魔の手
あやかしの出現場所は帝都で最も大きな駅の傍だった。民間人たちが駅員や地域部の指示で避難していた。
「乗客の荷物から、あやかしが出てきて……!」
駅員が既に到着していた地域部に説明している。
え?
「荷物って?」
「午前発の皇都からの特急です」
今は午後だ。
午前にあやかしが荷物の中に入ってたとすると、これは暗天妖王絡みではない……?
てっきりお姉様の覚醒で現れたあやかしかと思ったけど、列車乗ってやってきたあやかしってこと?
疑念を巡らせながら民間人たちが逃げてくる発生源を目指しかけていくと──西洋風のウエディングベールを被り、骸骨のあやかしの姿が視界にうつった。下半身はウエディングドレスのフリルに覆われているが、クリオネのようにすぼまっている。
そして背中からはパイプオルガンのパイプ部分が幾重にも重なり、千手観音のようになっていた。
「ニャアアアアア」
不機嫌な猫の鳴き声の咆哮が花嫁姿のあやかしから響く。同時にあやかしの背中のパイプオルガンが咆哮に共鳴したのか、霊力の圧として周囲に音波を放った。それにより建物はえぐり取られるように、へこみ、音波が直撃した木々はひしゃげて、車は簡単に吹き飛ばされていく。あんなもん喰らったら死ぬ。さっさとこの刀で霊力を吸わなければ。
刀を抜こうとして、ずし、と重みを感じた。
いつになく刀が重い。
何が起きたと目を向ければ、刀の刃の血の滲みのようなものが増えている。
戸惑う一方、花嫁姿のあやかしと目があった気がした。顔は骸骨、目は空洞だが、私を認識した瞬間、それまでゆっくりだった動きが一変して物凄い勢いでこちらに突っ込んでくる。
死ぬんじゃないか。
私はなんとか身を翻そうとするが、刀が突然赤黒い炎に包まれた。
焼かれるのでは。
思うと同時に、刀から凄まじい絶叫が響く。誰か、ではない。何人も何人も、数えきれないくらいの苦しみの絶叫だ。耳を塞ぐにも刀から手が離れない。やがて刀は私の手を刀の柄に繋ぎとめるようにして、勝手に動き出した。刀から、熱くてドロドロした霊力のようなものが皮膚を伝ってくる錯覚がする。
そのまま刀の柄に両手が張り付き、勝手に握らされた。ドロドロした霊力の様なものは足先まで到達し、勝手に花嫁姿のあやかしへと踏み込んでいく。
どうにもできない。
操られているみたいだ。
刀が勝手に私を支配し、花嫁姿のあやかしに斬りかかる。
花嫁姿のあやかしはふわりと躱すが、空ぶった刀の動線から、黒い瘴気が噴き出た。
刀から切ってもないのに黒い液が滴り、滴った黒い水たまりから無数の細かな黒い手が出てきて、花嫁姿のあやかしに伸びていく。
その黒い手には見覚えがあった。
鵺の背中に生えていたものだ。
この刀は鵺に、汚染された?
花嫁姿のあやかしは鵺の手らしきものに絡めとられ、拘束されていく。しかし花嫁姿のあやかしが音波を放ち、手は千々に切り裂かれた。
刀は勝手に私の身体を使い、花嫁姿のあやかしに斬撃を与えていくが──どうも決定打にはなっていない。霊力を吸っているようには思えない。この刀は、一体。
「危ない‼」
水社一心が叫び、私の肩を支えるようにして横にそれる。
水社一心の背中には水の霊力で出来た鳥が止まっていた。エンジェル一心じゃん。っていうかどけ。近づくな。
「は?」
私今操られてる。刀が言うこと聞かない。
水社一心が危ない。私は端的に伝える。刀はまた勝手に動き出し、花嫁姿のあやかしへと近づいていく。良かった水社一心は狙ってない。水社一心を狙うなら自決確定だし──と心の中で呟くのもつかの間、バキンッと刀が砕けた。
なにかと思えば水社一心がこちらを睨んでいる。
刀を水の霊力で撃ち抜いたようだった。
え。
何。
水社一心も操られてんの?
戸惑う私を「操られてなんかない」とさらに睨み、水社一心は私の刀の刃をさらに撃ち抜いた。
花嫁姿のあやかしのことも撃ち抜きながら。
「そんなことに確定もなにもない。審議の価値もない」
水社一心は低い声で警告してくるが──、
「……?」
刀が、勝手に再生し始めた。しかもいつもみたいに私がバキバキに折った時の再生ではなく、暗天妖王とはまたちょっと違った禍々しい瘴気を伴ってだ。
「なんだこの刀は、あのあやかしのせいか?」
水社一心は花嫁姿のあやかしを警戒する。
冤罪だ。
この刀は鵺のにょろにょろが出ていた。多分、鵺を吸収したからかもしれない。しかし説明したのもつかの間、刀は完全復活しまた私を操り始めた。とりあえず刀の狙いはあやかしだ。このままあやかしを倒すしかない。
「邪魔だ‼」
郷田の叫び声が聞こえた刹那、視界一杯に何百もの風船が広がった。邪魔も何も動けるわけないだろこの状態でと反論する間もなく、上から飛んできた郷田が花嫁姿のあやかしを上から刀で突きさした。そのまま郷田は御符を取り出し炎を放ってあやかしを焼き尽くす。
郷田が倒しちゃった。
まぁいいけど。
別に競うことじゃないし。あやかしが消滅すると、ふっと皮膚にまとわりついていた霊力のドロドロが消えた気がした。
なにこれ。対あやかしだけピンポイントで乗っ取ってくるってこと?
やっと手の離れた刀を眺め、一発また膝で折ってみるかと構えた瞬間。
ごう、と突風が吹き荒れ、気付けば目の前に皇龍清明様が立っていた。お姉様どうした。お姉様は。何? お姉様は⁉ と辺りを見渡せばお姉様がそばにいた。良かったと安堵したのもつかの間皇龍清明様が私から刀を没収した。




