相模局長の丁寧な暮らし
「出来た」
相模局長が配膳する。盛り付けが始まった段階で郷田が「運ぶのは」と様子をうかがったが、「座っていてほしい」との一言で相模局長の配膳が確定した。
「厚揚げと豚のこまぎれ、長ネギ、茄子の味噌炒めだ」
ゴトンと大皿が机の真ん中に置かれる。
炒め物の上にはたっぷりの刻んだ大葉と胡麻がかかっていた。豚こまの油が溶けた味噌ダレを纏っているのは、短冊状に切った厚揚げに、しんなりしたネギと茄子だ。
「こちらは人参と白菜の煮びたし」
そして厚揚げのみそ炒めの左右には、千切りにした人参と白菜を白出汁仕立てで煮たものが並ぶ。白菜はよく出汁を吸っているのかうっすら繊維が透けていて、人参も柔らかそうだった。
「ポテトサラダのきゅうりは、少し違うかもしれないが」
局長はみじん切りにした玉ねぎときゅうり、ふかしたジャガイモをマヨネーズで合えていた。そして──、
「ぬか漬け、ですよね」
郷田が呟く。
確かに局長は調理中、甕と呼ばれるツボの様な陶器をごそごそしていた。
「ああ。野菜も足が長かろうが、あやかしの出現があれば関係ないからな」
相模局長は白米が盛りつけられた茶碗を四人分並べたあと、台所に戻り、下の棚を開き、瓶を取り出した。硝子の向こうにはよく浸かった梅が見える。
「郷田、お前、飲むか」
「すみません、いただきます」
郷田はかしこまる。
「お前らは麦茶でいいな」と相模局長は温かい麦茶の入った湯呑を置いた。水社一心が「ありがとうございます、いただきます」と礼を言い、私も会釈で礼を伝える。
湯呑も……食器もだが、料亭にありそうな高級品ではないが、陶器も箸も統一感や色味、季節のあしらいを大事にしているようなこだわりを感じた。
相模局長は台所に戻り、梅の瓶をゆする。
「料理、お好きなんですか」
水社一心が相模局長に質問した。心が読めるのでどう思っているかなんてすぐ分かるだろうが、水社一心は読み取りを前提としない。盗み聞きでフェアじゃないと感じているからだ。原作の知識でどういう行動原理なのかは薄々分かるけど、こうして水社一心の他人のコミュニケーションを見ると、それがハッキリわかる。
「軍に入ってからだ」
そして相模局長も「お前心読んでるんだからそれくらい分かるだろ」といった反応はしない。相模局長と水社一心は千年桜は恋と咲くで関わらないし、そもそも水社一心の話し相手は、お姉様と枯賀末理がメインだ。後はもう、名前も顔も描かれていない人物ばかり。皇龍清明様がくどいとなじるが、その場面の皇龍清明様はお姉様を侮辱された怒りによって心が読まれていようがお構いなしだった。
「私の血は一応、侯爵家にあたるからな」
相模局長は梅酒のお湯割りを作りながら返事をした。
そう、相模局長は侯爵である。
千年桜は恋と咲くでは、かつての華族制度が取り入れられている。「ややこしいよ、上層部が八人もいて、死んじゃうよ」となりそうだが、華族制度については、ほぼ触れられない。
何故なら、皇龍清明様など、お姉様のまわりの主要人物は華族にあてはめられない特殊な位置とされていて「階級を与えるなんて畏れ多い……!」スタンスだからだ。水社家もそう。
なので貴族階級持ちは霊力や異能に関わらない家の貴族枠ということになるし、一応、設定で紹介されるものの、あくまで箔としてだ。爵位があるキャラは気品や上品な雰囲気がして、なおかつ家が異能や霊力系ではないというのが一発で分かるようになっている。
その設定さえ、覚えていれば。
「料理なんてものは下々のものがするという価値観だった。そういうのを変えてくれた人……と、人間がいる」
相模局長は遠い目をして、梅酒のお湯割りを郷田の席と自分の席に置いた。
「いただきます」
