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悪役義妹がお姉様の溺愛結婚を壊すまで  作者: 稲井田そう
第十一章お姉様に惚れる人気キャラ
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郷田の過去

『先輩に褒められたくて、追いつきたくて頑張った結果、出世争いで勝ってしまい先輩を地下に追いやって、先輩が自分に助けを求めてくれないかと、二次会のたびに咽び泣く……』


 かつて伊能局長が相模局長について話していた。私は、相模長が富山局長に固執していると考えていたが、本当に気にする情報は末尾──二次会のたびに咽び泣くという点にあったかもしれない。


「う……ひっ……う……ひっ」


 相模局長が自室で泣く。食事の半ばで不安は感じていた。富山局長や伊能局長を褒めながら、めちゃめちゃ勢いよくおかわりをしていたからだ。同局の郷田、心が読める水社一心が止めていたが、「酔うまで飲むわけないだろ」と一蹴していた相模局長はこのありさまである。


「僕は、料理……出来るようになったんだ。伊能と違って……富山さんに、作ろうと思って……そしたら、全部なくなっちゃった」


 相模局長がしおれている。泣き上戸とはこういう人間のことを言うのだろうか。しかも一人称が僕に変わっている。変遷から推察するに、普段の「私」は相模局長の局長モード、「俺」は一応の外面が保たれたもので、心の奥底──本音は「僕」なのかもしれない。


「なにがいけなかったんだろう」


 そして相模局長はボロボロ泣く。郷田は先ほどから相模局長の背中を無言でさすっていた。


「郷田は、料理する?」


「軍に入ってからは一切してないですね」


「じゃあしてたの」


「まぁ」


「何作れる?」


「局長が想像するものは何も。嚥下食しか作れないんで」


 郷田は相模局長の言葉に対し、そっけなく返した。


 相模局長は「えんげ?」と目を丸くする。


「相模局長は今の段階では関係ないものです」


 嚥下食は、主に噛む、飲み込む力が弱まり、そうでない食事だと詰まりやすい人間のため、刻んだり、舌で潰せる固さに柔らかくした食事のことである。


 主に介護で用いられるものだ。郷田はすべてを諦めたような目でこちらを一瞥して、相模局長の背をさする。郷田がお姉様を管理局まで案内した時、妙に手馴れていた。エスコートではなく、介助の方面で。


「郷田は、大丈夫だったか」


 相模局長は泣きながら酒を飲もうとするが、「こっちのが美味しいですよ」と郷田は自分の空にしていた湯呑に麦茶を注ぎ、相模局長に飲ませる。


「大丈夫だったか、郷田」


「何がですか」


「料理なんてって、言われなかったか」


 相模局長は郷田を案じているらしい。局長は料理なんて下々の者がするという価値観のもと育ち、料理の技術をここまで磨き上げたならば、そこそこ嫌な目にはあったのだろう。


「別に、逆にしないと駄目だったんで。俺が作らなきゃ、餓死するので」


「親御さん?」


「親はいないです。普通に、祖父母ですよ。もう死にましたけど」


「そうかぁ」


 相模局長は酩酊状態なのか、のんびりした調子だった。多分素面なら聞いていなかっただろう。


「大変だな」


「はい。大変でしたよ。家そのものも、貧しかったので」


 郷田は何の感情も伴わない相槌をうった。多分、こいつは私と一緒だ。金銭的に問題があり、さらに家庭の問題が降りかかる。


 だからか。


 うっすらと、曖昧に見えていたものが、輪郭を帯びる。


 郷田が真原さんに対しては敬意を持つ理由。


 私と水社一心、福野さんを目の敵にする、謎の判定ライン。


 家だ。


 真原さんは家にずっとお金を入れている。福野さんは自分の家について触れないが、金持ちの真似事をしたがるといった評価を自分の家にしていた。かたや枯賀家と水社家は、金持ちの部類に入る。相模局長の貴族の話で反応が薄かったのも、そういう理由だろう。


 ようするに郷田の見えてる範囲で、郷田が苦労していないと感じている相手が、郷田の敵視ラインに引っかかるのだ。


 だって私がそうだから。


 前世、恵まれて見える人間全員、嫌いだった。恵まれて見える人間だって努力しているとか、成功者が努力について触れるたび死んでほしかった。だって生まれたときからスタートラインが違うから。努力でカバーできるものと、絶対にどうにもできないものがあって、たまたま運が良く努力でカバーできる立ち位置でいられたのに、やれ「自分は才能なんてないけど周りの人に恵まれて」とか「努力は裏切らないので、自分に出来ることをするのみ」なんて言い出す人間全員嫌いだった。自分はただただいい位置にいて成功まで得られたのに、自分は努力してるという承認までさらに欲する気持ち悪さ。本当に嫌いだった。


「郷田、今は幸せか」


 相模局長が泣きながら聞く。


「三食あるし、盗んだとか出ていけとか下の始末が出来ない人間に怒鳴られたりしないので、楽です。正直、こういうこと言うと罰当たりとか恩知らずとか言われそうですけどね」


 郷田は答える。相模局長はなんて答えるか様子をうかがえば、熟睡していた。



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― 新着の感想 ―
「私は、相模局長が伊能局長に固執していると考えていたが」すみません、ここ富山局長でしょうか?お疲れ様です。
相模局長に食事に誘われて自室で手料理の時点でおやおや?って思っていたけど、酒飲み潰れて部下の前で泣き崩れるなんてまさかの展開すぎておもしろい。郷田は苦労人だったんだね。泣き崩れる上司の面倒なんて普通は…
郷田は、認知症が進んだ祖父母に罵倒されながら、嚥下食を作って移動を介助して下の世話まで一人でやってたのか。 前世の末理と同じ様に。 でも、その後の選択は異なる。 自分と似た境遇で自分とは違う選択をし…
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