相模局長の怨恨
見せかけの終業の時間から1時間が経過し、本来の終業になった。
意味が分からないが、帝都退妖軍では17時に「終業時間」という一般市民向けに告知されている謎の時間が設けられている。ちなみにそこで退勤出来ることは、ほぼない。なので見せかけの謎の時間と呼んでいる。実際に退勤出来るのは奇跡が起きたときだけだ。17時に終わるのは。なので基本18時に管理局の部屋は閉じられ、真原さんが「地下牢締めるで~」と施錠する。ほかの局も似たようなものだ。調査局や保管局も見せかけの17時終業を過ぎた18時退勤で業務を終えている。戦闘局は……戦闘が無ければ、例にもれず。
その後の過ごし方は局員による。寮に住んでなければ外に食事に行ったり飲みに行ったり家に帰ったり。
寮に住んでいれば食事は食堂で取るが、食堂や風呂の混む時間を計算して、先に風呂に入ったり食事を取ったり、寮に一旦戻って風呂入って食事パターンなど多様である。真原さんや福野さんは私が夕食を取っている時、全く見かけない。おそらく先に風呂、後で食事タイプだろう。
寮の中には自炊用の簡易的な台所があり自炊も可能なので、そこで作ってる可能性もあるけど。
ちなみに食堂で調理をしている調理員さんたちは年末年始休みになる。その間、食堂は害虫駆除業者しか立ち入れなくなるらしい。そのため盆暮れ正月は、「勝手に作って勝手に食え」が食事ルールとなるような話を聞いたことがある。
私は階段を上がっていき、女子寮に戻るべく屯所本部の正面玄関を通り抜けようとするが……、
「……」
正面玄関にて国の啓蒙、衛生周知ポスターが並ぶ掲示板の前で、死んだような顔の相模局長が立っていた。びっくりした。地縛霊かと思った。帝都退妖軍の花形である退妖対実地戦闘局の局長が何でこんな、左遷されましたみたいな顔で立っているなんて信じたくないのか、周囲の局員は無視している。千年桜は恋と咲くで相模局長は「冷酷」「慈悲が無い」と紹介される人物なのに。見た目だって異世界ファンタジーに出てくる氷属性のパパ、もしくは溺愛ファンタジーに出てくる後にデレが約束された顔と声をしているのに。
「ああ、管理局の」
相模局長はドラマCDで大量にファンを獲得した声帯を用いて、ささやくようにこちらに振り向いた。声フェチにとっては嬉しいシチュエーションなのだろうが、不気味さが勝る。ホラー映画で怪異に急接近された時と音圧が変わらない。
「調子はどうだ。年明け前には、上層と面会の機会があったようだが」
伊能局長に何も聞いてないのだろうか。私はうっすらした笑みを浮かべた。相模局長は皇龍清明様とベクトルが一緒なので、下手に笑えない。愛想いい人間を信用しないタイプだし、基本的な性質としては女嫌いの自意識過剰だ。異世界恋愛あるある、モテすぎたことによる女嫌い拗らせ。下手に愛想よくして「俺に気がある」と勘違いさせると警戒してくるややこしさを持つ。皇龍清明様も皇龍清明様でアレだけど、あの人は……性別問わずの人嫌いだし、その根幹にあるのは自分自身が一番嫌いという根深いものだ。
「……」
相模局長は明確に困っていた。私が無言だからだ。普通はこうなるのだ。相手が何を言ってるか分からない。水社一心が心を読むのは特例だし、管理局の面々は尋常じゃない配慮努力があり、伊能局長は察知と推理の重ね技、酒呑童子はずっと持論で私とコミュニケーションを取っているけど、ある意味、安定している。
でも普通は、こんな風に困らせるコミュニケーションではあるわけで。
もし、暗天妖王を倒したら、……。
「管理局の局長はどうだ」
相模局長がドライに訊ねてくる。
普通に富山局長と言えばいいのに。
伊能局長発信の断片的な相模局長エピソードをまとめていく、相模局長と富山局長は仲がいい。仕事で組んでいたこともある。そしてすごく最初の頃……輝宮寺の事件の大規模調査のあたりで、伊能局長はめちゃくちゃ怖いことを言っていた気がする。
『相模先輩は富山先輩が管理局で上手くいくのが許せないですからね』
『先輩に褒められたくて、追いつきたくて頑張った結果、出世争いで勝ってしまい先輩を地下に追いやって、先輩が自分に助けを求めてくれないかと、二次会のたびに咽び泣く……』
私は伊能局長の過去の発言を思い出す。
管理局で上手くいくのが許せないって何?
