バカバカ水社一心デシベル
加寿の発言のあと、私は皇龍清明様と共にお姉様を水社家に送り届けることになった。水社一心もいる。皇都の二人は水社一心の言葉で本部での報告に向かった。
「……末理さん、大丈夫?」
お姉様は私を心配そうに見る。水社一心、私、お姉様、皇龍清明様と四人で徒歩移動だ。近隣住民もびっくりだろうが、皇龍清明様は一般市民からの知名度がめちゃめちゃ低い。「なんだかすごそうなお方」「芸能人かしら」「政府の要人かしら」この三点セット認識だ。
なので結果的に、軍人軍人世界で一番美しいお姉様、浮世離れしている皇龍清明様という並び。お姉様が軍ですんごい立ち位置のお人に見えるだろう。
お姉様の言葉に私は笑みを返した。元気さをアピールするために踊り出そうと考えたが、皇龍清明様が私の踊りを見て、「こういう風に感情を表現できる人間こそ彼女に相応しいのだろう……対して自分は」とどん底モノローグを大展開するのが目に見えている。
「先ほどは、ありがとうございました……助けてくださって……」
お姉様は皇龍清明様に振り向く。お礼を言っていなかったらしい。お姉様は気にしいでお礼を欠かさないお人だが、気を遣い過ぎてお礼のタイミングを逃すこともある。今だったのだろう。「何で今?」と突っ込まれることに臆さないその崇高な精神、国民全員に移植すればきっと世界は豊かになる。そうしてお姉様の為の新世界を──、
「……」
水社一心に小突かれた。
お姉様に感謝された皇龍清明様が「何もしていない」と冷ややかに告げた。
「妹を結界でお守りくださって……」
お姉様は言うが、皇龍清明様が私と皇都二人を結界で囲ったのは、多分お姉様が私を気にしていることを、お姉様を見守るうちに気付いたんだと思う。嫌だな。後々お姉様が皇龍清明様に恋をして、皇龍清明様が私を好きなんだと誤解するの。そうしたらどうやって証明しよう。皇龍清明様が私を好きじゃない証明って、斬りかかって斬り殺されるくらいしかない気が。
「皇龍清明様、大変恐れ入りますが、彼女は先日の見合いの相手なのですよ。そして彼女は、その姉です。結界を囲んだ時、皇都のお二人を認識されていたのでしょうが」
水社一心が皇龍清明様に声をかけた。
「……」
皇龍清明様はわずかに驚いた顔をした。水社一心は「沢山、軍が、見合いをと強いてしまい、恐れ入りますが……」と続ける。
「ああ」
皇龍清明様は頷く。今、水社一心がフォローしてくれたのでは。
「すみません。この者は男を、あまり好かないので、皇龍様に対して失礼があったかもしれませんね」
水社一心は私をちらりと見た。
「姉が大好きで、姉離れの気配が一切見えないですから」
「左様か」
皇龍清明様は私を見た。「彼女が大事なのか?」「大事にしてくれるのか?」「預けていいのか?」と査定の目だ。
「……」
そしてお姉様は目をキラキラさせて私を見ていた。皇龍清明様は査定、お姉様からは感動、温度差がどえらい。
「姉の為なら何でもしてしまう人間です。本当に何でも。見合いも、皇龍清明様には失礼ですが、かなり不本意な見合いだということは分かっていましたし、失礼が無いようにというのは言っていましたが。それに、皇龍様が素敵な方であればあるほど、この者は、それならば姉と結婚してくれないかと願い、姉自身がそもそも結婚をしたいかどうか、自分の押し付けではないかを考える女です。見合い当日、皇龍様を喜ばせることなんてほとんど考えていなかったでしょうから」
状況が状況なら水社一心の密告で私の首は跳ね飛ぶ。
しかしここに、皇龍清明様は三百年前からお姉様を一途に想っているという前提が入れば、色々覆る。
皇龍清明様は私に期待の目を向けていた。皇龍清明様は異性愛者なのでライバル視するとしたら男だけ。私が男だったら色々複雑なのだろうが、お姉様より年下の女であり、恋愛文脈ではないことも察せそうなので、なるべく同志で集まりたいタイプのぼっちヲタクが仲間見つけた心境なのだろう。
そしてお姉様はといえば。
「……ありがとう。そんな風に想ってくれてるなんて……私、頑張るから」
お姉様は目を潤ませていた。全然頑張んなくていいよ。等身大のお姉様がすべて好き。頑張りたいなら応援するけどある日突然なにも頑張れないお姉様が爆誕しても私はずっと好き。
