薄氷の下の政略結婚
「管理局なんですけどねえ、彼女は」
枯賀末理が走り出し、その後を水社一心が間髪入れず追いかけ、出遅れた郷田と三人の背中を眺め蝦蟇貪は呟く。
「まぁ、特殊な刀の封印係をされているから、仕方ないでしょうけどねえ」
「特殊な刀?」
枯賀花宵はおそるおそる蝦蟇貪に問う。
「ええ。霊力を吸う刀なんですけど、来歴も分からず……皇龍様に見てもらえばよかったですね。暇つぶしにでもなったでしょうし。見合いが不本意であれば」
蝦蟇貪は皇龍に対し平然と付け足した。
「あれは刀ではない」
皇龍清明が呟く。
蝦蟇貪が驚くことは無くただ「刀ではない?」と復唱するだけだ。
「あれは、刀の姿をしただけの──呪いだ」
「呪い、一体どういうことですかッ」
それまで静かだった枯賀花宵は、声を荒げる。その気迫に皇龍が怯んだのを蝦蟇貪は見逃さなかった。軽薄な笑みを浮かべ、「申し訳ないのですが」と二人を見る。
「少々、軍に報告もしなければならないので、申し訳ないのですがそちらの娘さんを送ってはいただけないでしょうか、皇龍様」
「……」
蝦蟇貪の提案に皇龍は押し黙る。
「あやかしの出現もありましたし、貴方が察知しなかったならば、ほどほどの脅威ってことでしょう。その娘は、異能や霊力がない、ただの民間人ですけどね、一応水社は気にする。それにほら、行きはお坊ちゃまと軍犬がついてましたけど、手ぶらで返すのはねえ」
「いえ、わ、私は一人で」
「無理だよお嬢さん」
本性をあらわすように、蝦蟇貪は首を振った。
「この世の中そーんなに綺麗じゃない。異能があろうが霊力があろうが、あやかしじゃなくたって狙われるよ。私は美しくない。一人で大丈夫って夜道歩いて乱暴されて帰ったら、周りは泣くよ。お嬢さんは運よく生きて帰れてもそのうち川に飛び込む。そういう世の中だよ。だから皇龍様に送ってもらいな、綺麗な世の中になるまでは──まぁ、そんな世の中が来るとは到底思えないけどさ、ハッ」
蝦蟇貪は嘲るように話をし、挑発的に皇龍を見る。
「それにほら、偉い老人の車になんて乗るもんじゃないよ」
蝦蟇貪は自車のボンネットに触れた。
「車のせてってあげるよなんて、車の扱い方も分かんないような若い女乗せたがる奴なんか、碌なもんじゃない。親切な人間は、自分の親切のせいでその女が今後知らねえ男に車乗せられる心配出来る。開けろおら」
蝦蟇貪は運転手に命じた。運転手は慌てた調子で扉を開く。
「では皇龍様、水社家の御嬢様をどうぞお屋敷までよろしくお願い申し上げます」
「貴様……」
「ミヤシロ様にご挨拶もされたらいかがですか? 消滅寸前だったの持ち直したんでしょう? 枯賀末理二等兵の霊力で」
蝦蟇貪は車に乗り込み、それだけ告げると、出せ、と運転席を蹴とばす。
「シートベルトを」
「うるせえなあ。よそ様の前で顔潰すなよ」
「シートベルトを」
「……」
運転手と視線をかわした後、皇龍清明と枯賀花宵を置いて車は走り出した。
「面倒くせえなあ。伊能の野郎、軍に入るときもややこしくして入ってからもかき乱し続けて」
「推薦したのは蝦蟇貪様ですよね」
運転手は後部座席の窓を開けた。蝦蟇貪は懐から煙草を取り出しマッチを擦って吸い始める。後部座席までせり出したセンターコンソールには運転手の用意した灰皿があり、蝦蟇貪は慣れた手つきでそこにマッチと灰を落とす。
「お前は本当にああ言えばこう言うだな。ったく……」
「お二人を置いてしまわれて良かったのですか」
「お前は水社家の御嬢様と皇龍清明乗せて運転したかったのかよお」
「……」
「バカみてえなことばっかり聞きやがって」
蝦蟇貪は煙草を吸い、大きく煙を吐いた。
「枯賀末理は軍人だよ。口が聞けねえ女と言葉通りの言葉なんか一切言わない皇龍様が合うわけねえだろ」
「しかし、見合いを」
「そうしねえと後々枯賀末理があやかしなんじゃねえかって変な噂が立つとき面倒だろうが。皇龍様と見合いがあって長い時間を共にしたと聞きゃどうにかなるだろ。皇龍様のほうは一応見合いは受けてくれた、こっちへの敵対意思はないって説明も出来る。酒呑童子と伊能ちゃんに味しめたバカが出てきても皇龍様がなんとかしてくれるって時間稼ぎも、出来なくもねえ」
「……枯賀末理は、なんなのでしょうか」
「知らねえよ。そんなもん。変な刀に好かれて、変な異能もってる、口の聞けえねえ女なんか。だから、皇龍様とは合わねえだろうな。姉のほうが合うだろうよ」
「姉……でも、妹の見合いに乗り込む女ですよ」
「だからだよ、バカタレ」
蝦蟇貪は煙草を吸いこむ。
「皇龍様なんかほっといたらすーぐどっかいなくなるんだから。放っておけないようなところあったほうが合うだろうよ。女のほうに」
「それって、男女逆では」
「うるせえなお前、いいか、男は潜在的に女々しいんだよ。情けない生き物なの。それをなんとか虚勢はって、面子で生きてんだよ。家の中くらいは女々しくいたいんだよ」
「蝦蟇貪様もですか」
「俺はもう年中無休で女々しい。富山くらいじゃないか? 男なのは」
「……」
運転手は黙る。
「傍目に見れば、そうは見えないですけどね」
「じゃあお前もまだまだってことだよ。それよりどうすっかなぁ……」
「何がです」
「姉のほうが皇龍様と結婚して、妹がそのまま水社のおぼっちゃんと結婚したら」
「え」
「元々、皇龍様と枯賀のそういう話自体はあったんだよ。枯賀の当主が自滅と、娘が水社家に行ったってのと、枯賀末理の霊力の喪失のせいでぼろっぼろになっちまったけどよお」
蝦蟇貪は頭をかいた。
「そうだったんですね」
「だから、4年……5年か。それくらい前の水面下で進んでた話が、まーた再浮上だよ」
「でも、枯賀末理と水社のご令息の組み合わせはどこから」
「お前は本当に何にも見えてないな。枯賀末理が走り出したときの水社一心の目みりゃ分かるだろ。ありゃ完全に覚悟決まってるよ。軍人の夫もって自決も付き合うような女の目してたよ。何歳だよあいつ。俺があんくらいの頃はまだ竹馬で遊べてたぞ」
「……その年まで竹馬……」
運転手が声に懸念を含ませる。蝦蟇貪は運転席を蹴とばした。




