レイトショー・中編
水社一心は人でも殺しそうな顔で私を見る。
「それ」
なんだ。
「産めるか分からないって」
水社一心が声に怒りを滲ませる。何故そんな怒り方をするのか。
「そんなことを……言われたんだぞ‼ お前の身体のことだ‼」
水社一心はいつになく声を荒げた。
女は子供を産みたいと願うもの、だから……それを蝦蟇貪に踏みにじられたと思っているのだろうか。私は別に、そこまで家族計画に熱心じゃない。
「そういう意味じゃない‼」
ならどういう意味だ。
「お前の身体のことだぞ、産む産まないの話なんて関係ないはずで、そんなお前のこと、なんだと思ってんだよ、蝦蟇貪も、お前も……!」
水社一心は悔しいような泣きそうなような、感情が複雑に絡み合って、自分でも制御できないようだった。
「お前は何でいつも、そんな平気な顔で……お前のことなのに……!」
平気な顔。確かに、平気だから。
水社一心やお姉様が侮辱されたら殺す、と思うけど、別に私にどうこう言われる分にはどうでもいい。
「俺は良くないんだよ……」
それは……見ればわかる。
前は、訳が分からないで切り捨てて、見ないふりをしていた。
恥だから。
水社一心の善意を個人の関心だと捉えたくないから。
世の中には、ただ優しくしたいだけの人間の他にも、害されたくないから、相手を怒らせたくないからといった理由で他人に優しくする人間がいる。生存戦略だ。そうした優しさを勘違いして、個人の関心だと捉え、エスカレートするような存在になりたくない。
誰も私に関心なんて抱かない。
あるように感じるのは、私の自意識過剰。
そう思うようにしていた。だって恥だから。
私は改めて水社一心を見る。
分かりたいとは思う。分かり合うのは無理だろうし、価値観も合わないだろうけど。
水社一心は、私の身体について色々言われたことに傷ついているし、私がそれに無関心なことにも、傷ついている。多分女は子供を産むのが幸せなんじゃないか、っていう価値観が0ではないだろうし、同時に、女が子供を生むだけの存在みたいな扱われ方も嫌で、色んな人間の心を読んでいるだろうから、産む産まない産むことが出来ないの三種についての考えも混ざって、整理がついていないのだろう。0か100で割り切れないし、特に、水社一心は、なにかを割り切るのが得意じゃない。
私としては、自分に対しての恥と、知識や価値観として、蝦蟇貪の言葉に傷つくことができない。
そもそも母親になるならない以前に、産んだ後のほうが、と思う。
別に三年昏睡状態じゃなくても、体質的にその前で苦悩する人間だっているけど。
母親になる想像が出来ない。
皇龍清明様の子供は……お姉様が産めばお姉様が育てるだろうけど、万が一私が相手になれば、国が育てることになるだろう。私はきちんとした母親になれる気がしないし、国が育てたほうが、愛情とかもちゃんとなりそうだし。
なにより、前世で一回自分から死んだ人間がおいそれと母親になることが、私は怖い。その恐怖を好きな相手と乗り越える、という価値観も、微妙だ。だって大事な相手だからこそ、怖いから。大事な相手を前に強くなれる人間と、大事な相手だからこそ弱くなる人間がいる。お姉様は前者、皇龍清明様や私はおそらく後者だ。
「お前は、三年、昏睡状態だった」
水社一心が呟く。
「お前の身体のことは、知ってる。医者から聞いてる」
霊力の回路を断ち切るということをしたので、身体はいわゆる滅茶苦茶な状態になっていたらしい。そのため、おそらくだが短命や内臓に大負担というわけではないが、霊力に関するめまいのほか、産めるかどうかの話はあった。元々軍人は生活のあれこれがあるし、アスリートが過酷すぎて色々大変になる、芸能人が減量のし過ぎでリスクが……といった問題など、そういうことが。
「俺の言葉は全部、知ったうえでだよ」
水社一心が私を見据えた。
「あんまり言って、お前の逃げ場を封じることはしたくないと思ってた。お前が選ぶことで、俺が色々お前について言うことは、対等じゃないから」
対等。
想像はつく。
私は水社家にお姉様共々身を寄せた。その時点で、水社一心の中では対等ではない。俺が養ってやってるという意識ではなく、私に対してお姉様や生活を人質に取ってるような面を気にしていたのだろう。その割にギャンギャン怒鳴ってきたけど。そういうところを気にする男だから。
そしてそのやや歪なフェア精神は、三年の昏睡で多分、より歪んだ。
私は霊力を使い果たした。水社家はこちらに負い目を感じた。そして、私の将来についても。健康な人間だって問題なく出産できるかなんて分からないけど、この時代の価値観としては、元気に生まれることが前世と比べれば常識扱いになっているから。
「お前の人生について色々言うことは、悩んだよ。身体の問題があるお前を引き取ってやるって、なりかねない。俺はただお前のことを考えているだけって思いたいけど、利用してるんじゃないかって疑いは消えない。そのうえでだ。俺の言葉は。何も、水社の家がどうでもいいとか、そういうこと考えてじゃない」
でも水社家としては。
「全部もう言ってるよ」
水社一心は私を見据えた。「家には言ってる」と繰り返す。




