三百年後の再会
「戦闘局が一体どんなご用件で」
蝦蟇貪は水社一心を見据える。
「命令により蝦蟇貪様の警護をと」
「警護なら足りてるだろ」
そう言って蝦蟇貪は自分の運転手を見た。
郷田が「しかし、蝦蟇貪様の護衛は」と視線を落とす。
「地に足はついてるだろうが。自前じゃねえがな。明日は我が身だぞ。特に戦闘局なら」
蝦蟇貪は郷田を見下すように言い返し、水社一心に視線を向ける。
「部下の教育がなってないな。半年じゃ求めすぎか」
「申し訳ございません」
「相模によく言っておけ」
蝦蟇貪は先ほどの調子とはうって変わって冷ややかに告げた。
「あの! 私がいけないんです!」
お姉様が二人の前に出た。蝦蟇貪が無言でお姉様に視線を向ける。
お姉様を侮辱したら殺す。
「あ、あの、わたくし、こ、枯賀花宵とも、申しますっ……」
「存じ上げておりますよ。水社家の御嬢様」
蝦蟇貪はお姉様の自己紹介を言いなおした。なんだこいつ。私には枯賀家だのなんだの値踏みしてたくせに。お姉様のことはちゃんと認識するのか?
「ほ、本日、い、妹の、お、お見合いがあるとお伺いし……ど、どうしても、身内として、立ち合いをせねばと……思い……!」
お姉様は声を上擦らせながら話す。緊張して、息も荒い。誰だお見合いについてバラした奴。水社一心を睨むと、どうも雰囲気がおかしい。
郷田がバラした?
はあ?
何してくれてんだよこいつ殺すぞ。私がお見合いなんてするなんて聞いたらお姉様心配しちゃうだろ。私はお姉様の心に負担になることはしたくないのだ。お姉様が私のことを考えてくれるのは嬉しいし、お姉様の思考に介入したくはないけれど、お姉様が私で気を揉むのは嫌。
しかも皇龍清明様が相手なんて知ったら後々200%の確率で妹の見合い相手を好きになってしまったと苦しんでしまうだろうが。心の降水確率が600%超えちゃう。どうすんの郷田。池に突き落とすぞお前……と殺意を向けながら気付いた。
いや、皇龍清明様と、出会ってない?
郷田の、アクションで?
はあ?
おお?
「まぁ、二人きりの身内ですからねえ。しかし貴女はまだ成人前でいらっしゃる。ご結婚されているなら別ですが、後見人には至れませんよ」
蝦蟇貪が少し柔らかく返した。先ほどの水社一心や郷田に対してとは打って変わっている。もしかして軍人判定……?
さっき私に対して産めるか分かんねえしみたいなこと言ってたけど。
お姉様は民間人だからか?
「そ、それでも、わ、わたし……はお、想いがあり……」
「想い?」
蝦蟇貪の問いに、お姉様は勇気を振り絞るようにして一歩進んだ。
「こ、こ、こ、皇龍清明様」
お姉様が皇龍清明様の名を呼ぶ。皇龍清明様は固まっていた。傍目に見れば冷酷な表情でお姉様を見下ろしているが、多分脳内の思考回路がパァンしている。
「妹ではなく、わ、わたしと結婚してはくださらないでしょうかっ」
え?
お姉様。
え?
なんでそんな、和風シンデレラの「あんな子じゃなく私と結婚したほうがいい」ムーヴを?
絶妙にお姉様の謙遜具合が味付けされてるけど。
私は郷田と水社一心を見る。二人とも複雑な顔をしていた。嫌な予感がする。
これ、身代わり結婚系の導入になってない?
妹──私が結婚なんて望まない気質というのを、多分お姉様は分かってる。だって水社一心が突っ込み続けるのを聞いていたら、私の性格はある程度分かるだろうし。しかもお姉様自身、あんまり結婚したくないのに見合いを受けた過去がある。そしてお姉様は考えすぎる性格。基本想定は最悪想定。
お姉様の中で、軍の命令で無理やり結婚させられそうになっているチャンバラが趣味の妹の悲劇のお見合いシナリオが500ページ相当の超大作で繰り広げられていてもおかしくはない。
お姉様は今、私の為に皇龍清明様に結婚を申し込んでいる。
過去の記憶が、一切戻っていないままに。
「……なぜ」
皇龍清明様の短い問いかけ。
それまでの「なぜ」という尋問の様な圧は一切含まれていなかった。
静かな悲しみすら滲んだ問いかけに、お姉様は答える。
「枯賀の娘ならば、わたしもいるからです」
正直な言葉だった。
「……妹よりも、わ、わわ、私のほうが、その家に嫁に入ることに……む、向いております」
向いてない。
お姉様は向いてない。
お姉様は他人を差し置いて自分だけアピールすることに絶望的に向いてない。「その家に嫁に入ることに向いております」は流石に肯定できない。「ん?」ってなるもん。
「それにまだ、妹は、軍で、しなければならないことも多く、きっと、集中ができないでしょう。つ、妻であることに」
お姉様を否定したくはない。
でも、お姉様、他人への否定が不得意すぎて天気予報みたいになっている。謎の倒置法まで発生しているし。多分枯賀末理ならば「軍人上がりの女なんて、妻の務めが果たせるはずありませんわ」「そんな女より私のほうがずっとふさわしい」と滝の流れの如く話すだろう。
お姉様は他者の否定が絶望的に下手。
そんなお姉様を、愛している。
「……私は嫁を娶ろうと考えたことはない」
皇龍清明様が、寂しそうに告げた。お姉様は「え」と戸惑う。
「で、でも、お見合い……」
お姉様が戸惑うと、蝦蟇貪が眉間を掻いた。
「どこから漏れた情報かは分かりませんけどねえ、皇龍様はお忙しく中々お話をして頂ける機会がない。そして御嬢様にお話をするのは気が引けますが、貴女の妹さんがあやかしの世界に滞在したことで、妙な話をする人間も現れかねない。なので双方、見合い見合い煩いから一回受けて黙らせる、こっちは後ろ盾と利益が一致したわけです」
「え」
「まぁ軍としては、水社家は皇都寄り、今まで帝都退妖軍との関わりは持たなかった。皇龍様との関係も密にしたい。そのために結婚はうってつけですからねえ。だからまぁ、こちらとしては? 御嬢様と皇龍様の御縁でも一向に構わないわけですが」
「くどい」
皇龍清明様は蝦蟇貪の言葉を遮った。
「戦いもないなかで、貴様らの遊びに付き合う暇はない」
そう言って皇龍清明様は立ち去ろうとする。
しかし──、
郷田や水社一心から、軍で使っている無線機の警報音が鳴り響く。
『至急至急・帝都西方面にあやかし出現、あやかし出現、場所は~』
お姉様と皇龍清明様が出会った。暗天妖王かもしれない。
私はお姉様の肩に触れ、そのまま皇龍清明様に寄せた。着物だけど帯刀もしてるし、皇龍清明様と戦闘になった時のためにと鞄に靴を入れていた。というか、靴しかいれてない。下駄から履き替え、下駄は鞄に突っ込み、蝦蟇貪の車の中に突っ込むと、私はそのまま走り出した。