というかあの時、
『富山局長の下で働くのはどうです?』
と、伊能局長は聞いてきて、私はフーン程度に相槌をうっていた。鵺のこともあったし、暗天妖王のこともあって、それどころじゃなかったから。伊能局長に興味が無かったのだ。でも、交流を重ねてきた今、ちょっと思う。
あれ、圧かけてない?
私が少しでも富山局長に対してピッピロピーみたいなふざけた態度を取っていたら殺されてない?
富山局長が無理していた時、伊能局長は激怒していた。三千里ほど助走をつけて飛び蹴りしかねないほどだ。
なら伊能局長が私に「富山局長どうですか」とにこやかに聞いたとき、私は選択肢をミスったら死ぬタイプのホラーゲームに巻き込まれていたのでは。
そして今まさに巻き込まれているのではと、目の前の相模局長を見る。
さっき管理局の局長はなんて聞いてきたけど、何。
なんでこんな、管理局の局長なんて呼び方をするんだ。
私は今、選択肢ミスったら死ぬタイプのホラーゲーム第二弾に巻き込まれているのでは。
私はしばらく悩んで、元気そうな表情を浮かべ、その場で行進した。蓋開けっぱなしパントマイムはやめた。殺されそうだから。
「元気か……」
相模局長から露骨に元気が減った。前に伊能局長が『先輩に褒められたくて、追いつきたくて頑張った結果、出世争いで勝ってしまい先輩を地下に追いやって、先輩が自分に助けを求めてくれないかと、二次会のたびに咽び泣く……』という恐ろしい話が信憑性を帯びてくる。
「で、お前はこんなところで何をしている」
私は食べるジェスチャーをした。寮に帰る、風呂に入るジェスチャーは難しいからだ。お姉様の幸せに関わってない中で脱衣をジェスチャーで行うのは嫌だ。お姉様に関わるのならば、悩まずするけど。
「水社、郷田」
相模局長が私の後方に呼びかけた。
ひえー。
キモいよ~。
何なんだよ~。
相模局長が水社呼びする人間なんて一人しかいないし、すんごい嫌な予感がする。あと郷田もいるし。振り返ると案の定、水社一心と郷田がいた。任務終わりらしい。水社一心の雰囲気で分かる。
「お前たち、夕餉は」
相模局長が先ほどの死んだような雰囲気とはうってかわって、冷徹上司感を醸し出す。
「まだ取っていません」
「なら、丁度いい。四人で夕餉にしよう」
どうやら相模局長と夕食を取るらしい。管理局で局員同士で夕食を取ることはほぼない。富山局長の娘さんのことがあるし、基本的に夜は早く富山局長を帰そうと局長以外の三人で一致団結しているフシがある。
ん?
四人?
相模局長、水社一心、郷田の三人では……?
考えていると、「お前もだよ」と水社一心が肘で速度がある割に触れるか触れないかの威力で小突いてきた。暴力。そして郷田はしっかりこちらを睨んでくるので私もしっかり応戦した。
「やめろお前ら」
そして水社一心が間に割って入ってくる。犬の仲裁みたいにしやがって。躾のなってない犬は郷田だろうが。水社一心に対しての態度がなってないんだから。
「いい、いい、分かった分かった」
無言でにらみ合う私と郷田を水社一心は宥めてきた。相模局長はスタスタ歩いていたが、一度だけこちらに振り向き「早くしろ」と、冷徹上司ムーヴを行う。さっきまで怪異じみていたのに。
私は局長に対しきちんと礼をしながらも、郷田を睨みつけ、そして水社一心に小突かれながら局長の後を追ったのだった。




