力を疑問視する言い方だが、その心には枯賀末理の姿はない。ただただ上層部への軽蔑や諦めに占められている。面倒くさい。やってられない。捨ててしまおうか。でもやるしかないな。バカみたいだが。蝦蟇貪の思考回路は一定だった。
「ご存じないかもしれないが、異能って変化する場合もあるんですよ。まぁ水社家みたいな神様と関わる由緒正しい家では縁もゆかりもないですが、枯賀の言霊の異能は、変化してもおかしくない。ただ炎一辺倒のねぇ、女に変わるのであれば本人もそれが望ましいでしょうが、皇都が欲するような異能に目覚めたら、周りが嫌がるんじゃないかなぁと思ってねえ」




