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蝦蟇貪の策略


「ならばあいつだけ組織に入れておけばいいだろう」


 皇龍清明が言う。その言葉は、先ほど「あやかしはあやかしだ」と全否定していた自身の論理と反する。それをいちいち蝦蟇貪は指摘しない。なんの意味もなく相手の論理を崩すことに、価値はないから。


「ああいう前例を見て、軍で実権を握ってるような人間が、他のあやかしと結託した時、下手すれば誰も対応できないんですよ」


「……」


「言い方変えましょうか。ある程度あいつを特例にしておかないと、軍の上層の人間でも、外部の監査でも、自分の利益のためにあやかしと結託するなりあやかしに化かされるなりした人間が、こいつも役に立ちますって有害なあやかしを軍に招き入れたとき、今では誰も対応できない」


 それに、と蝦蟇貪は付け足す。


「実質、伊能が管理してる酒呑童子の前例が出来た。軍はその前例を悪用されたら防げない。今後どっかの役人が、ろくでもないあやかしと結託して、こいつも軍に入れてくれって頼んだとする。伊能と酒呑童子の前例がある以上、よっぽどの悪行の証拠なしに受け入れなきゃいけなくなる。じゃあなんで伊能局長と酒呑童子は許したんだってなるから」


 だからこそ蝦蟇貪にとって伊能の要求は面倒だったのだ。


 伊能は目先の最善手を取るが、その最善手により発生した影響を自己完結で負担しようとする。伊能の想像よりずっと人は愚かで、意図せずとも悪しき行動、悪しき結果を招く。ゆえにそこを防ぐ手間が発生する。


 今回発生した影響は、酒呑童子と伊能という前例だ。


「それに皇都からの荷物にあやかしが紛れ込んだ、この間の事件」


 蝦蟇貪は書面を机に並べた。


 皇都から帝都までの列車の荷物に、あやかしが入っていたのだ。


 あやかしは自分で移動する。列車の荷物に入る必要などない。目的が読めない事件ということだ。


「なんでそんなことをする。列車の荷物に入れるならば、帝都到着を待たずに、普通に列車を襲撃して皆殺しにすればいい。意味が分からないので、皇都の軍がちょっと動くことになって、こっち来るんですよ」


「当然のことだろう。皇都が招いた事案だ」


「でもねぇ、ちょっとばかし動きが早すぎるんですよ。皇都にしては」


 蝦蟇貪は大きく息を吸い込み、ため息のように吐く。


「あちらさんのお偉いさんなんて、未だに蹴鞠やって和歌やってってところでしょう。浮世離れしてる。帝に何かない限り連絡だって寄こさないし、よその国からお客様がいらっしゃるってなったって、そういうのは帝都がやれ、議会でどうにかしろなんて言い出す。帝都であやかしが暴れたって言ったって一か月はかかりそうなものを、今回、日はあけず来るなんて言ってるんですよ。年明けにはなんて」


 皇都の人間は、帝都の人間と認識している時間が大きく異なる。


 それが、上層部の認識だ。


 皇都に危機が訪れれば、帝都には確実に招集がかかる。


 一方、帝都が襲撃されようが、帝都の政治家が集い国を動かす議会が襲われようが、皇都の人間はさして動かない。


 いがみ合っているのではなく、ただただ、皇都退妖軍の目的に、帝都が入っていない。


 皇都退妖軍は帝の意思で皇都の民を守るが、それはある種、帝を守る片手間のようなもの。


 それが皇都退妖軍だ。皇都退妖軍は上層部や国の管理・関与を拒絶しており、独自の組織構成がされている。


「皇都の軍がこっちに介入するための自演の可能性もあるでしょう?」


「皇都なら、特にそんな小細工などせず介入するだろう」


「そういう発想の裏をかく」


 蝦蟇貪の指摘に皇龍清明が黙る。


 そういうところがまだ甘い。


 その甘さが、組み木細工の隙間のように、関わり合いの手立てとなる。蝦蟇貪は鼻で笑った。


「まぁ、ねえ。老人の杞憂なら問題もないんですよ。でもいさかかねぇ、時期が時期だから」


「何が言いたい」


「ちょうど酒呑童子が動き出して皇龍様が見合いし出した時期に、あやかしが列車にまぎれこみましたなんてねぇ、縁起でもないから。もう師走だってのに」


「それは貴様らの招いた結果に過ぎない」


「そうですよ」


 蝦蟇貪は即答した。どうでもよさそうに。


「だから、貴方に頼んでるんです。酒呑童子と同じ組織というか……ほぼ二人組みたいなものですけど、それになってくれればいい。そうすればねえ、じゃあ酒呑童子がおかしくなった時は皇龍清明様が対応できるけどお前が連れてきたあやかしは? って言えるので、変なたくらみも防げる」


「他人任せだな」


「役人仕事なんてそんなもんです。こっちに任されてるのは、任せることなんです。上に立つ人間に、魅力も才能も戦力もいらない。見て、任せる。それが仕事。いい返事を期待してますよ」


「……断ると言ったら」


「民間人があやかしに対して油断しすぎるのが危ないですからねえ、そこら辺で回収した無縁仏でも集めて、一芝居打とうかなぁ。丁度ねえ、枯賀末理の本性も知りたいところですから。あれが大事にしてるお嬢さん、今一生懸命水社の家で上手くやって、周りの人間の注目もあるでしょうから、あやかしがやったような死体ばら撒いたら、いい拡声器になるかもしれない」


