大ピンチ皇龍清明様
「あいつ、皇都に行ったんですかね」
加寿が猫又の消えた痕跡を眺めながら呟く。
「だろうな。帝都に皇龍様がいるって分かればどんなあやかしだって皇都に逃げる。その知能があれば。そういう悪知恵もききそうだしな……で、あれが、水社家のご令嬢か」
熾窪が空を見上げる。そこには皇龍清明様にお姉様抱っこされていたお姉様がいる。
「へー、美人さんですねえ。末理さん可愛い系でお姉さん儚げ美人系だ」
お姉様は世界で一番綺麗。
だけど加寿に言われるのは嫌。とんでもねえ男だから。私は刀を握りしめる。
加寿にお姉様が見つかってしまった。でもどうだろう。今、お姉様、皇龍清明様にお姫様抱っこされてるし。ここからはるか上空のお姉様を口説くのは厳しい気がする。物理的に。このまま皇龍清明様、モモンガみたいに水社家に飛んで行ってお姉様を安全な場所に送り届けてほしい。
しかし、皇龍清明様はお姉様第一。お姉様が「末理さん‼」と叫んだために、こちらに飛んできてしまった。皇龍清明様はそのまま私のまわりに形成していた結界を解き、皇龍清明様はお姉様を降ろした。申し訳ないけど加寿の前に降ろさないでほしい。それか結界を解かないでほしかった。
皇龍清明様はおそらく、「自分のような存在がいつまでも触れているわけには」と思ったのだろうが、余裕で人命救助の範疇だしとにかく加寿の前で降ろさないでほしい。結界も解かなくてよかった。皇龍清明様の霊力を今丁度刀で拝借しているところだったし。
「末理さん……良かった無事で……」
お姉様はオロオロしている。全然無事です。むしろお姉様はお怪我無いだろうか。皇龍清明様の機嫌が今は「淡々」という状態なので、多分物理的には無傷だろうけど。少しでも傷があれば、医者……いや軍に隕石みたいに飛んで行って、救護局に物理的救急搬送しているだろうから。
「枯賀、花宵さんですよね?」
加寿が甘い笑みで声をかけた。
ぶっ飛ばしてやろうか悩んでやめる。お姉様が驚いてしまうから。後で夜道を狙う。私が注意を引き付けるので皇龍清明様にぶっ飛ばしてもらうのもありだけど、皇龍清明様は絶望的に男を見る目が無い。そして自己肯定感が地の底なので、加寿に対し「こうして配慮が出来て穏やかな声掛けが出来る器量のある男のほうが彼女を幸せにできるのだろう……」と暗いモノローグが展開されるだけだ。溺愛モノヒーローあるある「彼女に近づけば殺す」みたいな発言を、皇龍清明様は出来ない。ライバルに対して全員自分と比較して、向こうのほうがいいと沈む。
犯罪者とか政治的にお姉様を利用しようとするヤバい奴相手だけだ。「触れるな」が言えるのは。
そういう男である。だからか千年桜は恋と咲くでは、広告等で切り抜かれる名場面は、甘いセリフではなく枯賀末理がお姉様に嫉妬する激ヤバ凶暴顔ばっかりだった。
「はい……」
お姉様は加寿を警戒しながら頷く。
皇龍清明様に男を見る目がないぶん、お姉様には男を見る目がある。
先ほどのお姉様の声音には、富山局長、真原さん、福野さんに対してなかった警戒がうっすら滲んでいた。その警戒が郷田にも少しは向けられていたらなぁと思う。あいつもあいつで、なんか色々あるみたいなので、微妙だけど
「そちらは、皇龍様……」
加寿が皇龍清明様に視線を向ける。「まさか、こうしてお会いできるなんて」と驚きながら自己紹介をし、熾窪もそれに続くが皇龍清明様は「皇都の人間か」と呟くだけだった。
軍服で加寿たちが皇都の人間であるのはすぐ分かるだろうが、皇龍清明様なりの精いっぱいの返事だった。それ以外は「必要ない」で心のシャッターを閉じてしまう人だから。そんな皇龍清明様の心のややこし機微を知らない熾窪は、慎重に皇龍清明様の機嫌を伺っている。熾窪は神社の息子だし、皇龍清明は皇都でも絶大な地位にいる。神様ポジに近いので、ミヤシロ様に対して恐々するのなら皇龍清明様に対しても同様だろう。
「皇龍様は、なぜ、こちらに……あの、先ほどのあやかしは、一体……」
熾窪が恐る恐る訊ねる。
皇龍清明様は拒否するそぶりはなく、考え始めた。
まさか好きな人がちょっと心配で見守ってました、なんて答えられないし、自分が下手にお姉様との関係を匂わせれば、見合いみたいな形でお姉様に迷惑をかけるのではと疑うだろうし、熾窪は間違っても皇龍清明様を苦しめたくないだろうけど、この質問は今一番皇龍清明様を苦しめ追い詰めている。




