レイトショー・前編
「じゃあ俺は、網を引きに行くからよ‼」
あやかし討伐がひと段落し、私たちはまた水社家に戻った。
水社家の門の前で、満月を背に酒呑童子が飛んでいく。サンタクロースみたいだ。正月に向け海老漁に向かう猟師鬼。私は酒呑童子を見送り、振り返った。
皇龍清明様とお姉様だ。
どうするんだろうこの二人。自然にそっとしておいたほうがいいのだろうか。
「では、俺とこいつは軍に色々報告があるので、これで」
考えていると水社一心が場を仕切りだした。
「ああ……今日は……迷惑をかけてしまって……ごめんなさい、末理さん……」
お姉様は申し訳なさそうにする。全く問題ない。お姉様になら泥も砂もなんでもかけられたい。何でもかけてください。その意味を込めて、おしとやかに首を横に振る。理性があるから。効率は人を救わない。本来ならばお姉様の前で膝をつき、思い切り自分で泥をかぶり自分自身に砂をかけ、お姉様に「何をかけられても最高」と証明することだが、お姉様は驚いてしまう。驚くお姉様も素敵だし、きっとお姉様ならば泥のかかった私を洗ってくれるだろう。だからしないのだ。趣味になるから。私には理性がある。お姉様が「お風呂……一緒に入る? 普段軍で疲れているだろうし、背中、流したり……」と言う誘いを、断ることが出来る。理性があるから。そういうのは皇龍清明様に渡す。道徳心があるから。
「軍への報告は、こちらで行います。皇龍様は、ミヤシロ神とお話があるでしょうし。ミヤシロ神は、他者の心を他言することはありませんが、一応、お話はされたほうがよいかと」
水社一心は皇龍清明様にパスを出した。
そう言えば、ここに残れるし、なおかつ皇龍清明様も自分の心をどこまで読まれたか……といったことが気になっているだろうし、かなりのファインプレーでは。
「……ミヤシロ神は、どこまでの力を」
皇龍清明様は訊ねる。傍目に見れば淡々としているが内心大パニックだろう。
「相手の、心の中の言葉だけでなく、思い描く景色を見ることも可能です」
水社一心は淡々と返した。こちらは見たままの心中だろう。
説明通りならば、ミヤシロ様は言葉だけじゃなく、水社一心がハッピ姿で太鼓を叩く想像をしていたらそのイメージ映像まで見れるということだ。
「……貴様は」
「言葉だけです。ミヤシロ神ならば、たとえば……相手の声の調子、文字だけではどうしても誤解が生まれるような言葉も正確に読み取れます。たとえば、承諾でも我慢を重ねた分かりました、という言葉と、心の底から望んでの分かりました、という違いを、今のような会話と同じように、聞けます。私は、違います。全ての心は、学びの場で書物を淡々と読み上げることと同じです」
「さようか」
「はい。なので情報を得ることはできても、相手の感情は読めません。異能が消えて、異能がないのに他人の心の声が聞こえると誤解をしたままでも、分かりません。妄想に囚われているのか、区別が出来ない。そのため、読んだ心を、常に疑っています」
水社一心の言葉に、皇龍清明様は「難儀だな」と短く返した。
なんて返していいか分からないのだろう。
聞こえてくる声が本物かどうか疑い続ける人生について、簡単にあれこれ言えるわけがないのだから。
「難しいことのほうが多いですが、抱えて生きていくものだと思っています。無くなればいいと思う時もありますが、抱えて生きていきます」
水社一心は皇龍清明様を真っすぐ見返し、私に撤退を促す。私はお姉様に頭を下げ、皇龍清明様に会釈をして、水社一心と共に水社家を後にした。
満月の下、水社一心と二人で屯所を目指す。
行きは煙草臭い車で帰りは徒歩。何なんだろう今日は。
お姉様と皇龍清明様が出会い、変なあやかしが出てきて、刀の中身は鵺のレイトショーで。
「レイトショーってなんだよ」
それまで黙っていた水社一心がこちらに振り向いた。
夜の映画です。夜の映画は安くなるの。私の前世の頃は。色々あるんです。月曜日が安くなったり水曜日が安くなったり。結局、お金も時間もないしで行かなかったけど。あとカップル割引とか。
「カップル割引?」
二人組というか恋人同士で行くと安くなったり、二人分の座席が合体したところが安くなったりするんですよ──と脳内で説明する。
「相手がいたのか」
いるわけねえだろ。はったおすぞ。そんな暇なんかないし、そういうのには悉く縁がない人生だった。鬱々としていれば、「いるかとおもったんだよ」と水社一心は付け足す。側溝に突き落とすか悩んだ。
「お前なぁ、はしたないぞ。仮にも今日、お前、見合いしたんだろ? 皇龍様と」
そうだけどほぼ、会食だった。その場しのぎというか。
「役員参加のだぞ。軍としては、重要だ」
重要って言ってもな、と思う。
ポーズだけというか。
蝦蟇貪は私が産めるか分かんないみたいなことを言っていたし、正直、上層部の空気に合わせているだけで、私と皇龍清明様の結婚そのものを進めたいと考えているようには……見えない。
「……」
水社一心が足を止めた。




