皇龍清明様の自己肯定感
思えば蝦蟇貪ってずっと喋ってるし、ハリネズミフォームの皇龍清明様と無言の私に挟まれて大変そうだな。皇龍清明様の前じゃ煙草吸えないだろうし。死ぬ直前まで吸ってたタイプだから相当だろう。
憐みの目を向けていれば、戸が開いて料理が運ばれ始めた。
いかにもな懐石が並び、少し枯賀家を思い出す。
水社家に引き取られてからは水社家で、軍に入ってからは食堂で食べていたけど、どちらも無言。異能の温存のためだ。
一方、千年桜は恋と咲くの記憶を思い出す前でも、枯賀家であまり喋ってなかった。物心ついてから育ての親のことを好きになれなかったし、価値観の合わない人形を見ている気持ちだった。こうしてほしい、ああしてほしい、もう少し異能や霊力以外のことにも関心を持ってほしいと願うほどの期待もなかった。自分も確かに富裕層の暮らしをしているけれど、テレビやネットで、決してこの先の人生で関わることがないような、幸福で恵まれている他人を眺めている、そんな気持だった。自分から声をかけた記憶が、ほぼない。何か言われて返事をする。選択肢を提示され答える。そんなコミュニケーションだ。
だから──食事しながら会話するのは、水社一心がほぼ初めてかもしれない。
水社家であいつは、食事中でも私にべらべら話しかけていたし。
でも、それは単にお喋りなのではなく、私に話しかけるていでお姉様に私の考えの情報を伝えていたところもあるだろうし。
「……」
皇龍清明様は箸に手を取ることなく、ただ料理を見ている。
「毒なんて入っていたところで効かないでしょう」
蝦蟇貪が口角を上げた。
「……」
「天将位の皇龍様が箸を取らねば、この二等兵は食事にありつけない。なにより、下っ端ならまだしも上の人間は食う必要がある」
「なぜ」
「下が見てるからですよ」
「ならばお前は何だ」
「こっちは軍人じゃない。帝都退妖軍の名ばかりの管理役だ。国と軍の間に入って調整しているだけ。いわば部外者ですよ。そのうえで、話をしてる。こっちは口も聞けませんからねえ。ハ」
蝦蟇貪が鼻で笑う。一挙一動がアレ。
「……」
皇龍清明様は渋々といった調子でお吸い物のお椀に口をつけた。
蝦蟇貪は下卑た笑みを浮かべ、自分の箸を取った。
「で、どうです。この二等兵とは」
「私は嫁などいらぬ」
「ならしつこくされたくない?」
「当然だ。くどい者は好かぬ」
皇龍清明様は千年桜は恋と咲くで、水社一心にくどい、と言っていた。普通にお姉様にしつこくしている水社一心にキレていただけだと思っていたけど、そもそもくどい人間が嫌いなのか。
私は皇龍清明様と蝦蟇貪の会話を聞きながら、懐石料理に手を付ける。
おそらく見合いは、破談になるだろう。お姉様はこんな感じの場で皇龍清明様と出会い、皇龍清明様は完全にお姉様を三百年前のお姉様の生まれ変わりと認識する。同時にお姉様の暮らしがお姉様にとっての最悪環境であることを悟り、政略お見合いからそのまま結婚に至るのだ。カスみたいな枯賀家の環境より自分のそばのがマシという結論によって。皇龍清明様は自分と結婚することを罰ゲームだと思っているから。あまりにも自尊心が低くて。
お姉様を守り切れなかった後悔がある。今度こそ自分が幸せにします。
こうはならないのだ。皇龍清明様は。
どうか幸せになってください。自分は駄目です。どうか幸せになってください。
皇龍清明様はこれである。
理由は──水社一心がいないからこそ考えられるわけだが、暗天妖王は、皇龍清明の異父弟である。
皇龍清明様は暗天妖王の異父兄なのだ。
皇龍清明様の自尊心の低さにも由来するが、皇龍清明様はめちゃくちゃ優秀な弟に比べられ続け、劣等感という劣等感を煮込み続けた存在である。
現代で例えるならこれ。
弟だけ小学校から塾に入れてもらえて、買い食いが許されて、中学校の受験は失敗したけど、見放されることは無くて、両親の支えもあり高校受験と大学受験は大成功、そのまま4年で卒業のところを1年わがまま言って留学が許されて、その後に大手の会社に就職した。
兄である自分は塾に入れてもらえず、自力で高校はいいところに行ったけど、大学費用は弟の中学受験費用があるからと一切出してもらえませんでした。そのまま就職しなさい。大体の求人の最低学歴は大卒だけど。
これ。
ようするに皇龍清明様の発端は姉妹格差ものの男版である。
男性向けの小説では弟ばかり優遇され~といったものが少なく、どちらかといえば就職先で不遇、就職前ならば暴力系の幼馴染の女にボコボコにされ奴隷のように扱われてきて我慢の限界……というものだが皇龍清明様はあらゆる言葉や教育体制の不遇を受ける。精神虐待の連続だった。
そこに三百年前、お姉様が現れたのだ。




