皇龍清明、枯賀花宵の過去を知る
皇龍清明と枯賀末理の見合いから数日経ち、蝦蟇貪は帝都退妖軍九階、自らに与えられた執務室で煙草を吸っていた。
ノックもなしに扉が開き、顔を顰める。
相手は皇龍清明だ。手も使わず霊力で開けたようで、執務室の扉の番をしているはずの男の困惑顔が皇龍清明様の肩越しに見える。
「申し訳ないですねえ、うちのもんの不手際で、きちんとしたお迎えが出来ず」
蝦蟇貪は客人を勝手に入れるなと門の番をなじる。
蝦蟇貪の運転手であり護衛を務め、普段はこうして蝦蟇貪の執務室の門の番をしている男は無言で頭を下げた。
「本日はいかがいたしましたか」
蝦蟇貪は煙草の火を消し、改めて皇龍声明を迎え入れた。
「軍は何を考えている」
「なにって……国民の安全ですよ」
「こんなものが届いた」
皇龍清明が懐から書面を取り出す。
軍が皇龍清明に対し書面での連絡を届けるのは原則禁じられていた。軍は長い歴史を持つ。その都度、体制も変わっていく。いつの日も、報告と承認、第三者判定が重要視されることに変わりはないが、そうした徹底の強さが増し、過剰であったと改められ、弱まり、見直されまた強まる。その繰り返した。それが強化された時に、皇龍清明を危険視し、確認を執拗に求めた代もあった。代が変わり緩和されたが、また代が変わればと堂々巡り。やがて皇龍清明からそうした通知の禁止が出され、現在、皇龍清明は自らの判断であやかしの討伐を行い、軍の要請を受けるかは任意となっている。
一方で国が非常事態と判断した暁には皇龍清明に直接要請可能なため、もはや国が直接契約している、国そのものを対象とした護衛のような存在だった。
究極的なことをいえば、皇龍清明の気分次第。
しかし蝦蟇貪の把握している資料では、皇龍清明は方々の強力なあやかしを自主的に討伐していた。伊能に調べさせた皇龍清明が討伐したあやかしの討伐前の被害報告からも、一定の基準が見える。
自分が倒さなければいけない相手の強さを、慎重に見極めている。
それでいて、組織政治に巻き込まれたくない男。
それが蝦蟇貪の皇龍清明への評価だった。
そして、今回皇龍清明の元に蝦蟇貪が届けた書面は、その組織に皇龍清明を投入するものだ。
「何故私が軍に顔を出さなければいけない。それも、人の群れに興味はないと言っただろう」
今までの均衡を破る、新たな組織布陣の新設。
「群れも何も二人しかいない。しかも相手は酒呑童子ですよ」
蝦蟇貪は首を回す。
「なぜあやかしと組めと人間であるお前が命じる。あやかしは排するべきものだ。あやかしは人を……!」
皇龍清明の口調が早まるのを蝦蟇貪は見逃さなかった。上層部で囲んでいたならばこうはならなかっただろうが、今、自分を一人を前にしている皇龍清明には油断がある。蝦蟇貪は皇龍清明を刺激しないよう、笑みを消した。
「過去の前提は。でも特例が出た。皇龍清明様もご覧になったのでは? 野狐禅が暮日山で、管理局の軍人二名をあやかしから守った。あれ、枯賀快炎の成れの果てですよ。この間、見合いしたでしょう。あれの父親だ。話聞く限りどうも、反抗期以前の問題でしたけどねえ。富山の家と違って」
蝦蟇貪は大きく息を吐いた。
「途中で割り込んできたあれの血縁がいたでしょう。お嬢さん。酷い父親でねえ。霊力もない無能だからってんで、奉公に出してたらしいですよ。それも自分の祖先様がぶんどった土地でこき使ってる家に」
「どういうことだ」
「それだけ長く生きていらっしゃるなら、枯賀家の歴史は耳に入るんじゃないですか? 元はそこらの村の出が、異能と霊力で認められて、褒美にってんでその藩主の持つ村を明け渡した。既にその村は、暮日家っていうちゃあんとした家が村の為に頑張ってたのに。それでねえ、そこらの村の出に領地の経営なんて出来るわけもない。自分は帝都で暮らしたい。そうやって名ばかりの……文字通りの名家気取りの枯賀の当主様が、暮日家に寄こしたのがあのお嬢さんですよ。想像つくでしょう? どんな扱い受けたかなんて。どんな馬鹿でも分かる」
蝦蟇貪の言葉に、皇龍清明の纏う空気が変わった。
心が弱い。
隙がある。
蝦蟇貪は目の前の、実戦とあらば絶対に叶わぬ相手を冷静に見据える。
「かたや妹は、父親が死んでも顔色一つ変えない。でもねえ、富山と合ってるところを見るに、情はあるんですよ。富山なんか合わせることはできても合う人間なんてほとんどいないんですから。管理局が特殊なだけで。富山に合う娘からそういう目で見られるところが、完全に答え合わせだ。年も一歳しか違わないのに、姉のほうに関心があるみたいで、姉を守るために軍に入ったような話なんですよ」
「それと、さきの話に、何の関係が」
皇龍清明が、一言一言に重みをもたせるように問う。
「ああ、すみません脱線して。もう還暦ですからねえ、どんどん衰えて、ハ」
蝦蟇貪は皇龍清明の様子を慎重に伺いながら、頭の中で戦略を巡らせる。
「野狐禅ねえ、どうもうちの運転手に化けたんですよ。結構前にねえ。伊能が小うるさいこと言ってきたときがあって。枯賀末理いるでしょう。貴方とお見合いした。あれが攫われたとき、酒呑童子を軍に参加させたいみたいな話をして、多分ですけど、野狐禅には何か考えがあって、色々化かしたんです。目的は読めないですけどねえ」
蝦蟇貪は皇龍清明の背後に控える自らの護衛の足を見る。
本人の証言では手洗いに向かったところで眠ったらしい。古くからのしゃがみ式ではなく文明開化の名のもと洋式を取り入れたが、そこで座って寝こけたのだ。
そこで成りすましにあったようだが、蝦蟇貪はすぐに自分の護衛がおかしいと気付いた。
指摘したらば、野狐禅だった。
「軍に利益をもたらしそうなのは、酒呑童子もだ。あれ、伊能が連れてきたんですよ。そいつは偶然現れてあやかしを倒してくれたなんて動きはしない。見てるぶんにはちゃんと働きそう。それは皇龍様もお分かりですよね。例外ばかりが増えた」
「しかしあやかしは、あやかしだ……」
皇龍清明の否定に、蝦蟇貪は「そうですよ」と平坦に肯定する。皇龍清明の脳裏にあやかしとの共生や共闘の想像が鮮やかに行われていると推察しながら。
蝦蟇貪は何も、あやかしとの共存なんて考えていない。
「でも国民は違うんですよねぇ。特に酒呑童子。あいつは、港でねえ、結構普通に子供と接してるみたいなんですよ。国民は、大丈夫なあやかしもいるかもしれないって思っちゃう。だから、あいつを特別にしなきゃいけないんです。軍で」
軍で承認されたあやかし、という肩書き。
それがあれば、他のあやかしは恐ろしい存在であると、一定の保証が出来る。
酒呑童子は特別なあやかし。
それを国民に明示しておけば、少なくともあやかしと共存できると願い、あやかしに傷つけられる存在は減る。あれは特別。他は特別じゃないから危ない。
そうして区分が出来る。




