ずっとずっと呪います
「……あの、呪いとは」
蝦蟇貪が去り、皇龍と二人きりになった花宵は問いかけた。
花宵は皇龍について何も知らない。もとよりこの場に訪れたのは、墓場で郷田と出会ったからだ。花宵は自らの父である枯賀快炎の死を知った。父の弔いよりも先立つのは自らの妹である末理の心だ。その次に心配をしたのは末理の立場である。軍人という身の上ながら、自らの父親があやかしになったことで、末理の立場が悪くなるのではと気がかりだった。
その後は、墓場の手配だ。
枯賀家の墓は帝都の中でも大きく、無縁仏も供養される墓所にある。しかし枯賀快炎は骨も残らず消えた。ゆえに火葬するものもない。あやかしになった存在の葬式を開いていいものか。苦悩する花宵は、悩みの果てに葬式を行うことにした。
あやかしになってしまったとしても、お別れは大事だから。
一方で、末理を関わらせることはしなかった。花宵は心を取り戻し、自分なんかという鎧を脱ぎ捨てるたびに、思い知らされたからだ。
枯賀末理が、実の父である枯賀快炎に向けていた眼差しを。
花宵が枯賀家に身を寄せたとき、花宵はいっぱいいっぱいだった。
新しい場所。話をしたことがほとんどない家族たち。
皆、高い霊力を持ち稀有な異能を持っている。
そんな自分が、受け入れられるはずがない。張り詰めた世界で日々をやり過ごすことに夢中で、他者同士の人間関係を注力する暇はなかったのだ。
そして、水社家に身を寄せ安堵を得た。
水社一心を介して、少しずつ妹の末理について知っていく。
末理が他者に向ける目を知って──末理が枯賀快炎に向けていた瞳の意図を知る。
殺意。
怒り。
軽蔑。
末理は普段表情がほとんどなく、注意深く見ていても感情が感じられない。花宵は妹の本心が見えぬことに対し、焦燥に駆られる日のほうが多い。しかし、末理の嫌悪の有無だけはハッキリわかる。枯賀快炎に向けていた眼差しによって。
だから、末理に内密に葬式を行った。
水社家の伝手でかつての枯賀快炎の知り合いや、枯賀家の分家に報せを送ったが、返事はすべて欠席だった。もしかしたら誰か立ち寄るかもしれないと待てど、告別式に参加した人間は、花宵と、花宵の心を案じた水社家のみだった。
異能や霊力があっても、権威を持っていても。
花宵にとって枯賀快炎の告別式は、末理や水社家とのかかわりで少しずつ変わっていった価値観を確かなものとする決定打となった。自分の父親の死で考えを固めるなんてと自覚があったが、それでも、誕生から末理たちに出会うまで否定され続けてきた花宵の意思を固めるには、肯定も事実も必要であったのだ。
そうして全てを終え、一通り落ち着いたところで世話になった住職に会いに行ったところ、郷田と出会った。郷田は祖父の墓参りだと話し、末理の為にまだ快炎の葬儀について知られたくなかった花宵は、末理の為に話をしないでほしいと郷田に懇願した。
すると郷田は長い沈黙の後、告げたのだ。
今日、末理が見合いをすると。
軍では相手が相手のため極秘情報扱いだが、見合いをすることになったと。
そんなこと、ありえない。
妹は軍に入った。
妹はやりたいことがあって軍に入った。
なのに早々に見合いなんて受けるはずがない。
末理と共に軍へ向かった水社一心に、花宵はその近況について逐一文で尋ねていた。
結婚について触れたことはない。
まだそんな年齢でもない。
妹の心を良く知っている、相性もいいであろう水社一心ならともかく、見合いなんて。
妹が望んだ結婚ではない。
ならば誰かから何かを強いられているに違いない。
相手は権威持つ相手。
これは妹が望んだ結婚ではない。
花宵は取り乱し、郷田は水社一心を無線機で呼び出した。収集がつかなくなり、郷田が場所を漏らし向かった先に、この世のすべてを拒絶した目で妹を見る男を、花宵は目にしたのだ。
その男──万人が美しいと声を揃えるような相貌の皇龍清明を見て花宵が感じたのは憎悪だ。
ありえない。
妹をこんな目で見るなんてありえない。
なんとしてでもこの男から可愛い妹を引き離さなければいけない。
妹をこんな目で見る男が妹を幸せに出来るはずがない。
この男が妹の隣に立つことを絶対に許してはならない。
妹はお国の為にと戦いに身を投じ、傷つきそれでも立ち上がり、あやかしの世界に連れ去られてもなお立ち上がる。
そんな妹に対しなぜこの男はこんな目を向けるのか。
許してはならない。
許さない。
この男をこれ以上妹の隣に立たせてはならない。
たとえ、刺し違えてでも。
花宵の心は静かに燃えた。決して自分の心を知られてはならない。末理に恨まれようと関係がない。この結婚は妹を幸せにしない。地獄に落とすもの。ならば自分がこの男と地獄に落ちてやる。
覚悟した花宵は自らを相手にと伝え、結果的に二人で残されたが。
男に結婚の意思はないと悟った花宵は、全身に駆け巡っていた業火のような感情が一気に引け、自らを恥じた。しかし妹の握る刀が呪いそのものと聞き、今度はそちらに意識が向いていた。
「あの子が呪われているということですか」
「いや……呪われ……ているとも思えない。あの刀は、呪う相手を選ぶ……」
「ど、どういうことですか」
「あの刀は怨嗟や恨みが刀となったようにしか見えない。しかし、其方の妹を呪ってるようには思えぬのだ。共鳴をしている」
「共鳴?」
「暗い繋がりだ。結託とも言えぬ。そこまで明るくはない」
「ならあの子に、誰かを恨むような感情が……?」
花宵には思い当たるフシがあった。
末理が枯賀快炎に向けていた憎悪の目。
「刀として調べても、相手は刀ではない。正体は掴めない。軍で正体が分かっていないのならなおさらだ。あれは怨嗟の塊だ。それで、あやかしを斬っている」
「い、妹は、だ、大丈夫なのでしょうか」
「……」
皇龍清明は視線を落とす。花宵は意を決して、妹の走った方角を目指そうとする。
「待て、どこに向かうつもりだ」
「妹を、妹のところへ」
「其方に出来ることは無い。軍に任せればいい」
「一緒に死ぬことは出来ます!」
花宵は躊躇うことなく皇龍清明に言い返した。そのまま走りづらい下駄を脱ぎ走ろうとするが、腕を掴まれた。驚き振り返ると、花宵の腕を掴む皇龍清明もまた、驚いていた。
「え……」
花宵の戸惑いに皇龍清明はハッとした顔で花宵を見る。子供のような表情に時が止まった錯覚に陥りすぐ、皇龍清明が二の句を紡ぐ。
「私も共に向かう」




