もう来ない
「殺すからな」
相模局長を寝室で寝かせた後、私は郷田から脅迫を受けた。
「俺について詮索したり、言いふらしたら、その話の出どころはすぐにわかる」
郷田は私を睨みつけてくる。水社一心への脅迫も兼ねているのだろう。水社一心は上司だろうがと物理的な反論をしたくなるが耐えた。私も逆ならそうする。あれこれ言いふらされたり、そういうことをして苦労してきた人というレッテルを貼られたくない。だって得がないから。正当な抗議でも、あの人は苦労しているからつい当たってくる人間だと決めつけられたくない。前世でいた。支配的な相手に対して抗議したら、まだ私の来歴も何も知らないのに「なにか不幸があったのかと思って~」と、自分は導く側だと信じてやまない気持ち悪い人間が。今世でも私の中に死んでほしいと憎悪がある。他人の思考すら自分の思いたい状況に捻じ曲げ自己演出に使う人間はいるので、そういうのへの牽制は、こういう殺意の発信になる。
私は頷くことはなく、郷田を見返すにとどめた。
「相模局長については、こちらでやっておきますので、どうぞ、その女のご送迎は水社少尉にお任せします」
そして郷田は吐き捨てるように水社一心に振り向いた。
「悪いな」
水社一心は郷田の敵意や攻撃的な口調を一切気にしてない調子だ。
食事が終わった食器は、洗っておいた。相模局長は洗い方にこだわりがありそうだが、水社一心は陶磁器に詳しい。どれをどういう風に洗うかは水社一心が主導しており、おそらく食器を傷めるようなことはないと思う。
そして二人で、女子寮に向かう。男子寮を出てすぐここでいいと心の中で伝えたが無視された。
結果的にこうして水社一心の隣を歩いている。
何も話してこないので、丁度いいと私は郷田のことを考え始める。
水社一心が、自分に反抗的な郷田を静観している理由。
郷田の思考を読んでいたからだ。おそらく郷田は私と似たような価値観を持っている。郷田そのものに同情している可能性もあるし、思考してない時の郷田の考えや想いは、下手すれば私の思考を読んだうえでの想像で、より精度を上げている可能性もある。
多分、郷田の思考から私の思考を推察することもできるだろう。私が千年桜は恋と咲くの相模局長と皇龍清明様を類型としながらも、各々の違いから想像するように。
私も郷田と、似たような考えを持っているから。
「お前がそう思うならそうなんじゃないか」
水社一心は否定しなかった。前のこいつなら、多分誰かの思考を読み取り別の誰かの思考と比較して……なんてことしなかっただろう。誰かを利用するみたい、なんて言って。
でも、生きていくうえで「この人とのやりとりはこうだった」「この人はあの人に似てる」「同じことが起きるかも」と感じることは、多かれ少なかれある。そういうところに、水社一心は折り合いをつけ始めたのかもしれない。
「俺の話はいいよ」
水社一心は落ち着いた調子で話を終えようとする。
「お前の話のほうがいい」
私の話ってなんだよ。鵺のことを隠してたみたいに、千年桜は恋と咲くで隠していることがあるんじゃないかとか、そういう話か? だとしたら無いが。
「そういうのじゃない。もっと建設的な話だ」
建設的ってなんだよ。
「……母親」
水社一心はぼそっと呟く。ああ、と察した。今日のお昼に水社夫人の話をした。その記憶の断片が漏れ出て読まれたのだろう。
「母上も、父上も、やがて老いるだろう。そうしたら、海に近い静養所で、過ごされる予定だ。元々……水社家は、そういう定めだから。静養所は、特殊で……生活を支える人間が、複数いる。俺も、老人になって、自分の世話が自分でできなくなれば、そうなる」
水社一心は独り言のように話す。返答を切り捨てているというより、心にある一文を読み上げているようだった。
「前世のお前の死因に近い生活は、もう、来ない」
振り向くと、水社一心は真っすぐ私を見つめていた。こいつはずっとそのことを考えていたのか。
「水社の静養所は、もとからある。ミヤシロ様は霊力なくして、存在できないほど弱っていたが、民から少しずつ得る程度では到底、まかなえるものではなかった。それに、並みの人間が霊力を捧げれば、身体に強い影響が発生する」
霊力は、身体機能に密接に関わっている。
主に神経と前世で言えばホルモンに影響する。そこに何かあれば自律神経の乱れに繋がり、その逆もしかり。
そうして男女問わず身体の不調が発生しやすくなるわけだが、その影響関係に霊力も追加されるのだ。霊力が乱れればホルモンか自律神経に影響する。その逆もありで。
霊力譲渡なんてものはもっての外であり、一人一人霊力を最大まで溜められる器も違う。過剰に注がれても身体に毒。微量だろうが勝手に抜かれても死ぬ。
長期的に自律神経やホルモンが乱れれば、身体に影響をもたらす。
「だからだ。代々水社家はミヤシロ様のために命を捧げてきた。跡継ぎを設け、時期を見てミヤシロ様に霊力を捧げる」
そして、おそらく人より早く、身体が弱るか、認知機能に衰えが出る。ゆえの静養所だろう。
「隔離のためでもある。衰えた姿を、水社を信仰する人間に見られたくないというのが、先祖の考えだ。そこに、母上が現れたらしい。父上は、結婚する気は無かったようだが、まぁ。そして母上は……自分の代で決着をつけようとした」
水社夫人は膨大な霊力を持っている、皇都でも有名な存在だった。ならば、自分の代ですべて霊力を注ぎ、終わらせようとしたのだろう。千年桜は恋と咲くでも、多分、ミヤシロ様の霊力供給そのものは終わったのかもしれない。ただ、千年桜は恋と咲くでミヤシロ様が一切でなかったこと、夫妻との関係性が強く疑われるあやかしが出ていたことから、幸せな終わり方とは違っていた。