そして相模局長は手を合わせた。ほかの二人もそれに倣い、私は無言で手を合わせる。
「こうして一緒に食べるのは初めてか」
相模局長が水社一心と郷田を見た。
戦闘局で食べに行ったりしないらしい。郷田と水社一心が一緒に食べるイメージはないが、二人のどちらかは相模局長と食べていてもおかしくないのに。
「はいッ」
郷田が口を押えながらすぐ返事をする。水社一心はといえば頷くにとどめていた。
「どうだ、管理局では食事を共にすることが多いのか。真原や福野とか……」
私は指で四を作った。水社一心がそれを待って「昼は四人で食べることが多いと」と付け足す。
「四人……へえ」
場の温度が一気に下がった。まだ選択肢ミスったら死ぬホラーゲーム続いているじゃん。
「出前……か?」
相模局長が私に視線を向ける。目が据わっていた。怒りが滲んでいるというより、死んでる。このまま窓から飛び降りそうな雰囲気だ。一階だし、相模局長の身体能力だと脱走に近くなるだろうけど。
私は食堂を指す。相模局長は通じたのか「へぇ」と、ドレミファソラシドのレみたいな音を発した。こういう時の相模局長を郷田あたりはどう思うのだろうか。郷田は水社一心を馬鹿にするが、富山局長や相模局長には一定の敬意を払っている。様子を伺えば、黙々と食事をしていた。なんだこいつ。
「料理を振る舞ったりはあるのか」
相模局長が訊ねる。私が自分を指すと、「富山局長」と続けた。最初、管理局の局長呼びだったのに。なんなんだ。
私は首を横に振った。富山局長が料理をするなんて聞いたことが無い。蓋……アレだし。
「へぇ」
今度はドレミファソラシドのラみたいな音だった。
「俺は、富山局長と長い付き合いで、伊能と三人で食事をすることが多くて、野営が多くてな。とにかく色々多かったんだ」
相模局長は口角を上げた。普段笑い慣れてない不器用な笑みだ。
「野営……?」
郷田が話題を掘ると相模局長が目に見えて元気になった。「まぁな、あやかしの強さは年々増しているが、昔は昔で、設備が整っていないし、無茶苦茶なところがあったからな。伊能も無茶苦茶だし、へ」と、早口で話す。
「三人で、よく食べたんだ。雑炊」
そして梅酒を呷った。
多分だけど、相模局長が関心を持っているのは富山局長単体ではなく、三人の時間や三人でいることかもしれない。千年桜は恋と咲くで、富山局長は死ぬ。相模局長も伊能局長も、弔いを終えたうえでお姉様と出会っているが、今と千年桜は恋と咲くの二人は明確に違う。
千年桜は恋と咲くでは、伊能局長は腹黒王子様。
相模局長は、冷徹な上司だ。
伊能局長は輝宮寺の件で最初、机を蹴り上げていた。その後、富山局長の自己犠牲に本気で怒りを示していたが、千年桜は恋と咲くでは、そうした感情を露にする瞬間は無かった。
富山局長の死で感覚が……変わっていたのでは。
そして相模局長もだ。
水社一心が美浜の娘に執着されていた話を聞き、相模局長は明確に励ましていたが、千年桜は恋と咲くの相模局長は、血も涙もないと恐れられ、部下を畏怖により支配するような印象だった。
人が死ぬ影響は、それだけ周りの人間に影響をもたらす。
前世で私のまわりに人なんかいなかったけど、少なくとも、今世は。
自分自身の死の影響について考えると、まるで自分が大切にされていると誤解しているみたいだし、「私、大事にされてます、うふーん」感があって嫌だった。そんな魅力はないから。大事にされる人間だなんて思えないから。
でも、魅力とか関係なかったとして。
私はお姉様や、私に関心がある人間に対して、途方もなく危険なことをしていたのでは。
前を見ると、丁度私の前に座っていた水社一心と目が合った。
同時に、机の下で親指の爪先をあてられた。しばし悩んだ私は、軽く踏んだ。




