年始め変わって変わらぬ管理局
年が明けた。
軍は基本、年末年始は出勤組と休暇組に分かれる。通常より人員を減らし進行、局員の9割は休み、残りの1割が年末年始出勤だ。1割は大体交代制だが、帝都の国に重要な政治家まわりにいる局員や、皇都の帝のまわりにいる局員は例外らしい。
9割の休暇組はといえば、当然あやかしの大襲撃など非常事態があれば出勤する。
管理局は盆も年末年始も止まる。武具や装具の修理は依頼から修理完了まで二週間かかる前提があり、それまでは代替の武具や装具を使ってもらうのだ。
ほぼ、スマホの修理の流れと同じ。
ということで、仕事始め。約二週間ぶりに管理局こと隔離地下部屋に向かう。いつもの調子で照明を点けると、点灯と同時に着席済みの福野さんが視界に映った。
真っ暗な中でずっと座ってたということだろうか。
普段、始業45分前に私が出勤、大体20分前に福野さんが出勤、真原さんが2分前に出勤してくる。富山局長はランダムだ。福野さんや富山局長は早く起きれば早く来るが、真原さんの場合は、本人の中で2分前と決めているようで、周辺で時間を潰しているのを見たことがある。
「おかえりなさい」
怖かった。福野さんは気付いてないだろうが、シチュエーションがホラーだった。浮気性が朝帰りして電気付けたら配偶者がいたみたいな、修羅場の開幕にしか思えない。
私は会釈で返す。おそらくだけど、私は帰省した。福野さんは盆も年末年始も帰ってないっぽいので、「軍におかえりなさい」という意図なのだろう。福野さんの場合、何の意図もなく言ってる可能性もあるけど。
私はあらかじめ持ち込んでいた紙袋から、ミヤシロ様のまんじゅう箱を取り出した。箱は包装され、ミヤシロ様の絵が描いてある。私は福野さん、真原さん、富山局長のデスクを指し、献上するジェスチャーをした。
「新年の、ごあいさつ」
福野さんがミヤシロ様を凝視している。
「饅頭」
私は頷いた。
「食べていい、かわいい」
福野さんは慈愛に満ちた笑みを浮かべた。生身の短足生物が傍にいれば絶叫していたのだろうが、食品なので静かだ。
「足短い」
やっぱり、新年もそこが大事なんだ。ミヤシロ様なんか一番、福野さんの好みだろうなと思う。足が短いから。
「足短い……かわいいねえ」
福野さんは包装紙を撫でていた。足だけではなく、頭の先からつま先をカタツムリの歩みくらいゆっくりと撫でている。それも自分の人差し指から小指までの指を絵筆の平筆みたいにして。
何も知らない人間が見たら、気持ち悪がるのだろう。後輩局員の菓子折りを撫でまわす先輩局員。事案でしかないから。やがて福野さんは、「みんな食べづらくなっちゃう」と社会性を取り戻し、そっとみんなの机が重なるスペースに配置する。良かった。
私は自分のデスクにつき、鞄からぬいぐるみを取り出した。
お姉様のぬいぐるみだ。この年末年始お姉様に内密に作っていた。だって知られたくないから。お姉様はきっとこの自分のぬいぐるみを無断で作られても、キモいなんて思わないだろう。でも、状況的に私が気持ち悪いという事実に変わりはない。だからお姉様に知らせない。キモさを受け入れさせるみたいだから。お姉様に許されたとして、私の心が軽くなるだけだ。キモいものはキモい。
私はキモい。そこにアイデンティティを持って誇っているのではなく、ただただ、キモい。
それでも作った理由は、作って飾りたかったから。
お姉様の美しい角膜も虹彩も到底再現できない、デフォルメのぬいをそっと抱きしめる。かわいい。お姉様には及ばないけれども。愛おしい。お姉様には及ばないけれども。お姉様を模したものというだけで、どれだけ不格好だろうが愛おしい。
福野さんは私の自作のお姉様ぬいぐるみを一瞬だけ見た。そして「人間」と認識したのか、「お姉さん作ったんですか」と、何の感情も籠ってない声で尋ねてくる。
私は静かに、そして深く頷いた。
私は、お姉様のぬいぐるみを作った。お姉様を作ったとは言えない。このぬいぐるみはあくまで無機物であり、お姉様を模したなんて言うのはおこがましいけれど、確かにお姉様のぬいぐるみではあるから。
「変わってますね、ふふ」
福野さんがこらえきれない調子で笑いを漏らす。
嘘だろと思った。
福野さんに変わってると思われてる。真原さんがここにいれば「お前のが変わっとるからな」くらい言うはずだ。絶対包装紙無言でねっとり撫でまわす福野さんのほうが変わっている。私はシンプルにキモいだけなのだ。略してシンキモ。
「あ、おはよう……早いねえ。あけましておめでとうございます」
富山局長がいつも通りの調子で入ってきた。福野さんが「お願いします」と、すべてを割愛した新年のあいさつを行う。局長は「お願いします」と福野さんに合わせた。
「枯賀、新年のあいさつです」
福野さんがミヤシロ様まんじゅうを示す。
「ああ……ありがとうねえ。まだ若いんだからそういうの気にしなくていいのに、ありがとうねえ。娘にも持って帰ろ、これ分かれてる……?」
私は何度もうなずいた。個包装だ。ちゃんと持って帰れる。局長は娘さんに持って帰ろうとするだろうから個包装タイプにした。
「娘も喜ぶと思う。真原くん来たら開けて……一人何個だ? 」
富山局長は寮住まいではなく、屯所から少し離れた一軒家で娘と二人暮らしだ。
新年も家に帰ったのだろう。局長は自分の実家の話をしない。千年桜は恋と咲くで局長の娘さんは、局長の死を受け入れられず、あやかしになった。祖父母の存在は描写されていなかったけど、祖父母のケアがあってもあやかしになる可能性は十分あるし、全くなくてあやかしになった可能性もあるし、よく分からない。
喋れたとしても、多分、私は聞かないだろう。福野さんみたいに自分から話をするのは稀で、それを変というのもアレだけど特殊な部分はある。真原さんは実家で奴隷のような扱いを受けてると軽くは言うが、どう考えても軽く話せない状況を本人が軽く言ってるにすぎない。福野さんの家も事情はある。「なんやかんや問題のない家はないよね」とあっさりした結論を出すのもはばかられるけど、現状の状況として、私が一番、苦痛や苦しみが低いんだろうなとは思う。枯賀家にいる時、虐げられはしていない。傍目に見れば、水社家に居候という複雑な家庭環境を持っているように見えるけど。




