水社家の責務
「彼女は自分の霊力全てをミヤシロ神に捧げてしまった」
しばしの沈黙を経て、水社パパは告げた。とんでもなくシリアスな空気に包まれている。
「霊力のすべてを?」
加寿が声を漏らす。愕然とした顔で私を見た。ハードボイルド気取り熾窪も目を見開いている。
「三年目を覚まさなかったんです。本来ならば、あってはならないことだ。生きて、こうして意識があること自体、奇跡です」
軍では水社一心がいたし、あんまり考えないようにしているけど、私の「全霊力他者注ぎ」というのはかなり危険な行為である。というか、本来やってはいけないことだ。そのため水社ママも少しずつ霊力を注いでいた。それでも、千年桜は恋と咲くのシナリオの中では最終的に死んでしまった可能性が高く、私のしたことがいかに「やっちゃいけないこと」かの証明になり、水社一心のそばで考えるのは気まずさこの上ないので、無を貫いていた。
そのまま死んでもおかしくない。死なずとも一生目を覚まさないまま。ある日突然死ぬ。起きたとしても意思疎通が出来るかどうか分からない。私はそういう状態だったらしい。
千年桜は恋と咲くで、お姉様は他者に霊力を分けていた。その後、他者に渡した分、回復していた。私はお姉様ではないので回復せずあげたきりになる程度のイメージだったが、相当危なかったわけで。
それでも水社家が私の軍入りを妨害しなかったのは、九死に一生を得た人間の「やりたい」を応援したいと考えてのことだろう。軍入りを志願した時、二人ともいい顔はしていなかった。賛成も反対も口にしていなかったけど、表情だけは、凄く複雑そうだった。軍入りを断念することを期待する雰囲気もあった。
その後、水社一心が軍入りした。
戦闘経験もないクソおぼっちゃまの癖に。
こいつのこと袋叩きにして実家に送り返そうか。
軍で過ごす水社一心を見ていて、たびたび考える。実行しないのは、そんなことしたら水社一心が私のことを道連れにしてきそうという警戒によるものか、傷つけることにためらいがあるのかは分からない。区別できない。
「ミヤシロ様は、弱っていました。人々の暮らしが豊かになるにつれ、水は大事な資源ではなくあって当たり前のものになってしまった。時代と共にありがたみは薄れ、ミヤシロ様を認識するのは、高齢の方か、高い霊力を持つ限られた者たちだけになった。そこに、先代の保身が重なった」
水社パパが目を閉じた。
「代々、水社の人間はその霊力の一部をミヤシロ様に捧げるのが習わしです。子を産み次期当主を育んでから、数年捧げる。万が一があってもいいように。ほかの家は霊力や異能を次に繋げるために血を育みますが、水社が血を次に繋げる理由は違う。犠牲を水社のみに留める為なので」
「ほかの……人間から、霊力を捧げさせないため、ですか。水社家の霊力じゃないと駄目という……?」
熾窪が訊ねる。水社パパが首を横に振った。
「水社以外の人間がミヤシロ様に霊力を捧げるとしたら、その者をどういう基準で選ぶか、という話になります。貴方なら、どんな人間を選びますか」
「……霊力が高い人間ではないでしょうか」
「あやかしがいるのに?」
水社パパは即座に聞き返した。
「あやかしがいる以上、高い霊力を持つ者は重宝されます。霊力の高い人間はあやかしに対抗しうる。あなた方も身に覚えがあるでしょう? 高い霊力をお持ちのようだ」
確かに、霊力が高い人間は重宝される。大切にされる。そして、そうでないものは。
千年桜は恋と咲くで霊力や異能が無い人間がいかにひどい目に遭うか、繰り返し描写されていた。
それらはお姉様の価値観に、色濃い影響をのこしている。
「水社家以外から霊力を捧げる人間を選定すれば、生まれるのは霊力や異能の優劣による、排除です。水社家の祖は、それを防ぐため、自らの血縁に限定した。しかし私の前の代、その前と……しばらくの間、先送りが起きました。元はその前の代で、霊力を捧げたことで問題が生じたものが現れ……先ほどお話した承認の件もあり、結果的に、私の代で相当な霊力が必要になりました」
水社パパは視線を落とした。つまり水社パパの父親や祖父、曾祖父くらいの代で霊力を捧げるターンをスキップさせ、ついでに水道等の発展で承認パワーも減り、大枯渇状態となったということだ。
「ミヤシロ神は限界でした。弱っていることもそうですが、なにより、何者かを犠牲にして霊力で永らえることに、心を痛め、壊れかけていた。繰り返しになっていた。弱り、犠牲を経て、そのことに傷つき弱る……」
確かに、ミヤシロサマは当初弱っていた。生贄くださいじゃなく、負い目の塊……神様らしさは、口調だけだった。
「私は、結婚する気はなかった。私で水社の血を閉じる気でした。私の命を捧げ……しかし、妻と出会い、予定に狂いが生じた」
水社パパは複雑そうに話す。加寿が「失礼ですが……政略によるもの、です……か?」と訊ねた。先ほどから薄々感じていたけど、皇都二人、水社ママを相手にしていた時より若干緊張がゆるんでいる。水社ママに対しては、不審者対応でもしてそうな顔だったのに。
「政略ですらない。彼女の家は知っての通り、異能を持たない。彼女を欲する家は多かった。水社家を選ぶ必要なんて無かった」
「そんなことはないでしょうっ‼」
熾窪が声を荒げた。
「水社家はこの国で重要な家の一つです。水社家の当主様がそんなことを言ってしまっては……ほかの家々は……」
「謙遜しているつもりはありませんよ。ただ、代償が大きすぎるでしょう。しかし彼女は……私の妻になることを選んでしまった。私がすべての霊力を捧げるはずだったのに、息子を産み、ミヤシロ神に無理やり霊力を捧げ……今度は彼女が現れました」
水社パパが私を見る。
「そういう流れです。なので、貴方が何を期待しているのかは知りませんが、ミヤシロ神や彼女が、その期待に応えるようなことを望まないでください」
水社パパはキッパリと告げる。熾窪は遠い目をしたあと「当然だと思います」と他人事のように返す。その姿は、模範解答を自動で答えているみたいだった。




