皇龍清明様ハリネズミフォーム
「本日は大変お日柄もよく……」
「くだらぬ」
蝦蟇貪の言葉を皇龍清明様がはねつける。
千年桜は恋と咲くにおいて、人々はみな「あの冷酷なお方が⁉ こんな表情を⁉」とお姉様に対する皇龍清明様に驚くし、お姉様に対し「貴女ならあの人を変えられるかもしれない」と意味深な言葉を言われ続ける。ある意味300年前の皇龍清明様を変えたのはお姉様だが、さらにお姉様の死で変わる。さらに今のお姉様によっても変わる。ほぼ男女問わず変身するエンタメの強化フォーム如くゴロゴロ変わっていく。
「実にくだらぬ」
皇龍清明様は繰り返した。
今の皇龍清明様はハリネズミフォームだから。
皇龍清明様、ハリネズミフォーム。
特徴。
人への辺りが強い。
即断即決。
一瞬、水社一心や管理局の面々は、出会って間もない私のことをこう見えてたんじゃないかと不安がよぎった。
私は無言だ。「くだらない」なんて言わないけど、今の皇龍清明様の目つきは、社会に属していません、この世界も嫌いです、全員死んじまえばいいのに、というようなものだ。万物への八つ当たりめいた衝動をあやかしの殺戮で抑えているところもあるし。
「しかしながら、くだらないことも付き合わなければならないのが我々の仕事なのでねえ」
皇龍清明様ハリネズミフォームを蝦蟇貪が軽くいなした。
正直に言えば、お姉様の関わらない皇龍清明様はシンプルに扱いづらい。
お姉様が関わると、ややこしくて扱いづらいに変わる。結局扱いづらいけれど、こっちのハリネズミフォームは、端的に言えば大切な人間が死んだ人である。こうもなるわなとは思う。この当たりの強さが正当か不当かは別として。
そして蝦蟇貪は……皇龍清明様の嫌悪を受け止めていないようだった。
「くだらぬことばかりしているから、あやかしがいつまで経っても減らぬのではないか」
皇龍清明様が蝦蟇貪を射貫く。
皇龍清明様は暗天妖王があやかしを作ってることを知らない。皇龍清明様が知っているのは「なんか知らん間にあやかしという異形のものが現れました」という千年桜は恋と咲くの読者の知識と全く同じスタートである。暗天妖王が三百年前のお姉様に恋をして、なおかつお姉様が皇龍清明様に恋をして、二人の恋路に自分が否定された気がして暗天妖王はあやかしを生み出した。その過程を一切知らない。千年桜は恋と咲くの読者は、「なんであやかしが出るかなんて疑問はない。和風ファンタジーだしあやかしは出るもの」という前提があるが、皇龍清明様もいっしょなところがある。「なんであやかしが出るかなんて疑問はない。出てきたんだから」皇龍清明様はこの認識なのだ。
「あやかしを減らすためではありますよ。結婚は」
「は?」
「軍を動かすのも、軍で動くのも人間だ。数がいる。戦う人間がいなくなれば戦えない人間も駆り出される。だから人を増やす。人を増やす根源的な手段としての結婚ですよ。どんなに強い力を持つ存在がいたところで、平和は訪れやしない」
「何を言う。強さがなければ人はあやかしに屠られるだけだ」
「人間が死ぬのはあやかしに殺されてだけじゃない」
ハ、と蝦蟇貪は笑う。
「異能による殺人、何件あるかご存じで?」
「……」
「人間同士だって殺し合いをする。皇龍様は政に関心がない。俺は楽です。どこかの派閥に入ってない。肩入れがない。上層部全員ちゃんと貴方を恐れてる。でももし、貴方になにかの目的が生まれたら、その力を持って、他の派閥を排除しだしたらどうします」
「私はそんなことはしない」
「他の人間がしないとは言い切れない。だから人間を増やしたいんですよ」
「その者が貴様が憂う者になったらどうするのだ」
「だからです」
蝦蟇貪は落ち着いた調子で返した。
「だから人を増やすと言った。一人二人じゃない。一強は独裁を生む」
蝦蟇貪は大きくため息を吐いた後、「この女が産めたらの話ですけどね」と付け足した。
「軍人である以上、そういうところは弱りやすい。戦闘中の負傷もある。そこらの女なんか腹なんかまず殴られやしない。あやかしは場所なんか選ばない。莫大な霊力を持つ子を産んで死ねば感動の美談ですけど、語られない母親なんかいっぱいいる。何も仲良しこよしで言ってるんじゃない。戦略として言ってるんですよ」
その言葉に皇龍清明様は黙った。
意外だった。蝦蟇貪あたり女なんか子供だけ産んでろってイメージだったけど、人間の身体に認識があったんだ。
道徳というより戦略的思考を突き詰めての話なのだろうか。
どっち……どちらも?
皇龍清明様は非情なことを言うが価値観は非情ではない。
戦略の為に子供を産むということを嫌悪する。
しかし今、少しでもその価値観を蝦蟇貪に悟られれば、確実に絡めとられると踏んだのだろう。
「ゆえにこの女を娶れと?」
「別に彼女をと指定するわけではありませんよ」
「ではなぜ連れてきた」
「都合がいいからですよ」
蝦蟇貪が小馬鹿にした笑みを浮かべた。
「どういうことだ」
「軍で今、都合がいいというだけです。皇龍様は天将という素晴らしい位をお持ちではございますが、こうした態度を取られてはこちらも名家の御嬢様を当てようなんて出来やしない。軍の紹介は、大体軍に出資している貴族様だ。私に取り入ろうと思っても無駄だなんて言われた──なんて泣きつかれて、その家がそれを大々的に話でもすれば、軍への出資を減らされかねませんから。皇龍様は軍は、軍はと単一的におっしゃるが、女一人寄こすにもその動機は様々ということですよ」
「……」
皇龍清明様は私をじっと見る。
「嫁を取るか、男が好きだと分かれば、軍は追わない。失礼ですけど、皇龍様が原因で子が生まれない可能性についてはだーれも言わないんですよねえ。人でない、人の形をした存在に、人間たちは、都合のいいものさしを向ける。ハハ」
「ならば貴様は何を望む。軍ではなく、貴様は、先ほどから貴様の目的が読めぬ」
「それはもう安泰ですよ。逃げ切りたい。出来ればなあんにも進まずに、今のままでいたいです。月曜にはカツ、水曜は天重、金曜は寿司か牛鍋どちらかを選ぶ。それをもうずーっと。果てまで」
「……」
皇龍清明様はくだらぬとは言わなかった。




