ごまかし皇龍清明様・助けて水社一心
「……印刷所」
皇龍清明様が呟く。
「印刷所?」
加寿が復唱した。コミュニケーション上、相槌として相手に聞いてる感を出せると聞いたことがあるが、今の皇龍清明様に対しては圧迫面接の圧迫と同等だろう。当然加寿が圧迫するほう、皇龍清明様がされてる側だが傍から見れば皇龍清明様に慎重に接している加寿の構図だ。どうするんだろうこれ。
「印刷所の夫妻が、心を通わせていた男がいた。その男は、人と意思疎通の出来るあやかしとかかわりがあったようだ。男は死んだようだが、他のあやかしが、そこを何か、よからぬことを考えるのではと……」
皇龍清明様は細々告げる。
皇龍清明様の実績や雰囲気で、慎重に言葉を紡いでいるように見えるが、だいぶ苦しんでいる気がする。だって千年桜は恋と咲くの4巻でギリギリ二行分話すかどうかだ。あとはもう単語しかない。そして猫又の様子から狙いは本人が言ってた。「美浜麗子が水社とかいう男の傍に近づく女が許せないって昼間に近づいたから~」と。あの話から察するに昼は美浜麗子の意識、夜は猫又の意識があり、美浜麗子がお姉様を狙いたまたま夕暮れで交代が起きたのだろう。昼と夜で姿が変わる、いわゆる加寿みたいな遊び人に付属する設定だが、猫又と美浜麗子は物理的に昼夜フォームチェンジ設定を獲得したらしい。
結果的に皇龍清明様は、猫又本人が美浜麗子がお姉様を狙ったと言っているのに、本人は印刷所が云々言い出している。
どうしようこのややこしさ。皇龍清明様的にはお姉様のこともあるし、見守りをしていることはバレたくないだろう。バレてキモがられて逃げられた先でお姉様が殺されるというのが皇龍清明様的には一番避けたいシナリオだ。バレずに見守りだけさせてくれというのが希望だろう。
ただ皇都二人からすれば、皇龍清明様の希望なんて分からないし、印刷所なんて言われればそちらを調査しなくてはならない。完全に調査の攪乱だ。
ややこしい。どうにかしてほしい。考えていると──、
「帝都退妖軍対実地戦闘局だ」
ようやく戦闘局が到着したらしい。そして求めていた人物の声──水社一心の到着に、私は心の底から安堵した。水社一心率いる戦闘局たちが、こちらにかけ寄ってくる。その中には郷田もいた。お姉様、そしてその後ろにいる皇龍清明様に驚いている。
待ってた水社一心。美浜もいなくなって丁度いいタイミングです。
「……」
水社一心は私を睨んできた。もう色々お説教は後で聞きますので、ひとまず皇龍清明様を引き留めてください。どさくさに紛れてお姉様を陰から見守ろうとするので。多分今、心読めば分かるだろうけど、ここ最近ずっとお姉様について回ってたらしいです。
私の報告に、水社一心はさらに睨んだあと、皇龍清明様に顔を向けた。
「ご無沙汰しております。皇龍様」
「水社……」
皇龍清明様が水社一心を見て動揺した。他人からは因縁が感じられるような呼び方だったが、完全に動揺だ。心が読まれることに皇龍清明様はビビってる。見守りがバレるから。
「お話を、後で、お伺いしたく存じます。個人的にも、水社としても、皇龍様のご意向を尊重したいと考えております」
水社一心がフォローした。皇龍清明様は「左様か」と、若干身体のこわばりが緩む。
傍目に見れば一触即発状態だが、「今日宿題ちゃんとやってきたのに忘れちゃったどうしよう‼」「大丈夫だよ、明日でいいよ。いつも頑張ってるもんね。そんなウソつかないの分かってるよ」くらいのやり取りである。
「水社少尉」
そして加寿がにゅっと私の横から出てきた。もう水社一心もいるし加寿に頭突きしても許されるかな。水社一心なら上手くやってくれるだろうし。
「加寿中佐」
水社一心はかしこまった口調になるが、加寿は「やめてくださいよ」とフランクに首を横に振った。
「水社様にそんなことされたら、皇都で在籍事実ごと消されますよ」
加寿は謙遜する。水社家、最初の頃の真原さんの話だと水社ママが大暴れガールだったから、恐れられている印象だったけど、熾窪はミヤシロ様を最高神とか言ってたり、相当なのでは。千年桜は恋と咲くだけでなく、そもそも一般的な物語で親世代の話を深くすることは稀だし……色々描写されてないヤバ事実があるのかもしれない。
「しかし中佐に……」
「中佐なんて言ったって率いてないですから。個人です。今回は熾窪中佐との任務ですが」
加寿が自然に熾窪にパスをする。ハードボイルド気取りかつ口髭顎髭という若干怖いポジションであるはずの熾窪は、加寿よりもかしこまった調子で、敬礼した。
「やめてください。ほかの局員にも示しがつきません」
水社一心は冷静に止めるが、嫌なんだろう。かしこまられるの。好きじゃなさそう。
心の中で呟くと、ギロ、とこちらを見てきた。前向け。
「丁度末理さんと水社家にご挨拶をさせて頂いて」
加寿は状況を説明し始める。「末理さん」と呼んだ部分で水社一心がこちらを見た。前向け。
「そのあと、港のほうの中華屋で昼にしたんですけど、盗みがあって追跡したら、どうも陽動だったみたいで、そして連絡があってこちらに急行した形です」
「なるほど」
「あやかしは昼夜で思考が切り替わるような話をしていたのですが、多分、誘導してきたのは昼間の思考と見ています。で……あの……水社少尉を狙っているようで」
「それは聞いています」
水社一心は感情の読めない声音で相槌をうち、また私を見た。前向けよ。話をしてる人間と目を合わせて会話しろ。
「それで、思ったんですけど、美浜麗子が水社少尉に近づく女性を狙ってるなら、皇龍様って今軍であやかしと組むってことになってますよね? なので、皇龍様とその軍所属のあやかしが、印刷所と、お姉様をここでお守りして、我々皇都は、末理さんを皇都に連れて美浜麗子と謎のあやかしを討伐するっていう感じにしようと思うんですよね。多分、次は末理さん狙うと思うので」
そうして加寿は、にっこりと私に目を合わせた。




