最悪トラップ
船から盗んだ荷物は?
「すいません、荷物どこですか?」
加寿は拘束した男の腕をひねり上げる。熾窪が「おい」とたしなめるが、加寿は気にしない。男は「トランク! トランク!」と根を上げながら叫ぶ。
「本当に……?」
「加寿、一回トランク見ろ、っていうかトランク見てからにしろ、そういうのは」
熾窪が再度注意した。「あんな速度で逃げてこんな感じで襲い掛かってきた奴、普通に口割るわけないでしょう」と加寿はパッと手を放し、トランクに近づく。
「ここに荷物入れる人いますもんね」
「本来、そこに荷物を入れるんだよ。座席に置いていたらシートが痛む。ベルトつけられなかったら危ない」
熾窪の車好きは結構ガチなほうらしい。車種に詳しいとかどういう状態かは分からないが、車にかなり敬意があるみたいだ。
加寿は「よいしょ」とトランクを開ける。そこには港の荷物がいくつかあった。差出人も宛先も、皇都の要人の名前はなく、本当に、皇都の一般家庭の配送品のようだった。
熾窪がトランクに近づき、中をのぞきこもうとして止める。
「汚い」
「そういうところって汚いもんなんじゃないですか? 熾窪さんは、熱心に掃除してそうですけど」
「そうじゃない。あやかしの仕業だ。あやかしが自分の干渉を悟られないよう細工してるが、その細工を隠せるほどの力はない……ここを起点にしてる」
「でも細工するまでの知能があるってことは、結構強力じゃないですか」
加寿の質問に、熾窪は頷く。そう。普通のあやかしは喋れないし、話が出来たとしても「ニンゲン、クウ‼」「ニンゲン、オソウ‼」しかない。強力なあやかしは意思疎通が理論上できる。しかし意思疎通が取れる、頭がいいからといって平和主義ではない。
「ああ、この間、逃げられたあやかしだ」
つまり猫又の仕業ということだ。
「おい、お前ら何で荷物狙った」
熾窪が札を構えながら男に近づく。これが熾窪なりの脅しらしい。犯罪者側としては実際に手をひねる加寿よりマシなのだろうか。加寿は質問する前から捻り始めるし。
「俺らは、ただ、皇都から来る荷物、なんでもいいから盗んで来いって言われて……あとはもうどうでもいいって」
「お前らが計画したことじゃないのか? なんか上にいるのか」
「上にいるもなにも、普通に、俺は、いい仕事あるって聞いて、今日集まって、着替えて、船から盗んで、この倉庫に運んで来いって、それだけでいいって言われて」
「対価は」
「普通に、普通に──」
そうして普通にを繰り返しながら男が告げた金額は、一般市民の平均月給の5倍の金額だった。
熾窪は「普通じゃねえだろ」と突っ込む。
闇バイトじゃん。
「でもあれですね」
加寿がいつになく冷めた口調で呟く。
「皇都の荷物何でもいいから盗めって、俺たちまんまと、罠にハマったっぽいっていうか。ここで囮にされて一網打尽か──別の場所で、でっかく色々やられてるか──」
加寿が告げた後、熾窪と加寿から非常警報が鳴り響く。皇都支給の小型端末だ。二人とも「あぁ」とそれぞれ嫌そうな顔をする。
『霧島ですけど』
千年桜は恋と咲くの、皇都のキャラ。
加寿と熾窪がバディではない最大の理由はトリオだから。公式では皇都組と呼ばれているが、加寿と熾窪だけではない、もう一人いる。
その『一人』である霧島の声が端末から流れる。
『港付近印刷所にてあやかしの出現情報が入りました。すぐに向かってください』
港付近の印刷所。それは、輝宮寺と縁のあった印刷所の名前だった。
*
水社家に預けられた娘、花宵は風呂敷包みを抱え、背筋を伸ばし一歩一歩を踏みしめながら、港の見える通りを歩いていた。目指すのは印刷所だ。かつてあやかしの襲撃に遭い、建物が崩れ見るも無惨としか表しようの無かったこの通りは、酒呑童子と呼ばれる鬼が手を貸したことで、瞬く間に復興が進み、見違えるような姿で新年を迎えることが出来た。
花宵はあやかしに奉公先を襲われたことがある。
鬼に対し最初こそ快く思えなかったが、妹はその鬼と仲良くしているようで、人と心を通わせられるあやかしもいるのだと、少しだけ心を改めた。町の人間も同じだ。最初こそ酒呑童子と呼ばれる鬼を警戒していたが、今では少しずつその存在を受け入れている。一方で、あやかしの脅威は今もなお存在しているし、すべてのあやかしがその鬼のように友好的ではない。町の人間の話によれば酒呑童子という鬼は軍の所属であり、なにか特別な地位にいて、人間に敵対するあやかしを倒しているとのことだった。軍があやかしを頼ることにいい顔をしない人間もいるが、花宵としては心強い。
軍の戦力が満たされれば満たされるほど、妹は安全になる。
年末年始、花宵は妹である末理と過ごした。末理に買ったワンピースを着て帰ってきてくれたことも嬉しかったが、何より怪我がなく無事で帰ってきてくれたことが心の底から嬉しかった。
末理は軍人だ。異能や──本来ならば霊力をもってして人を助ける。
にもかかわらず末理に霊力はない。それはそれは大きな霊力を持っていたはずの末理は、それをいとも簡単に水社家の神に捧げてしまった。
花宵には霊力が無い。異能もない。
霊力も異能もない人間は、少なくとも、花宵が末理と出会うまで、存在が許されるはずのないものとして花宵は認識していた。
霊力や異能を持つということがどういうことなのか、
本当のところ自分は理解できてない、これからも理解することが出来ないのでは。そうした不安が滲むが、それでも花宵にとっては、霊力や異能を持つということは大きなことだった。
それを、ある日突然手放す人間が現れることも、妹がそうすることも、想像できなかった。
最悪を想像することは日常であり、花宵が最も手軽に即座にできることだったのに。
なのに五年ほど前、妹が霊力を手放すという事象が、まるで花宵の意表を突くように起きたのだ。