 蝦蟇貪がせせら笑った瞬間、皇龍清明から放たれた透明な霊力の刃がその頬を切った。刃は壁をえぐっている。


「あの者に手を出せば殺す」


「手を出される前に動くという発想はない?」


 蝦蟇貪は視線を逸らさなかった。


 蝦蟇貪は、枯賀花宵のそばに死体をバラまく気などさらさらない。


 それを皇龍清明は読めない。まだまだ、組織に入れるには甘いと、目の前の人間を評価しながら脳裏では先の展開をくみ上げていく。


「人にものを頼む態度か」


「頭を下げてへつらえって願いが叶うならそうしますけどねえ。こっちは、皇龍様と違って矜持はない。考えが違うんですよ。自分より優秀な人間に命令をする。采配を振るうのが当然。優秀で正しいから采配を振るうなんて世界にいないんですから」


「……」


 皇龍清明は黙る。ややあって、蝦蟇貪の目をしっかりと見た。


「枯賀快炎の娘は……」


「枯賀快炎の娘、どっちですか」


「一人しかいない」


「ん?」


 蝦蟇貪は眉間にしわを寄せた。


 全てが予定調和で進んでいた今日の皇龍との対話で、初めて心が動いた。


「魂の流れを見るに、軍に入っていない娘に、枯賀快炎の血はない。枯賀末理との魂の繋がりも、感じない」


「……母親の連れ子という記録は、無いんですけどねえ……となると、跡継ぎを求められ続けて、すり替えたかしたんでしょうかねえ。それは、なにで分かりますか? ほかに第三者が見て、分かります?」


「いや……私……くらいだろう。それか、帝か」


「本当の両親は分かりますか?」


「いや……」


 無能と無霊力の娘。


 その後、特殊な能力が開花したならば、その親が辿れる。その親が要人であればことが事だが……現時点では無能で無霊力。


 ならば猶更、皇龍清明と枯賀花宵の縁の結びを期待する。


 いつどこでも死んでしまいそうな皇龍清明を繋ぎ留める楔になる枯賀花宵。


 楔にしては異質だと蝦蟇貪は思うが、口には出さない。


「調べて色々分かったら教えてくださいよ」


「調べぬ」


 皇龍清明は首を横に振る。枯賀花宵に興味がありそうなのは明白だ。蝦蟇貪は皇龍清明の様子をうかがい、「調査をお願いします」と付け足す。


「なぜ」


「血がどうであれ今は水社家のお嬢さんだ。軍の者が出入りするより、縁起のいい天将位様が出入りしているほうが箔がつくでしょう。水社神社を参拝する民間人からすれば、軍人が出入りしてたら物騒に思う……では、良いお年を」


 蝦蟇貪は自分の用件だけサッサと済ませ、退席を促す。皇龍清明はふっと姿を消した。


「蝦蟇貪様」


 すぐに護衛が救急箱を持ち、消毒しようとする。


「痛えなぁ……壁もこんなになってよお、師走で大工なんか捕まんねえぞ」


「直ちに手配します」


「もう伊能呼んで来い。そもそも全部あいつが無茶苦茶言うせいなんだよ。あいつに直させろもう。やってらんねえよ」


 蝦蟇貪は悪態をつき、煙草を吸い始める。


「それにしても、すごいですね……水社家のご令嬢に関してお話した瞬間……」


「すごいも何もねえよ、まだ大して会ってもねえだろうによお。前世でお会いしましただの、生まれ変わりの御縁でもない限りおかしいぞありゃ」


「女学生みたいな発想」


 護衛の言葉に「クビにするぞお前、誰に雇ってもらってると思ってんだ」と蝦蟇貪はがなる。


「西洋かぶれだのなんだのうるせえこと言われながらこの階の便所まで直したんだからな。お前その恩忘れてんじゃねえだろうな」


「蝦蟇貪様、腰が厳しいとおっしゃてましたよね」


「うるせえなぁお前はよお」


 蝦蟇貪は煙草に集中し始めた。護衛は皇龍清明の霊力でえぐれた壁を眺める。


「でも、枯賀花宵は皇龍清明様の、なんなんでしょうね」


「運命にせよ、ただの一目ぼれで壁壊すなんて気味悪いことこの上ない。前世の恋人でもないかぎり」


「その前に煽りましたけどね。蝦蟇貪様が」


「お前は誰の味方なんだよお。許可してねえなかで客人入れるわ」


「他の人間に知られないほうがいいかと」


「バカタレが」


 蝦蟇貪は不機嫌さを隠さず、苛立ちながら自室の傷跡を眺めていた。



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― 新着の感想 ―
世間ズレしてない300歳以上児が、手玉に取られてる……
なんの意味もないなら突っ込まないのいいな。 ああ〜!!?そっか何もいい人ばかりじゃないですもんね…確かに悪用しようとする人絶対に出てきますもんね…悪いこと考える人間は必ずいるから…蝦蟇貪氏広い目で見る…
個人的好きな単体キャラTOP5です。 カップル、コンビ、グループだとまた変わるんですが、蝦蟇貪さんイイネ! 1.末理ちゃん(不動) 2.一心くん(不動) 3.福野さん 4.酒呑童子 5.蝦蟇貪さん(急…
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