抜刀未遂
翌朝、従来通り私は管理局に向かった。最悪な気持ちで。
理由は加寿である。あんな人間をお姉様に近づけるわけにはいかないし、現時点で皇龍清明様とお姉様の接触は「見合いした女の姉」という何とも複雑な状況だ。皇龍清明様はすでにお姉様を見て三百年前のお姉様の生まれ変わりであると認識しているが、お姉様からすれば「妹の見合い相手」なので、ほぼ昼ドラ。そこに酒ェ! 女ァ‼ で千年桜は恋と咲くの時点でほぼ既婚状態のお姉様にもアタックしていた加寿が混ざればどうなるか分からない。お姉様は今、フリーだから。
そして加寿は枯賀末理の顔がタイプ。
私がお姉様をお守りするために水社家に同行した場合、なんやかんやお姉様と加寿の接点が増える。同行しなかった場合、なにされるか分からない。結局致死率100%、どっちを選んでも死ぬ毒の二択を選ばされているみたいな気持ちになる。最悪ですねー。
そしてどんなに最悪でも、仕事はしなきゃいけないんですねー。
とりあえず管理局の仕事を先だって進めていれば、福野さんが出勤してきた。
「おはようございます」
といつも通りの調子で挨拶があり、私は会釈で返す。福野さんは自分の机にある短足動物の置物を布巾で拭き、着席した。いつもの福野さんのモーニングルーティーンだ。
その後、富山局長が入ってきた。
「おはよう福野くん枯賀さん」
「はようございまー……」
福野さんの挨拶が崩れる。
私は福野さんにしたように会釈で返した。
「枯賀さん、昨日大変だったみたいだね、上で伊能くんにバッタリ会ってさ、皇都の人来てたんでしょ」
どうやら伊能局長が富山局長に話をしてくれたらしい。バッタリというが……本当にバッタリだろうか?
事前に説明してくれた可能性も……考え過ぎだろうか。
私はひとまず大きく頷いた。すると、「おはようございまーす」と真原さんが入ってきた。今日はいつもより早い。何があったんだろう。
「どうしたの真原くん、寝違えた?」
富山局長がすぐに真原さんに声をかけた。真原さんは「完全に首もってかれて……」と自分の席に着き、「もう首、これで固定ですわ」と身体を斜めに俯いた姿勢で固定した。
「枕替えてもらうって言ってなかった?」
「業者変わって次の枕から新しなった聞いて、自分で直そ思うたら、そば殻がなんかちゃうやつで、聞いたら、そば殻特別なやつらしくて、もうそれなら仕方ないわって新しいのにしたらこれ」
真原さんはぐったりしている。「悪いですけど今日一日これで話聞かせてもらいまわすわ」とうつむいたまま言った。
「痛そう。なんか、ぐきって思い切り逆に曲げたら治らないんですか」
「死ぬ」
福野さんの質問に真原さんが即答した。
「死なない程度に」
福野さんは真原さんに近づこうとするが「したら殺すぞ」と真原さんは聞いたこともない低い声で拒否した。
「それよか昨日あやかしのでかいのが出たらしいて、上の奴ら話ししてましたよ。皇都の奴らが倒したとか、枯賀、見に来た奴らとちゃうんですか」
「うん……そうみたいでさ、伊能くんも言ってて」
富山局長が頷く。
「誰が来たか分からんのですか」
真原さんが訊ねる。おそらく真原さんは私が皇都の人間と会ったことまでは知らないのだろう「熾窪さんって人と、加寿さんって人」と富山局長が伝えると、「熾窪⁉」と真原さんが目を丸くした。福野さんが「そんな有名な人なんですか」と、あんまり関心がなさそうに聞いた。
「熾窪て皇都で知らん奴はおらん神社や。お宮参りも初詣もそこ行け言うて有名なところやし……帝都でも名は知れ……知れとりますよね?」
真原さんは途中で不安になったようで、富山局長と私の顔を見た。
富山局長が「観光名所でも有名だよね」と真原さんを肯定し、私も頷く。
千年桜は恋と咲くの知識が無くても、この国で熾窪という名前は大体の人間が「聞いたことあるな」程度の認識はうっすらある。前世で例えるなら、初詣をいっさいしない人間も、神社といえばと聞かれ、考えぬいた末になんとかひねり出てくる有名神社三選のうちのひとつになる。
「本とかの舞台にも何べんもなっとるし、神社の類の絵も何もかも全部あっこやん。お前、ずっと罰あたるやん。神様信じとらんとか嫌っとるとかじゃないと逆に怖いで」
「信じてないとか嫌ってるとかはないですよ。ミヤシロ神関係なく」
「なんでおまえそこでミヤシロサマの名前出すん」
「あんなかわいいのいないし」
福野さんが即答する。
「お前かわいいで神様区別すなや」
「神様は人間にかわいいと思われようが可愛くないと思われようが気にしないでしょう。神様なんだから」
福野さん論理はもっともだが、ミヤシロサマは気にしそう。可愛いと言われることが絶妙に不本意そう……というか福野さんに可愛いと言われることに怯えそう。
「熾窪神社の神様は確かに、そういう感じじゃないかもね」
富山局長がフォローする。確かに熾窪神社の神様はそんな感じじゃない。
ミヤシロサマみたいなフォルムで出てこないし、あくまで人間のほうの熾窪のバフとして機能する。
「何の神様なんですか」
「火の神様だよ」
「料理?」
「清め火」
福野さんの疑問に富山局長が冷静に訂正する。
熾窪神社の神様は火の神様で、悪いものを祓い清めるものだ。熾窪が札を多用した戦い方をしていたが、あいつの異能は発火。ただ民家や帝都の中で軽く使うような規模ではなく、広い土地であやかしの大群を焼き尽くす寄りの威力なので、札で戦っている。
「真原くんさ、加寿さんと熾窪さんの二人のこと知ってる?」
「どんな奴かまでは何も分からへんですわ。二人とも水社少尉みたいに出世組で、部隊も違うし、元々皇都は帝都と軍の体系も全然違いますからね、今あの二人帝直系組やないですか」
そう。真原さんの言う通り西の皇都とこの帝都では軍事の体系が異なる。皇都には帝がいることから、皇宮庁と呼ばれる帝専門の部門があり、熾窪も加寿もそこに所属している。
前世で例えるなら、海外の刑事ドラマにある特別チーム、もしくはなんだかすごいことしか分からない、創作部署である。日本の場合は、おとり捜査も潜入捜査もするし、ショットガンも撃っちゃう警察チームみたいなものだ。
「向こうは僕んこと、知らんですよ。年もあっち下で、住む世界も完全にちゃう、熾窪なんか、男兄弟しかおらんて有名やし」
真原さんは俯きながら言う。福野さんは「うち一人っ子です」と謎申告をした。
「知っとるけど」
「そうですか」
「お前ずっと怖いわ。今日、首痛いし、お前の怖さが来るわ今日」
「へえ」
真原さんの言葉を受け、福野さんが本当にぼーっとした返事をした。
要するに、真原さんは熾窪や加寿と面識がほぼない……。
逆はどうなんだろうなと考えていれば、「どうも~」と声がかかる。
反射で抜刀しそうになって耐えていれば、加寿と熾窪が入ってきた。




