ビジネスお姉様
水社家は、水社家の神社と、水社家の住むハウスに分かれている。
その神社と水社家を漢字の「日」の字型に囲うように外壁があり、日の字の真ん中の横棒がハウスと神社を区切っている門で、最上部と最下部の横棒もそれぞれの門である。
旅行番組的な映像イメージだと、近所の人間が水社家に入るには、水社家の神社から神社の本殿の裏手の門から突入、そこからミヤシロ様が住んでいる祠の浮かぶ池をどえらく迂回して、水社ハウスに訪問する。
もしくは、裏門と呼ばれる水社ハウスの裏口に繋がる場所から訪問する。この二択だ。
そして今回、軍用車は神社ルートを選択した。普通に裏門から入ればいいのに。
車を傍の駐車場に停めると、熾窪は札を三枚取り出した。加寿が一枚受け取り、自分の胸に当てる。何してんだろうと思えば、「浄化の札だ」と熾窪が私にかざした。浄化されちゃう。
「参拝の清めの前に、念のためってことですよ。相手はミヤシロ神ですからね」
加寿が補足する。皇都二人組は千年桜は恋と咲くにおいて、二人が敬う、誰かに敬意を持つ場面を見たことが無い。お姉様に対しては、あくまで少女漫画のヒーロー仕草というか、「大事なプリンセス」として扱うことは性格的にも無い。
お姉様が三百年前のすごいお人の生まれ変わりであることは、皇龍清明様と周囲の神様キャラしか知らないし、皇龍清明様も言わないので、なあなあだったし……。それにミヤシロ様、おそらく、シナリオだと……そこまで考えてやめた。この位置だとミヤシロ様に聞こえてるかもしれないし。
とりあえず私は二人の言うことを聞き、自分に札を当てた。札は発光するが、正直、実感はない。そのまま神社の参拝客に倣って清め、神社に参拝しようとすると──、
「あら末理ちゃんどうしたの~巡回?」
巫女服の水社ママがほうきを片手に神社そばの売店の前に立っていた。
「え……」
皇都二人が言葉を失う。
「皇都の軍服? 末理ちゃん皇都の軍人さんの案内してるの? すごいわねえ、どうも、初めまして、水社志歩と申します。末理ちゃんとは苗字が違うけれど、母です~」
水社ママは挨拶をするが、二人は止まったままだった。
「あ、えっと、か、加寿です。すみません。あの、まさか、こちらにいらっしゃるとは……えっと、あの、こ、こちらの建物は……」
女なら誰に対しても問題なく接することが出来るはずの加寿がしどろもどろだった。設定はどうした。女好き、女に目が無い、女たらしとアニメ、コミカライズ、ノベルの人物紹介で全部書かれていたお前はどこ行った。人妻でも関係ないくせになんなんだと思っていれば、水社ママが「ここ?」と自分の後ろを振り返る。
「ここは売店。お守りとか、あとミヤシロ様のぬいぐるみとか、お饅頭とか、筆を売ってるの。あと、最近は帳面とかも始めて……」
「みみみ、ミヤシロ神の文房具を⁉」
熾窪がやっと声を発した。ハードボイルド気取り設定が完全に抜け落ちてる。
「そうよ~可愛いの。見てみて。もう一人、娘がいてね、末理ちゃんのお姉さんなんだけど、そっちの娘はこういう経営を頑張っててね、今、お仕事でちょっといないんだけど……」
年末年始の休みに、水社家に帰省し驚いたが、水社家にこうして売店が出来ていたのだ。元々お守りは細々売っていたが、ほぼ無人販売に近かった。しかし、ミヤシロ様まんじゅうといった商品開発が進んだことで、各商品を作っている店舗での商品の置き場の問題が出てきたこと、ミヤシロ様目当てで商品を買う人間が、その店舗について知る動線が少ない問題が重なり、売店の増築に至ったらしい。売店の傍にはミヤシロ様に関する新商品についての掲示板が設けられ、和菓子屋や洋菓子屋への経路案内も載っている。
町おこしみたいになっていた。
お姉様、皇龍清明様関連の恋愛ごと、全部そっちのけて、内政もの街道まっしぐらだった。別の小説の主人公をしてるのではないかと思うくらい、経営手腕を発揮していた。
しかもお姉様の経営は、現代知識を活用、奇抜な発想といった、内政ものにある武器ではなく、「気にしい」「繊細」という気質による手腕。「広告で売り上げを伸ばそう‼」ではなく「情報がいきわたっているか心配」という不安が原動力なので、正直今後どうなるのか、想像が全くできない。
そして良かった。今お姉様がお仕事中なら、加寿と会わずに済む。
「じゃあ、えっと、後で買わせていただきます」
「ありがとう。でも、買い占めないでね、他にも欲しいって人はいっぱいいるから」
水社ママは笑みを浮かべた。どうやら加寿は本気でミヤシロ様の品物を買おうとしているらしい。水社家に取り入るためではないとなると……皇都でのミヤシロ様人気はすごい……尊敬の対象なのだろうか。加寿も、水社ママをどこか恐れているようだし……。
「それで今日は……どんな御用? なにかあったわけではなさそうだけど……」
水社ママの異能は嗅覚で人の感情を悟ることだ。どの程度の精度かは分からない。というか、熾窪や異能無しながら目に見えて分かるドラゴニックファイナルクラッシュを放つ皇龍清明様相手ならまだしも、他人の異能の威力は……正直分からない。戦闘中に解説するキャラに転生していたら、分かっていたかもしれないけど。
「ミヤシロ様にお会い出来たらと……」
「ああ、是非是非。本殿の裏に門があるから、そこで鈴鳴らしてくれれば、水社家当主がご案内をさせていただきますので……なんて、うちの人、今ちょうど池の掃除してるし」
「池の掃除……」
熾窪が目を丸くした。
水社ママはいたずらっぽく笑う。水社パパはよく掃除している。水社一心が「俺は一人……」と言って透明化していたスケルトンおじいは、「修繕」と、パパと交代で宮司をしているので、多分今、神社ではおじいが宮司をしているのだろう。
「場所は末理さんが分かってるから、末理さんに案内してもらえば大丈夫だから」
水社ママは気さくに話しかける。
私の娘。
そういう感情を、前世込みで受けたことが無かった。
だからか戸惑う。嫌な意味ではない。身の丈に合わない、決して壊してはならないものを受け取ってどうしていいか分からない感じ。
私は水社ママに会釈して、通用門に向かった。




