SAGAMI KITCHEN
相模局長の部屋は男子寮一階、伊能局長の隣だった。
局長ということもあってか、伊能局長と同じく、玄関から違った。私の部屋も福野さんの部屋も、一度に二人並ぶのがギリギリだが、相模局長の玄関は三人並べる広さだ。壁には巾着袋が吊り下げられている。じっと見ていると相模局長が「沈香の匂い袋だ」と呟いた。
「異臭のする部屋に帰りたくない」
そういうの何にもしてないや。なのにお姉様を入れてしまった。全財産は水社家とお姉様に注ぐだけでいいと思っていたけれど、臭い問題があったのだ。意図せぬダメージを受けながら匂い袋を見ていれば水社一心が怪訝な目で見てきた。お前は工芸品とか香とか好きだもんな。高みの見物かよと見返せば「バカ」と口パクしてきた。口パク一心。
そして私たちの部屋は部屋に入るまで廊下なんて無いようなものだけど、廊下がある。左右に風呂とトイレらしい扉もある。そして洋風、壁は白のプリント合板だ。肘とかすっても痛くなさそう。
相模局長が突き当りの扉を開くと、二十畳ほどの台所一体型の居間の景色が広がった。
台所スペースはタイル張り、ステンレスの流し台の横にはガス台が並び、調理台の上の吊り下げ棚には調理器具が並んでいる。床には木箱が並ぶが、どれも木材で出来た小さな台の上にのせられ、通気性を良くしていた。
ガッツリ自炊してない?
伊能局長の部屋は文豪みたいな部屋だったけど、相模局長の部屋は「丁寧な暮らし」を好む層が憧れそうな部屋だった。この部屋をスタジオにして動画配信したら一定層にウケそう。
そして多分部屋がもう一つある。ドアが見える。そこが寝室なのだろう。
そんな相模局長の部屋に対して、郷田は警戒する様な目を向けていた。上司の部屋に対しての態度がそれかよ。
「座っててくれ」
相模局長は窓際にあるテーブルを指した。四人掛けだ。台所傍にも同じような大きさのテーブルがあるが、椅子もないしおそらく作業用だ。
「手伝いは」
郷田は聞くが、「部下として思う所があるのだろうが、あいにく、料理を分担で行うことは好まない」と相模局長は断った。料理に関するあれこれは手伝っていいのか手伝わないほうがいいのかは人によるし、自発的に手伝うか探るパートは面倒なので助かる。
「では、失礼します」
郷田は相模局長に一礼してから着席した。無言で待機しはじめるが、郷田の座った席は末席だ。そこ私の席だろうがと苛立ちが募る。曹長のくせに末席強奪するな。私は渋々郷田の隣に座ろうとするが、水社一心が先に座った。なにこの強奪二連発。相模局長の隣が確定した。勘弁してくれと思いながら渋々座れば、相模局長はガサガサ台所を漁っていた。新聞紙の包みから茄子やニンジンをそれぞれ取り出し、水道で洗っていた。
「管理局は、お前以外にも二人ほどいるが、局長に対してどうなんだ」
尋問だ。尋問が始まった。下手すれば上層部の尋問より尋問らしいが、今までの情報から75%の確率で私情の尋問だ。今後皇都が尋問してくるかもしれないのになんでこんな。返事に悩んでいれば相模局長はいつの間にか前掛け姿で包丁を構えこちらに振り向いていた。怖すぎる。
私は慈愛に満ちた穏やかな笑みで和平を表現した。とてもじゃないけど真原さんが富山局長蓋開けっぱなし問題で苦しんでますなんて言えない。
「あの人の実力は、普段は、認識しづらいからな。よく見ていたほうがいい。決して、侮ってはいけない」
トントントンと、料理に慣れてるのが分かる包丁のリズムが、より恐怖をあおる。圧かけられてるもんこれ。すると郷田が「以前、富山局長は戦闘局に在籍されていたそうですが」と話題を広げようとした。包丁のリズム音が止まる。
「ああ。霊力を強化する異能だったのが、今の異能に変わって、な……しかし、戦闘能力は健在だ。管理局そのものが無ければ、すぐにでも戦闘局に戻るだろう」
怖すぎる。管理局無くそうとしてる?
「管理局だって大変だろうからな。元々、外部に委託していたのを、無理に軍の内部に引き戻したような場所だ。割り振られた業務と体制が一致していない」
確かに業務はとんでもない量あるが、私はそれでも管理局はあってほしいなと思う。なんやかんやあれど、居心地はいいし。
そして、相模局長的には富山局長に戻ってきてほしいから管理局が無くなればと考えているのだろうけど、富山局長が私に異能について打ち明けたときの雰囲気からして、戦闘局には戻らない気がする。
「酒呑童子のことだってあるし」
ぼそっと、ガス台の前で相模局長がこちらに背を向けながら呟いた。途端、ジュワワアアと中華料理屋みたいな音が響く。情念じみた話をしながら料理。どうしていいか分からない。それに千年桜は恋と咲くでは、相模局長、料理してないし。
コミック単行本の巻末おまけ特典のプロフィール欄に家事とあったが、料理系のエピソードは一切なかった。相模局長は千年桜は恋と咲くの人気キャラだが、基本的にその人気は顔と声オンリー。理由は……顔と声だが、キャラそのものの活躍としては、いつの間にかお姉様にデレていつの間にかお姉様に甘くなったからというのが大きいと個人的に思う。
要所要所にお姉様に優しくする相模局長に対し「あの相模局長が‼」と周囲が驚く場面が出てくるが、お姉様に陥落するエピソードはあっても相模局長の活躍エピソードがないのだ。原作者インタビューでは、キャラ的に皇龍清明様と若干被っているのもあるためか、「このエピソードは皇龍清明とのエピソードで問題ないのではといくつかの場面は皇龍に吸収された部分がある」と補足もされていたし。
そういうこともあってか、相模局長のファンのアカウントを見ると、相模局長と似た属性……ほかの作品でも冷徹上司キャラを応援していることが多く、相模局長の声優と同じ声優の他キャラを一番応援している、という人物だった。
ちなみにキャラの人気投票ではだいたい五位に食い込んでいた。ランキングは開催時期によるが、大体のキャラが出そろった段階のランキングは大体固定化されていた。
一位は暗天妖王で、二位は皇都のキャラ、三位は皇龍清明様で四位は皇都のもう一人、五位が相模局長だ。お姉様は六位や七位をうろうろしている。ちなみに票の入れ方は単行本、文庫、コミック1冊につき1票。SNSを見る限り、暗天妖王と皇都の二人、相模局長には単行本100冊くらいを並べるファンがゴロゴロして、それもカバーに該当人物が出ている巻で揃える徹底ぶりだった。そうしたファンが相模局長が料理するなんて知ったら、大層喜ぶだろうに。




