因縁のミステリー
水社パパに露骨に線を引かれた熾窪に対し、加寿は水社家を離れ車に戻ると、すぐ「お腹すきません?」と調子を取り戻した。
「せっかくですし良いところで食べましょうよ。末理さんどこがいいとか希望あります? 帝都の食事処は末理さんのほうが詳しいですよね? おすすめありません? 教えてくださいよ」
ぽんぽん、と加寿は助手席に促してくる。熾窪は若干憔悴していて、加寿が熾窪に気を遣っているのか欲一本なのか分かりづらい。私は熾窪に配慮して助手席に座った。
どこが美味しいと言われても、屯所の食堂でいいだろとしか思えない。
ほかの美味しい外食に関しては、水社家で行ったところになるので、一緒に行きたくありません。枯賀家で行ったところが候補に上がりますが、加寿との思い出が追加されてしまえば最早忌み地になるので、行きたくありません。そこら辺の土手で木の実食います──と、答えたいところだが熾窪を巻き込むことになるので、私は加寿が食事中話しかけてこないよう、指を差し港付近にある中華屋に誘導した。
大正明治昭和を行ったり来たりしている千年桜は恋と咲くには、二種類の中華屋がある。お姉様に恋をする中華ファンタジーマフィアが食事をしているタイプの高級な中華屋と、そういうのが一切来ない、飯食ったらさっさと出ていけの庶民的な町中華。こちらは後者だ。
中に入ると真顔の店主が「何人」と炒飯を炒めながら声をかけてくる。三本指を示すと、「奥」とテーブル席に促された。ブラウン調の合板の壁にザラザラした人工大理石の床。テーブルもパイプ椅子もくすんだ赤がベースの店内を進んでいき着席すると、奥から女性店員が水の入ったグラスを三つ持って出てきて、メニューをテーブルの真ん中にドサッと置くと、グラスを並べどぼどぼどぼどぼどぼっと水をそそぐ。中々の勢いでこちらに水がはねてくるが、「おひやー」と声をかけたほかの客にも同じ調子だ
加寿は「何にしよう」と明らかにベタついているメニューを開く。こういう奴だから汚がりそうなのに、そういうそぶりがない。熾窪のほうが店の雰囲気に圧倒されていた。カウンターには一人の男性客が並び、カツカツとレンゲの音を響かせながら炒飯をかきこんだり、ゾゾ、ゾゾ―ッとラーメンをすすっている。女性客は私だけだ。
「末理さん決まりました?」
加寿の質問に私は頷く。熾窪は熟考していた。どうやら加寿はもう決まっているらしく、店員や客の動きを見て暇を持て余している。
「終わった」
しばらくして熾窪が呟く。私は店員の動きを注視し、料理の配膳が止まり店員がこちらを見たタイミングで目を合わせ、会釈した。店員はスッとこちらのテーブルにやってくる。
私はもう一度会釈して、五目あんかけ麺を指さし、指を一本立てた。そして加寿に振る。
「俺はラーメンと半炒飯と餃子で……ラーメンネギ抜きって出来ます?」
加寿の質問に店員は特に感情を動かす素振りもなく、四回ほど頷く。
「じゃあネギ抜きで、熾窪さんは」
「この……牛バラ角煮かけご飯……? と、水餃子で」
加寿が注文すると、店員はその場で店主に向かって何らかの省略言語を呪文のように唱えた後、メニューを回収していった。その後は、客の空いたグラスを見つけては、どぼぼぼぼぼっと無言で水を注いでいく。どうやら水のいらない人間は、自分のほうに寄せ物理的に何があっても入れられないようにしている。
水が欲しい客はテーブルのはじに寄せているらしい。待ちきれず声をかける人間もいるけど、基本は店員が定期的に巡回しているみたいだ。年齢層は三十代から五十代が多いけれど、七十歳、八十歳くらいの一人客がスープに炒飯を浸しながら食べていたり、新聞を読みながら料理が来るのを待っていたり自由に過ごしている。
「よく来られるんですか? こういうお店」
加寿が声をかけてきた。私は首を横に振る。初めてだ。局員同士の話を立ち聞きして知っているだけ。「えー来たことなかったんですね、へへ」と加寿は笑う。熾窪は相変わらず周囲の様子をうかがうようにしていた。店内ではジャアアアと高温の油で何かを炒める音、鉄鍋が玉杓子とカツカツぶつかる音が響く。
「そういうえば皇都からやってきたあやかしなんですけど、あれ、帝都のご令嬢があやかしと結託してるみたいなんですよね。美浜っていう。末理さん調査に参加されてましたよね?」
加寿がこちらを試すように見た。
美浜の娘。
半年以上前、背中に三本爪が刻まれ殺される事件が発生した。犯人は千年桜は恋と咲くにおいて、三妖士と呼ばれ暗天妖王に使える、四天王の三体バージョンの一体、猫又である。
猫又は人間を殺して喰らうのではなく殺すことそのものを趣味とする、快楽殺人鬼に近い気質を持ち事件を起こしていたが、美浜という娘は猫又の模倣殺人を行うことで、恋をしていた軍人と会えるよう仕向けた。
その相手が、水社一心だ。
最終的に美浜の娘は猫又に襲撃され罪を暴かれ、クラスメイトを人質にとったあと軍に身柄を拘束された。そのまま投獄されたようだが……。
「美浜っていう娘、脱獄したそうで。猫又ってあやかしが美浜の娘をどうにかして、擬態してる可能性があるとか。可能性どうこう以前に、報告では美浜のご令嬢の顔をしていたってことで、そうだろうなって感じですけど」
軍は謎の花嫁姿のあやかしが、美浜の娘および猫又の顔を持つことも把握済みらしい。町で派手に暴れているし、特に駅のそばや大通りは、式神による防犯カメラのようなシステムが構築されている。変な話、猫又の連続殺人の調査が難航したのは人気のない場所だったので、今回は情報量が全く違う。
しかし、情報が揃いやすいのは調査の進展に直結するが、猫又みたいな相手の場合、犯行が過激になっている、エスカレートしているともいえるわけで。
「そこでなんですけど、一緒に調査しません?」
加寿は私の顔をのぞきこんだ。