「本当に、ありがとうございます。皇龍様。妹を守ってくださって……お見合いの時は、本当に申し訳ございません。大変な失礼を……」
「別に。見合いを楽しみにしていたわけでもない。国の者に頼まれ従ったまでだ」
皇龍清明様は素っ気なく返す。水社一心が「皇龍清明様は、国の意向を受けた女性が深くかかわろうとするといったことが続いて、女性全体、警戒されてるとお伺いしましたけど。それで、何も知らない相手に対しては、どうしても厳しい対応をしてしまう……とか」とさらなるキラーパスを出す。
「そうなのですか」
お姉様が驚いた。溺愛ファンタジーの女嫌いヒーローの過去の鉄板なので、異世界物を読んでいれば女嫌いと聞けば「顔に靡く女が多すぎて女嫌いになったんだろうな」と想像がつくが、お姉様は当然溺愛ファンタジーを知らない。驚くのも無理ない。
「あ、ああ……」
皇龍清明様は動揺していた。お姉様はただただ驚き、私と水社一心は皇龍清明様とお姉様の誤解が発生しないよう努めているけど、皇龍清明様からすれば三百年前から一途に想い続けた相手が横にいる状態で、熱心に自分の胸中をあててくる軍人と一言もしゃべらない謎の軍人が「いる」だけだ。ある意味孤立無援である。さっきから「ああ」と「左様か」で乗り切っているし。
「本当に、本日はありがとうございました。あの、どうか二人をよろしくお願いいたします。あやかしは、二人を狙って……」
水社家に到着して、お姉様は皇龍清明様に頭を下げた。
美浜麗子の狙いは水社一心。それに近づく女を許さないのなら、多分最終的には私を狙うだろう。最悪だが、お姉様は本命ではない。お姉様を消して、私を消して、水社一心のはずだ。周りの人間から順番には卑怯者のセオリーだから。そして猫又のあの調子から、しばらくお姉様は狙えないはずだ。皇龍清明様もいるし。
だとすれば狙いは私だろうが、丁度いい。
絶対に殺す。
あやかしになった以上、美浜も猫又も。
絶対に、傷つけさせない。
お姉様を送り届けた後、皇龍清明様は姿をくらました。くらましたと言っても寝ずの番をする気だろう。今日、お姉様は襲撃されたばかりだし。ということで私は水社一心と二人で帰ることになった。
今日はどうもありがとうございました。
私は隣を歩く水社一心を見る。水社一心は別にと答えた。
皇龍清明様は現在、お姉様と出会ってはいるけど溺愛系ファンタジーあるある「あの冷酷ヒーローが、こんなに変わるなんて」というビフォーアフターのビフォー状態、扱いにくさこの上ないんだから。お姉様に対してだって散々ややこしい言動を繰り返しお姉様を誤解させ続けた男。富山局長とか蝦蟇貪とか真原さんは……あまりに可哀そうだからアレだけど、とにもかくにも水社一心の手助けなしにあの場を問題なく終えるのは無理だった。
それに、かなりフォローもしてもらった。
「お前俺がいなかったらどうする気だったんだよ」
水社一心は呆れたようにため息をつく。不機嫌ハラスメントだ。
しかし、加寿も熾窪もいたところで、お姉様と皇龍清明様をどうするか……もし何か諍いが起きたら。ただでさえ、捜査が混乱しかねないことを皇龍清明様は口走っていたし。
「険悪にでもなってたら」
もう、お尻出すとか?
そのレベルだと思う。空気が最悪になってたと思う。皇龍清明様ハリネズミフォームによるトラブルを避けるには、それくらいの大きな代償が──、
「バカ‼」
6億水社一心デシベルの音量が私の鼓膜に襲い掛かる。うるせ。うるさすぎる。映画のめちゃくちゃ金かかる席ってこうなのかな。耳が痛い。耳鼻科医全員がアウトを告げるレベルだ。これ完全に何らかの犯罪だろ。
「罪に問われても構わない」
開き直りじゃん。
「開き直りも何もない。お前が馬鹿みたいなことばかり言うからだ」
命は賭けなくなっただろうが。
「まぁ、それは、大きな進歩だな」
一年前は、命がけ以外の選択肢を持つなんて考えつかなかった。私にはそれしかないから。
でも、水社一心のせいで変わった。
「せいってなんだよ」
お前のせい以外にないだろうがよ。
「はあ」
だから、お尻を出すという選択肢もお前が作ったわけで、バカと言われる筋合いはないわけです。
「お前なぁ……」
水社一心は呆れる。私は心の中でバーカと返した。




