三百年前の恋
皇龍清明様は今でこそ帝都退妖軍の天将という謎位についている。
しかし帝都退妖軍そのものは、読んで字のごとく、あやかしを討伐するための組織。
あやかしはドブ煮込みの実験で発生した。
霊力や異能は元から存在している。発生に関する神話もあるが、とりあえず割愛するとして。
三百年前はあやかしが存在していない──軍そのものが存在していなかったのだ。
千年桜は恋と咲くの三百年前は、当時の帝や種族問わずの上位存在、国の要人まわりだけ警備をしているそれっぽい組織が存在していた。
帝都退妖軍と違い、民を守る義務はない。
帝や国の要人が「今、巷で事件が起きてるから調査して行ってきなさいよ」と命じるか、殺人現場にたまたま居合わせたので取り押さえるの二択だ。普段は帝や国の要人の傍でそれぞれ守っている。たとえるなら私が蝦蟇貪を警護していて、蝦蟇貪に言われれば調査するし出動するけど、普段は蝦蟇貪と一緒、みたいなシステムだ。
それっぽい組織の人間になるためには霊力や異能が必要というのは、帝都退妖軍でも同じだが、三百年前はそこに学問、教養が必要だった。帝も帝のまわりの役人も、みんな学問と教養が必要だったから。
役人の鉄則はこれだ。
どんなに経営手腕があろうと蹴鞠が上手かろうと貴族だろうとバカはだめ。
バカじゃなくても貴族じゃなきゃだめ。
この両立が必須である。皇龍清明様は貴族かつ上位存在組という位置だが、上位存在の中でも色々試験諸々があり、精神虐待や教育虐待により守られる側なのに守る側の「それっぽい組織」に入らざるを得なくなった。そうしないと無職だから。家も四面楚歌の皇龍清明様にとって、「それっぽい組織」しか行き場が無かったのだ。
当然守られる役人側にはちやほやされ続けているドブ煮込みがいるので、ドエライ屈辱である。
周囲は名誉や食っていくために守る側のそれっぽい組織に入るわけだが、その中で、異端児がいた。
お姉様である。
抜群の霊力と異能トリプル持ちをしているお姉様は「みんなを守らなければ」という想いで組織に入る。守護ガンギマリお姉様である。三百年前から今に至るまでドブ煮込みが焼かれている脅威センサーの設置とその威力が証明になっているが、三百年前のお姉様は「守る」という熱意がバケモノじみている。原作全部読んでるけどお姉様のパワーがすごいのかお姉様の執着の強度なのか分からなかった。
そんな三百年前のお姉様は、皇龍清明様と出会い、恋に落ちるのだ。
みんなを守らなければと願った少女に、特別が生まれるのである。
みんなは守らなければ。でも、貴方は私が守りたい。我儘な願いだけど。
そう、三百年前のお姉様は想っていた。
当然、お姉様に一目ぼれしていたドブ煮込みは嫉妬に狂う。そして結局、事件を起こした。
「じゃあぼちぼち、外の空気でも吸いに行きましょうかね」
懐石料理がすべて空になり、なにか一口食べるたびにあれこれぶつぶつ言っていた蝦蟇貪が腕時計を見やる。高そう。
「少し二人で、話してみてください。五分くらいかかるので」
蝦蟇貪はそう言って部屋を後にした。会計をするのか煙草吸いに行くのか分からない。
皇龍清明様と二人きりになった。彼は私を見据えている。
しゃべるチャンスだ。
四月。皇龍清明様に会えたらお姉様について話すつもりだった。
お姉様に話をして、残った力で鵺を吹き飛ばす。
皇龍清明様とお姉様が出会えば、お姉様の能力の覚醒が始まる。
暗天妖王はお姉様の生まれ変わりに気付くだろうが、それよりもお姉様の幸せのほうが先決だと考えていた。
でも。
夏、盆の帰省でのお姉様や、冬物を届けに来てくださったお姉様の姿を見て──それが正しいか分からなくなった。
お姉様が覚醒すれば、お姉様は戦いに巻き込まれる。この世界は千年桜は恋と咲くだ。お姉様なくしてはならない世界だ。ただ──それはお姉様に世界を救わせることに繋がる。
今、皇龍清明様に三百年前の事情を話したら。
彼はおそらく、暗天妖王との相打ちを選ぶ。彼は願う。確実に。お姉様との面識が発生すれば、ある程度のブレーキにはなるだろうけど。
皮肉にも、お姉様が虐げられ続けることが、皇龍清明様にとっては、「この状態なら自分といるほうがまだましかもしれない」と思い直すきっかけになっていたから。
そんなはずないのに。
相手がどんなに幸せな状態であっても、手を取るのも、手を伸ばすのも自由なのに。
「……お前は口が聞けぬらしいが、なぜそこまで押し黙る」
皇龍清明様が口を開いた。
私は今日も今日とて帯刀していた刀を指さす。
「強さの為か」
私は頷いた。
「お前は霊力がないようだが、異能に縋っているのか」
私は頷いた。
「そこまでの強さを得て何になる」
私は自分の目を指し、涙を流すジェスチャーをしたあと、机に顔を伏せた。その後、ちょっとずれて伏せてる人を庇うポーズをした。その間皇龍清明様は無言でこちらを見ている。ふざけるなと斬り殺してくることは無い。さすがにパントマイム始められれば反応できないのだろう。パントマイム文化のない時代だし。
「泣かせないためか。人を。高尚なことだ。ならばなぜ縁談の席についた」
私は軍隊の手帳を取り出した。これはいつも持ってる。なぜならこれなしで帯刀しているとそこら辺の地域部に声かけられて捕まるからだ。
「軍人だから?」
私は大きく頷く。
「群れなければ強さも得られぬとは難儀だ」
皇龍清明様は嫌悪を滲ませ言うので、私は軍隊の手帳から規則の項目を開き、軍隊手帳なしに帯刀許可が下りない部分を示した。皇龍清明様は律儀にちゃんと読み始める。
「組織に準じなければ武器が持てぬ……霊力がないからか」
私はうなずいた。
「数奇な人間だ」
変な女認定が入った。ヒロインじゃないのに。ただ皇龍清明様はお姉様に対して変人判定はしないタイプ。変な女認定が恋愛判定ではないタイプの男だ。
「おや、結構会話続いてる様子で」
蝦蟇貪が戻ってきた。煙草臭い。皇龍清明様も顔をしかめている。天将位の前に煙草への欲求って逆らえないんだ。怖い。
「じゃあ、ちょっと外出て歩きましょうか、景色の良いところで、珈琲でも。皇龍様、珈琲は」
「問題ない」
「じゃあ、そこで」
話がまとまり、私たちは料亭を後にした。最初の頃より空気が柔らかい。煙草臭いけど。発生源の蝦蟇貪の後に続いていれば、蝦蟇貪が不自然に立ち止まった。
「その距離は警備に向かねえなあ。相模から言われなかったかあ?」
蝦蟇貪は呆れ顔でこちらを振り返る。私たちの後ろに、誰かいる?
私の隣にいた皇龍清明様は不思議そうに振り返り、息をのんだ。
あまりの表情に、敵襲の覚悟をして刀に手をやり振り返って──ぎょっとした。
まず視界に入ったのは郷田だ。次に水社一心。
そして二人に守られるように──お姉様が立っていた。




