大事だから
水社一心は考える。ここにいない『彼女』の計画を。
物語の筋書きで、かつて水社一心は死ぬ運命にあった。
普段はまるで聞いている前提で、むしろ聞いていないことが問題であるかのように思考を読ませる枯賀末理が、特定の瞬間、水社一心の異能の行使を邪魔するような行動が見られた。
共に過ごす中で、察したのだ。
自分は死ぬ運命にあり、それを枯賀末理は阻止しようとしていると。
異能を気味悪がらない、心に干渉する異能がある前提で関わってくる稀有な存在。
どんな異能もあっていい。ありのままでいい。その異能は悪いものではない。
そうした肯定の言葉よりずっと、その存在を許されているような気がした。そのうえで恐れた。枯賀末理が自らの死を阻止に動くということは、ある種の思い入れがあると認めなくてはならない。
水社一心は、こんな自分は好かれるはずがないと生きてきた。母親もいる。父親もいる。近隣の人間は水社家というだけで頭を下げる。
水社家に恥じぬよう努め、不満はないが、それでも水社一心は感じていた。
本当の自分はきっと、誰にも理解されない。
なぜなら自分のことが理解できない。
自分の気持ちが、よく分からないから。
幼い頃に母親が務めを果たすべく祠に向かい、眠りについた。
ミヤシロ神は日々自らの無力を呪う。
父は気丈に振る舞っていたが、母を心配し、心配すればするほどミヤシロ神の心労に関わると平静に徹しようとする。
だからいい子でいなくては。
母が安心できるように。
父が安心できるように。
ミヤシロ神が安心できるように。
それが自分に出来る、ただ一つのことだから。
普通は相手の言葉や行動でその真意を察し、望みに想いを馳せるが、水社一心はその答えをすぐに見つけることが出来る。相手の望みを知っているのに叶えないことは不義理なのか。相手の望みを知ったうえでそれを叶えることは支配なのか。分からぬまま「いい子」の道を突き進むうちに、分からなくなってしまったのだ。
どうすれば間違わずに済むのか。
しかし、『彼女』と出会い、世界は変わった。
間違いをそのまま選び取り、叩きつけるように生きるような女と出会った。
女はあまつさえ自らの家に火を放ち、親を殺し姉を助けようとした。その時の心の声たるや、水社一心は忘れることがない。人を救おうという正義は欠片ほど、完全なる殺意と憎悪だった。それから幾星霜、万を超える人々の心の声を聞いてもなお、水社一心はあれほど強い憎悪を知らない。しかしその、色を持てばどす黒く、重く、暗く、飲み込まれれば最後どこにも逃げられないような闇を抱えながらも、一さじの優しさがあった。それは暗闇の先に垣間見る、幻想のような光の粒ほどのものだろうが、水社一心は枯賀末理の心に、確かな優しさを感じたのだ。
その優しさは幼くて、無垢。投げかけられる言葉は乱暴で、時に下品で、頭を抱えるようなものであるが、それでも、水社一心は枯賀末理の心の中にとても幼く、清らかな欠片があると確信している。それは、前世の過酷さが生んだものかもしれないし、天性のものかもしれない。確かめるすべはない。それでも、大人びた表情の一面に、傷つくことに怯え、こちらをじっと伺うような幼い面が見える。その面を感じるたびに、水社一心はどうしようもなくなるのだ。
数多の心の声を聞き、性愛なんて心の底から嫌悪しているにも関わらず、その手を握ってやりたくなる。大丈夫だと伝え、煩いと罵られながら隣にいる未来を願うのだ。
だからこそ水社一心は、目の前の死に惹かれた男をどうにかしなくてはならないと見据える。
物語の筋書き通りであれば、こんな風に対面することは無かった。千年桜は恋と咲くの物語を知る『彼女』であれば、何か心和らぐ言葉をかけることが出来たかもしれないが、姉との関りばかりで、皇龍清明が何を好むかを知らない。
でも。
筋書きを知らなくても、どうとでもなることを、もう水社一心は知っている。
枯賀末理──として生きている『彼女』という、本当に読めない存在と対峙してきた。
今よりずっと死に惹かれていた『彼女』とだ。その彼女が今未来を見ているならば、その未来をよりよいものにするのが、自分の役目だと水社一心は一歩踏み出す。
「心は全部読んでいます。三百年前の歴史についても、把握しています。枯賀花宵さんが、運命の人で、今度は絶対に死なせたくない。その妹は、貴方が想像するよりずっと、姉に狂ってる」
「……」
水社一心の言葉に、皇龍清明は返事をしなかった……いや、返事が出来なかった。
異能で悟るが、異能なんて無くても悟れると、水社一心は皇龍清明の視線や、唇の動きを見て視線を落とす。
「だから、貴方の考える計画に、乗りかねない。しかし、こちらとしては阻止したいんです」
「何故だ」
「大事だから」
水社一心は端的に答えた。
大切だから、今なお名前すら呼べなかった。
末理と呼んでも、今の枯賀末理が想像するのは、文字の世界や絵の世界の枯賀末理だから。
「なので、別の手段にしてもらいたい」
「……」
「それか待ってもらいたい。強くなるまで」
戦いなんて、何にも関係ないところに閉じ込めてしまえたらどんなに楽だろうと思う。
しかし水社一心はしない。出来ない。いつかその選択を、『彼女』をそばで支える、後押しをするという選択を後悔してしまう日に怯えながらも、そうではない明日を目指す。
「平和が訪れる、その時まで──」
水社一心が言った瞬間、強風が吹き荒れる。
「はっはっは‼ 強くなるまで待つんじゃなくて、今強くなるんだぜ! なぜなら皇都に行くからよっ‼ へへーん!」
顔を上げると、酒呑童子が腕組みをし笑っていた。




